第177回
オリンピック開幕直前に『スポーツ3.0』!
2024.07.25更新
こんにちは。ミシマガ編集部のスミです。
梅雨が明け、いよいよものすごい暑さの日々がやってきましたね。日中は冷房の効いたオフィスで仕事をしている私たちですが、自転車に乗って通勤しながら浴びる日差し、玄関から外に出るときの一瞬で焼かれる感じ、5分歩いて郵便局に行くだけで頭痛がしてくる感じに、身の危険をおぼえる今日この頃です。
今朝、ミシマ社の社内チャットでは、「水分、塩分補給をこまめに、やすみやすみ、絶対に無理はせず、やりましょう。」という呼びかけが流れました。みなさまもどうかお身体を大切になさってください。そして、ぜひ涼しい屋内でほっと一息つく時間に、ミシマガの読み物をお楽しみいただけたらうれしいです!
さて、本日は、そんなこの季節に私たちが心から推したい本をご紹介します。
『スポーツ3.0』平尾剛(著)
元ラグビー日本代表であり教育学者の平尾剛さんが、「健やかで楽しいはずのスポーツが、なにかおかしい」という危機感から出発し、これからのスポーツと社会のあり方を探って「3.0」という新しい道を示す一冊です。
2023年9月に刊行された本書を今あらためてお読みいただきたい理由は、平尾さんが「酷暑下のスポーツ」、そして、まもなくパリ大会が開幕される「オリンピック」というテーマを、切実な言葉で論じているからです。私自身も、自分ごととして読まざるをえない話や、ニュースで取り沙汰される問題を根本から考えてみるヒントにたくさん出会い、おどろきながら、うなりながら読み返しているところです。
『スポーツ3.0』帯より
たとえば、「酷暑下のスポーツ再考」という章で、平尾さんは、真夏の甲子園でプレーする高校球児たちの姿に惹き込まれつつ、「ちょっと待てよ」「この炎天下でスポーツをするのって、どう考えてもおかしいだろう」と思ったといいます。
甲子園だけにとどまらない。運動部活動や地域クラブでは、たとえ真夏の日中であっても練習や試合を行っている。それを思えば、子供を取り巻くすべてのスポーツにおいて、暑熱下での取り組み方を抜本的に見直さなければならないはずだ。(...)地球温暖化が進むいま、子供の健康や健全な成長を第一に考えたスポーツ環境の整備は、喫緊の課題だ。(『スポーツ3.0』P168)
今まさに私たちは、猛暑のなかで仕事したり、夏休みの部活に勤しんだりしていると思います。その活動を完全にやめることは難しい。では、どうすれば楽しく、また成長できる環境を保って、活動をつづけることができる? 平尾さんは元アスリートだからこそ、この一筋縄ではいかない問いについて、じっくり考える手立てを提示してくれます。
快適に楽しめる環境を目指しつつ、からだの発達やパフォーマンスの向上に不可欠な厳しさをどう確保するか。これが、酷暑下におけるスポーツ活動を見直すうえで欠かせない視点となる。(P170)
『スポーツ3.0』目次より
そしてもうひとつ、私が今この本を開いてドキッとしたのは、「はじめに」にこんな言葉が綴られていたからでした。
第二章では、東京五輪の開幕前後に感じたことや考えたことを綴っている。いざ終われば成功したものとみなされ、十分な検証がなされないまま次の大会へと引き継がれるのが五輪の常である。閉幕してから二年が経ったいま〔※2023年9月当時〕、すでに当時の混乱は忘れ去られつつある。その混乱をできるだけ書き残し、ひとりでも多くの人の記憶に留めおくことをめざした。いまの五輪はもはやスポーツではない。(P3)
「十分な検証がなされないまま次の大会へと引き継がれるのが五輪の常」。パリ大会が始まろうとしている今は、まさにこんな状況なのではないでしょうか・・・。東京大会の頃の空気を見事に忘れている自分に、ひやっとします。
本書では、コロナ禍でたくさんの市民が反対するなか東京五輪が強行開催された当時のことが丁寧に振り返られていて、「ああ、たしかにこんなに緊迫した状況だった」と思い出しました。当時の記録を読むと、医療体制の確保や命の安全すらもないがしろにする大会の商業主義がありありと感じられ、イベントが変な形にきらびやかに肥大化していること、その問題は今もやっぱり解消されていないことを考えずにはいられません。
そして、読みながら胸がいっそうずきずきしたのは、「勝利至上主義」の話です。
平尾さんは、五輪の出場選手たちの行動から、五輪という枠組みを取ったときに残るほんとうのスポーツのおもしろさ、素晴らしさを再確認しています。たとえば、「そもそも競技とはなにか?」ということを考えさせてくれる重要な出来事として、体操のバイルズ選手の行動に触れていました。
過度な競争がもたらすその害悪を、身をもって示してくれたのは体操女子のシモーネ・バイルズ選手である。バイルズ選手は、メンタルヘルスの問題で団体決勝と個人総合を棄権した。「自分が壊れることを知りながらも、メダルのために演技をつづけなくていいという前例」は、「競争の本質」をふまえたスポーツのこれからを模索するうえで、その土台となるだろう。
競争はスポーツに必要不可欠なものだけれど、競争主義はしばしば簡単に行き過ぎたものになり、勝つことを絶対視する「勝利至上主義」に変貌してしまう、と平尾さんは指摘し、本書で一章分を割いて、「勝利至上主義への処方」を書いています。
私はバイルズ選手のエピソードを読みながら、最近、パリ五輪出場予定だった日本の選手が、違法行為により出場を辞退したこと、そして、この選手が長い期間、成績をあげるために相当な重圧と闘っていた、という報道を思い出さざるをえませんでした。
厳しいプレッシャーにさらされる選手たちや、そのまわりにいる応援者たちが、一線を超えず、「競技の本質」を見失わずにスポーツをやっていくにはどうすればいいのか? その難しさを身に染みて実感する平尾さんの言葉は、スポーツが大好きな人、何かと一生懸命に向き合う人が、息のしやすい状況に向かってもがくときの大きな支えとなるはずです。
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スポーツの話題が熱く盛り上がる今、その根っこの部分から、私たちの生活や仕事や社会をどう考えることができるか、ぜひこの機会に、『スポーツ3.0』をお手に取ってみてください。
★「ラジオ」も配信中です!
後藤正文×平尾剛 「それでもパスをつづける理由――音楽、スポーツ、あらゆる世界で「3.0」になるために」
2024年1月に開催し大きな反響があった、平尾剛さんと後藤正文さんの対談の音声を「ミシマ社ラジオ」で配信中!
ミュージシャンの後藤さんは『スポーツ3.0』をどう受け止められたのでしょうか? 音楽とスポーツ、それぞれの世界で、言葉と身体を行き来しながら文章を書き、表現し、社会的発信を続けてきたお二人だからこその、唯一無二の対話です。