第175回
内田健太郎さんのエッセイ集『極楽よのぅ』発刊のお知らせ
2024.06.13更新
こんにちは、ミシマ社京都オフィスのノザキです。
ここ1カ月、旅行や出張で、東北から九州まであちらこちらに行く機会があり、その地に降り立った瞬間の湿度と気温と匂いは、やはり場所特有のものがあるなと実感しています。最近の京都は気温が30度を超えていて、起きた瞬間から暑くてお風呂みたいな天気です。さっきお昼に外出したら、「私、刻一刻と焦げている」と思いました。みなさまのお住まいの場所は、いかがでしょうか?
そんな本日6月13日、「ちいさいミシマ社」レーベル13冊目となる新刊『極楽よのぅ』(内田健太郎 著)が、書店先行発売日を迎えました。
「ちいさいミシマ社」レーベルは、2019年にスタートしたミシマ社の少部数レーベルです。
ラインナップを振り返れば、大前粟生さんの超短編集『岩とからあげをまちがえる』や、前田エマさんの初小説『動物になる日』、詩画集『幸せに長生きするための今週のメニュー』のほか、能楽師・有松遼一さんの随筆『舞台のかすみが晴れるころ』や、オクノ修さんとnakabanさんによるコーヒーの絵本『ランベルマイユコーヒー店』、佐藤ジュンコさんのコミックエッセイ『マロン彦の小冒険』などなど、もう書ききれないぐらいになっています。
そもそもミシマ社は「ちいさな総合出版社」と謳って活動しており、エッセイ、人文書、実用書、絵本・・・と、刊行してきた本のジャンルはさまざまです。その中でも「ちいさいミシマ社」レーベルは、もっと自由にのびのびとつくってきた感があります。著者にとって初めての本だったり、あまり類書ないものだったり、このレーベルから出る本には、何らかの「はじめて」が宿っているようにも思います。
『極楽よのぅ』から遡ること、約10年
さて、新刊『極楽よのぅ』は、周防大島に暮らす養蜂家、内田健太郎さんによる初のエッセイ集です。
内田さんは、2011年の東日本大震災をきっかけに、関東から山口県・周防大島への移住を決意。そこからはじまった、初の田舎暮らし、子育て、養蜂家としての仕事。養蜂業のかたわら、マルシェの運営や、島に暮らす人びとへの聞き書きの取り組みを行い、島での暮らしは今年で13年が経過したようです。その13年の日々を振り返り、綴ったエッセイ集が本書です。
移住を決めた当時の内田さんの年齢は28歳。今の自分の年齢よりも若いことを知り、どこでどんな暮らしをするかという選択を、すでにこの年齢の時にはしていたのかー、と焦りの気持ちが生まれたのも本心。でも、自分で考え、他者の声に耳を傾け、生活をつづける内田さんの言葉は、移住や暮らすことを考える上で、新しい感覚をもたらしてくれました。
ところで、いまこの記事を読んでくださっているみなさんは、周防大島(すおうおおしま)って、ご存知でしょうか??
住所は、山口県大島郡周防大島町。瀬戸内海の西側に位置するきんぎょみたいな形の島。一度しか訪れたことがないのに、今や自分にとっては、馴染みを感じてしまう土地です。そのわけは・・・
今から6~7年前のこと。私はミシマ社自由が丘オフィスにいました。もうミシマ社に入社していたのか、まだ入社前だったか、記憶が曖昧ですが、急にオフィスにピンポンがなり、おじいちゃんが訪ねてきました。「なんかおたくの会社は、雑誌で周防大島のことをとりあげているらしいじゃないか」。当時事務をしていた女性が、「そうなんですそうなんです」と雑誌『ちゃぶ台』のこと、周防大島のことを、ずいぶん詳しく喋っているのを見て、私は「いま人生で初めて周防大島って聞いたな~。この会社周防大島とつながりがあるんだな~。」と呑気に思っていた記憶があります。
これは2017年か2018年の頃のことなので、いかに自分が何も知らず入社したかを暴露することになってしまいますが、ミシマ社には2015年から刊行している雑誌『ちゃぶ台』があります。創刊号の帯には「(お金にも政治家にも操られることなく)自分たちの手で、自分たちの生活、自分たちの時代をつくる。」「生まれつつある『未来のちいさな形』」ということば。
2020年のリニューアルを経て、現在は12号まで刊行しており、来年で創刊から10年となる雑誌『ちゃぶ台』。ちょっとずつ知っていただく機会も増えてきましたが、実はこの雑誌、「周防大島」がきっかけになってつくられた経緯があります。創刊号を久しぶりに開くと、ミシマ社の代表であり、『ちゃぶ台』の編集長である三島が、冒頭にこんな文章を書いていました。
今年の3月中旬ごろ、独立研究者の森田真生さんから「おもしろい」お話をうかがった。
