第142回
須藤蓮さん・渡辺あやさん インタビュー「映画を本気で作り、作った映画と旅をする」後編
2023.05.18更新
コロナ禍の最中に制作され、日本各地で上映された『逆光』という映画があります。監督は、本作が初監督作となった須藤
『逆光』は、東京から地方へ、という一般的なやり方ではなく、映画の舞台となった広島の尾道から上映をスタート。その後に東京、京都、福岡、名古屋・岐阜と、全国を旅しました。そこには、映画の届け方を、合理性や経済効果よりももっと豊かでおもしろいものにしたいという思いがありました。
あたらしい映画のかたちを、つくり方と届け方の両面から考え、実践してきた須藤さん。現在はFOL(Fruits of Life)という活動を立ち上げ、映画産業の活発化のみならず、多くの人が少しでも映画に興味を持つきっかけをつくるべく奔走されています。そして今年9月15日には、新作映画『ABYSS』も公開予定です。(詳細は本記事最後の「お知らせ」と、こちらをご覧ください。)
映画『逆光』が京都へやってきた昨年5月、須藤蓮さんと渡辺あやさんにインタビューをさせていただきました。聞き手は、ミシマ社のデッチ(学生のお手伝い)であり、『逆光』の京都におけるスタッフとしても動き回った大成海です。
これからの時代、本気でものをつくり、届けるとはどういうことなのか。2回にわたり、その内容をお届けいたします。
(取材・構成:大成海、角智春)
哲学を持っている大人
――今回、京都で上映キャンペーンをして、ほかの都市とのちがいはありましたか?
渡辺 ありすぎましたね。
東京で上映をやっていてすごく寂しかったのは、担当している方に裁量がないことをわかっていて話をしないといけないんです。目の前にいる人を説得できても、上の人が経済的にダメと言ったらダメ。須藤くんはずいぶん疲弊していましたね。
須藤 東京に長く留まっていると、その映画を当てるとか、映画監督として今後どうなるかとか、そういう価値観を浴びることになるので、自分のやりたいことから離れていってしまうんです。『逆光』を通じてやりたかったことのもっとも対極にあるものと対峙することになるので、それはそれで勉強にはなったんですけど、やっぱり大変でした。
渡辺 私たちは、『ワンダーウォール』のあとに『センス・オブ・ワンダー』というドキュメンタリーを作りました。経済や資本がもっとも大切なこととされているけれど、ほんとうにそうだろうかということを、須藤くんが京都の大人たちに聞いていく30分のドキュメンタリーです。六曜社の奥野修さんなどが、それぞれの哲学を彼に語ってくれる。その哲学の有無が、東京と京都の大きな違いだなと思うんです。
東京は哲学よりも経済が大事。経済的に勝っているかどうかということへの関心がものすごく強くて、それが求められてもいる。
奥野修さんと須藤蓮さん
須藤 京都に来て、僕は経済的な意識が強すぎるなと思わされました。もっと中身を詰めて行かなきゃだめだと。ほんとうは何がしたいのか、自分はなにものであるのか、自分はこの活動でなにがしたいのか、自分の幸せはなにであるのか、ということを考えるのが哲学だと思うんです。
衝撃的だったのは、京都のある変わった飲み屋に行ったら、店主が「負ける経済」というのを説いていたんです。そもそも商売は勝つためじゃないという。すごく驚きでしたね。でもなんかかっこよかった。
渡辺 尾道はわりと京都に近いところがあると思います。話をする人にちゃんと裁量があって、「おれが面倒をみてやる」と言うかっこいい大人にたくさん出会いました。
「ある領域」とつながること
渡辺 私は、クリエイションをするためには、無意識のような領域につながらないといけないと感じていて。いい作品を作りたいという欲を捨てると、その領域にふっとアクセスできることを体感しているんです。
須藤 芝居をしていても、たとえば、コップを動かす仕草が「領域に達しているか、達していないか」は、決定的な違いを生みます。なめてかかったらどっちでもいいじゃんと思ってしまうような誤差が、本物か偽物かというものを切り分けるんです。
この世界には、目に見えないけれど高度で深い精神の領域みたいなものが存在していて、その高い部分と繋がろうとする試みが創作だと思うんですよね。そのことを体感的に知っている人を増やしていくことが大事です。
ただ、その領域には僕もなかなかつながれない。そのためには渡辺あやさんの力が必要で。だからこれからも渡辺さんからどんどん吸収していこうと思っています。
渡辺 つねづね、自分のなかには「ものすごくくだらない人」から「高い人」までいるなと思ってきました。哲学者のハイデガーは『存在と時間』のなかで、人の心には良心がBGMのように流れている、と言っています。私はふだんは良心に従わずに生きているんですが、たまに従うとすごく気持ちがいい。良心を持っているのは、自分のなかの、普段はあまり出てこない非常に高いところにいる人だと思うんです。
ものを書くときは、必ずこの人に出てきてもらっているという感じがあります。ふだんの自分では書けないものを、その人に出てきてもらうと、やっと書けるという気がするんですよね。ハイデガーの言うように、すべての人の心に良心がBGMのように流れているとすれば、これはきっとみんなが持っている領域。ただ、これが出てきてくれるには、「低い自分」がいなくなる必要があるんですよ。そこが難しいんですよね。
須藤 『逆光』を作っているときは、そういう感覚でした。「高い人」が出てくれると、物事を動かすことも楽なんです。
渡辺 『逆光』のときの須藤くんはすごかったです。いろんな現場を経験してきましたが、いったいどこまで見えているんだろうという距離まで見通して、あれだけ的確な指示を出せる人は見たことがなかった。
