第22回
やく
2020.02.06更新
左手指の先の皮がめくれて、めくれて、硬くなっている。すっかり、つるりとした肌ではなくなってしまった。ウールのセーターやマフラーの細い糸に、めくれた指の皮がひっかかる。水や洗剤が皮膚の奥に入りこんでくるような感覚がして洗い物も億劫だ。私の手はどうなっていくのかなあ。
昨年の春からアコースティックギターの練習をはじめた。捨てられそうだったギターを貰い、弾いているのだけれど、これが無骨な代物でとても弾きづらい。それでも毎日毎日触っていると、1秒も押さえていられなかったスチールの弦を押さえられるようになった。ギターを弾いて歌う役のお話をいただいたことがきっかけで突如練習に着手したのだが、いただいたときはまだ企画の初動段階で撮影の予算はこれから集めますという状態だった(インディーズ映画である)。それでよく練習を続けてこれたなと我ながら思う。予算の目処が立つことなく、撮影に入れない場合だって十分あるというのに。それに身のまわりの人も、すぐに私は音を上げて止めてしまうと思っていたようだ。
音は上げている。へったくそだなあと悪態もつく。しかし時間がたてば置いたギターをまた手にとって、撮影に臨んでいる自分をイメージした。誰に頼まれることもなかった練習を続け、イメージすることを諦めなかった。合理的な行動とは言いがたいが、ひとえに監督の書かれたオリジナルの脚本が面白かったから、ただそれだけが、私を駆動させた。指はまいっていることだろう。後先考えない私についていかざるをえない。どこまでついてきてくれますかね、辿りつくところは私もわからないのですが。
年が明けて撮影時期が定まった。1月末に、映画の音楽を作ってくださるシンガーソングライターの方にお会いした。たとえばどんなテーマを歌いたいですかと聞いてくださった。イメージだった世界が、現実と握手している。
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