「周防大島」に行ったことありますか?」「いや、ないです」「おもしろい人たちがいるんです」「へ~」「機会があれば会ってみてください」
「はい」と私は即答した。というのも、話の断片から、曲解を含みつつこのようなイメージを抱いたからである。
ーー周防大島がおもしろい。とてもおもしろい。なんでも、人口流入が人口流出より多い島だという。そしてそこには、魅力的な人たちが次々に集まってきている。同じ山口県の違う町からは当然のこと、東京近辺からの移住者も多い。なかには、すごくユニークな農業をおこなっている人もいるーー
そのような話を聞いた私は、とたんに未踏の地であるその島の映像を思い浮かべた。さんさんと降り注ぐ太陽、木々から漏れ輝く陽光、穏やかな海の上に点在する島々、生命力みなぎる海の幸、山の幸、その幸をぞんぶんにいただく地元の人々、銛を担ぎ海辺をひた走る裸体の男たち......。
さすがに、裸体ってことはないかと思いつつも、知らぬ土地だけに、はてしなく想像の翼が羽ばたきだした。妄想とわかりつつも、次のような予想が湧き出てくるのを止めることはできなかった。
もしかすると、大きなニュースに隠れたところで、まったく新しい動きが起きているのではないか。そしてそれは、未来に大きな実を結ぶ豊かな種なのではないか。
もちろん、冷静さを失ってはいけない。あくまでも想像の域を出ないのだ。
「じゃあ、チンさんという人から連絡いくかもしれませんので、よろしくお願いします」
森田さんは私にこう言った。
はて、チンさんって?
と思う間もなく、翌日には、その「チンさん」から電話があった。いろいろお話をうかがうなかで、耳寄りな情報を得ることができた。約1カ月後の4月末に、内田樹先生が周防大島を訪れ、講演をされるという。どうやらその日は、チンさんたちが、マルシェとかいうイベントを開催するらしい。それはまたとない機会。「おいで」と島に呼ばれているとしか思えない。私は、迷わず、「行きます」と言った。
(『ミシマ社の雑誌 ちゃぶ台「移住×仕事」号』p9-11)
ここで登場する森田さんとは、『数学の贈り物』や『偶然の散歩』をミシマ社から刊行している、独立研究者の森田真生さん。チンさんとは、『ダンス・イン・ザ・ファーム』著者の中村明珍さんのこと。そして内田樹先生。「マルシェとかいうイベント」を主催していた一人が、内田健太郎さん、なのでした。
この三島の冒頭の文章ににつづき、創刊号の誌面には、周防大島で目の当たりにしたことが、島に暮らす人びとが生活を自分たちの手で切り拓いている姿が、ドキュメンタリーのように残っていて、今読んでも、あつあつほかほかの一冊です。
2015年の『ちゃぶ台』創刊からおよそ10年、2006年に創業したミシマ社はもうすぐ20年、この時間の積み重ねの先に、今回、内田健太郎さんの初めての本として、エッセイ集『極楽よのぅ』を刊行できることを、とても嬉しく思っています。
周防大島の養蜂家・内田健太郎さんの本
本書の中で内田さんは、会ったこともない人の葬式へ行き、山火事が起これば消防団として出動し、息子誕生で新聞社から取材依頼がきて、友人は選挙に出馬し見事当選、さらに40才になって初めて母とイタリア旅をして...と、とにかくいろんなことをしています。職業は養蜂家、だけれども仕事はひとつじゃない。次から次へと「自分の番」がやってきて、巻き込まれて、考えて、笑って、なんとかやっている。
内田さんの文章には、生活というより命や魂に近いものが流れていて、読んでいるこちらが明るくなっていく、そういう力があります。大島依提亜さんによる、極楽な装丁もとても素敵な仕上がりになりました。ぜひ、気持ちの良い場所で、読書の時間をお楽しみください。
そして内田さん。今年の5月には、なんと周防大島でみつばちミュージアム「MIKKE」をオープンさせたとのこと。柳家小三治師匠があまりのおいしさに驚いて直接連絡してきたという、「島のはちみつ」は、本当においしくてびっくりします。周防大島に、内田さんのはちみつに、ミツバチの生態に、興味があるという方、ぜひこの夏「MIKKE」を目指してみては?
内田健太郎(うちだ・けんたろう)
1983年神奈川県生まれ。養蜂家。東日本大震災をきっかけに、周防大島に移住。ミシマ社が発行する生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台』に、創刊時よりエッセイや聞き書きを寄稿している。2020年より、周防大島に暮らす人々への聞き書きとそこから考えたことを綴るプロジェクト「暮らしと浄土 JODO&LIFE」を開始。2024年、みつばちミュージアム「MIKKE」をオープン。