須藤 こういう状態は、出したいなと思っても出ないんです。「考えないこと」が大事ですね。水が湧き出るか、汲みにいくか、という根本的な違い。渡辺さんの脚本には、無限に水が湧き出るような秘密があります。
渡辺 調和が関係あるかもしれません。要するに、自我を手放すというのは、無防備になるということなので怖いじゃないですか。けれども、調和していると無抵抗で立てる。その域に達したときに、自分のなかから出てくるものがあります。
末端から映画を届ける
渡辺 配給会社の宣伝はとても効率的なシステムになっていて、そこから外れたところで映画を届けるという発想はなかなか出てこないし、労力もものすごくかかるので、やりたくても許されない環境があるんです。ただ、そうすることで映画文化が本来持っている豊かさが損なわれている気もしていました。
まず東京でヒットさせて、パブリシティを打って、ある熱狂を作り出し、地方におろしていく。それは合理的なのかもしれませんが、東京のやり方を地方の劇場で機械的にやったとしても、それぞれの劇場の客層、事情、環境はぜんぜん違うはず。いろんな劇場の支配人さんの話を聞くと、「こうじゃないのにな」という思いを抱えておられることがわかりました。
だったら、『逆光』はせっかく尾道で撮った作品なのだから、東京ではなく尾道から公開してみたらいいのではないかと思ったんです。実際にやってみたらすごくおもしろくて、そのまま全国を回ることになりました。
日本全国を回った映画『逆光』が行きついた先は岐阜の柳ヶ瀬商店街。
毎年行われている夏祭りを映画『逆光』がプロデュースするまでになった。
渡辺 映画業界にかぎらないと思いますが、効率や合理性を突き詰めた結果として、本来の豊かさがないことにされて、冷え固まっている。身体に喩えたら、今は熱が脳にばかり行っているけれど、冷えた末端を温めることでよりよい循環が生まれるんじゃないかと思っています。
自分たちではじめたささやかな実験ではありますが、これは絶対に間違っていないという確信が得られつつありますね。
須藤 僕はあくまで経済人ではないので、この届け方以外はないかな。映画をつくることと届けることで、レイヤーを変えない。ずれない、ブレない。それが豊かさを生み出すと信じています。
今、稼げないと言われ、景気が最悪と言われる映画をわざわざやるのであれば、稼ぐために作品の質を落とすようなことをやっている時間は僕にはないです。やっぱりそれじゃ力は出なくて、ひどい芝居をして帰ってくる辛さしかない。だから、僕たちが『逆光』でやっている作り方や届け方は、作戦でもなんでもなくて、これしかないんですよね。
渡辺 『逆光』という作品について、これは今発酵している最中の生地なのかもしれない、これをいろんなところに置いてみたらかならずなにかが起こる、という確信があるからこそ、こういう届け方ができているのだと思います。
須藤 これは僕の力でも渡辺さんの力でもなく作品の力であって、でも、そこに僕がいたほうが力を起こしやすい、というだけだと感じています。作品の力があることで、だれかの自信につながったり、おもしろいことをやれたりする。
そのためには、主催者が無防備で、なんの後ろ盾もなくそこにいるということが大事だと思っています。こんなにしんどい思いをすることもないですが、こんなに勉強になることもないし、こんなにおもしろいことはないですね。
(終)
【須藤さんの新しい挑戦への応援をお願いいたします!】
現在はFOL(Fruits of Life)の主宰者として活動されている須藤蓮さん。第2作目の監督作『ABYSS』が、今年の9月15日(金)に公開されます!
脚本は須藤蓮さんと渡辺あやさんの共同制作。昭和の尾道を舞台にした前作『逆行』に対して、今作が描くのは主に現代の東京。より鮮やかな映像と音楽に圧倒されること間違いなしです!
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現在FOLは、クラウドファンディングに挑戦中です。
上記ページには、須藤蓮さんや渡辺あやさんをはじめとするメンバーみなさんの想いが詰まっています。ぜひご一読いただけましたら幸いです。
映画『ABYSS』を自分たちの手で、『逆行』よりも多くの人へ届けるため、そしてFOLという活動を通して、より多くの人に映画に興味を持ってもらうために、さまざまな企画が始動しています。
その主たるものが「Movie・Go-Around」(通称:ムーゴラ)という映画サーカスのようなイベント。「映画を愛するあなたが主役」をコンセプトに、各地域のお店や人とコラボをしながら、映画をテーマに食・ファッション、音楽などをさまざまに楽しみながら町を盛り上げます。
そのほかにも、若手の映画監督の映画制作を支援するプログラムを作ったり、4月には東京は松陰神社前に古着や古本、コーヒーやクラフトビールなどを取り扱う「FOLショップ」をオープンさせたりと、FOLの活動はエンジン全開です。
お近くの町に、映画『ABYSS』が、ムーゴラがやってきた際には、ぜひ足をお運びいただけますとうれしいです。クラウドファンディングへのご支援も、どうぞよろしくお願いいたします!
【プロフィール】
須藤蓮(すどう・れん)
1996年生まれ。映画監督。FOL(Fruits of Life)主宰。『逆光』で映画監督デビュー。俳優としての出演作に、『ワンダーウォール』(テレビドラマ/劇場版)、映画『弱虫ペダル』『生理ちゃん』、Netflix「First Love 初恋」、NHK大河ドラマ「いだてん」、テレビドラマ「おいハンサム‼」など。
渡辺あや(わたなべ・あや)
1970年生まれ。2003年、映画『ジョゼと虎と魚たち』で脚本家デビュー。作品に映画『逆光』『メゾン・ド・ヒミコ』、テレビドラマ『ワンダーウォール』(テレビドラマ/劇場版)、「その街のこども」、NHK連続テレビ小説「カーネーション」、「エルピス―希望、あるいは災い―」。