第24回
ひび
2020.05.09更新
父が入院した。自分が今、どういった地点に立っているのかわからなくなるような出来事だった。父は京都にいて、私は東京にいる。すぐには会いに行けない。普段の様子もよく知らない。父が入院するなど考えたことがなかった。それは浅はかな想像力と言えるだろう。父は忙しく働き続けているが、若くはないのだ。
幸い、父と共同で事業をしている人達が献身的にサポートしてくれて父は入院生活を乗り切り、5日間で退院することができた。でもこれが助かる見込みのない病だったとしたら? と思うと、黒く染まった心が身体の隅々へ浸出していくような重たい感覚がした。
祖母が亡くなるとき、父は私に知らせなかった。ちょうど東京で映画のオーディションを受けている日で、父は私がオーディションを受けていることを承知していた。オーディションを受け終わったあとに携帯電話を確認すると、終わったら電話をくださいとメールが入っていた。10年以上前のことだ。記憶がもう曖昧であることに気がつく。電話で父とどういう会話をしたのか再現できない。ただ急いで京都に帰った。
祖母の死ではじめて体感したことは慟哭だった。それもすぐにやってきたことではなかった。葬儀も終わり、祖母の介護ベッドが運び出された部屋に立っていると突如、聞いたことのない自分の声を伴って多量の涙が出てきた。なんだったんだろうか。中学校の先生が不意に亡くなったとき、泣いているクラスメイトを横目にまるで痛みを感じられなかった自分が、苦しみにのまれている自分を天井の隅から見ていた。
いつか必ずまたやってくる喪失を想像すると身震いする。覚悟を持って毎日をそう生きられてはいない。そのことにはたと気がついた。すこし冷静になり、今日の眠りの入口を見つけることができた。
編集部からのお知らせ
早織さんがドラマ『捨ててよ、安達さん。』(テレビ東京など)に出演されます
放送局:テレビ東京 テレビ大阪 テレビ北海道 TVQ九州放送
日時:毎週金曜日 深夜0時52分~
配信:『ひかりTV』『Paravi』で先行配信
※毎放送1週間前から先行配信
主人公「安達さん」を演じるのは、安達祐実本人。安達さんが女性誌の連載企画の依頼を受けたことをきっかけに、自身の代表作がダビングされた “完パケDVD” を始め、様々な“捨てられないモノ” を捨てていきます。
各話、擬人化したモノが安達さんの夢の中に現れ、自分を捨ててほしいと名乗り出るシュールな世界観を展開。
モノを演じるゲストに、臼田あさ美、梶原ひかり、片桐はいり、加藤諒、貫地谷しほり、北村匠海、早織、じろう(シソンヌ)、徳永えり、戸塚純貴、松本まりか、YOU、渡辺大知(五十音順)と豪華な顔ぶれが揃いました。
(番組公式サイトより)