第17回
てんぷ
2019.08.13更新
ドラゴンハイボールと花椒の香りはじける四川料理を満喫した夜。明渠にかかる橋の上をふわふわと歩いていたらビチチチチチッと足もとで不意に音がして、ぅわひゃあと飛びはねた。夫がとなりでけらけらと笑っている。
「最後の一鳴きだったんだね」
アスファルトに落ちている蝉が今まさに息絶えたらしい。橋を渡りきり、明渠沿いの道をそのまま進むと、頭上の木々にやどる蝉たちがおどろおどろしく鳴いていた。
数日前はマンションの壁にとまっていたカナブンが後頭部に突進してきて、ひぃぃやあと情けない声を夜ひとりあげた。そういえば昨年の夏は北山通を歩いているときに飛行中のカミキリムシが髪に着地した。なんなんだ。虫に好かれたいわけではないのよわたしは。
ゆりかもめの文章を書いたあとも、鳥のフンをふたたび受けた日があって、運があるんだかないんだかな。外界からの贈りものが不要だようと狭量な心境になっていたところ、夫がいいじゃないのと言う。さおりみたいな目にあってる人そうそういないもん、と、フォローというか、おもしろがっているのだが。
「さっきの蝉はさ、何年も土の中にいて、やーっと出てきて一夏だけ生きられて、その最期の一瞬をさおりに捧げたんだな〜。すごい瞬間に出くわすね」
と深遠なこと風に伝えてくる。めでたい解釈だ。わたしは彼のような思考とはほど遠いところでよくくすぶっている。からかわれながら、まあいいかと思えてくるので、日々救済されている、ということにしておこう。胸のうちを明かせば、素敵な形容詞のつく人になりたかったが、そうは問屋が卸さない(おろしておくれよ)。
鳥は逃げさる気配なく、虫はわたしの鼻先で羽ばたいて、出したことのない頓狂声をこの先もまたあげるのだろう。
呼ばれているのは、調子はずれのステップをふむ道。
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