第26回
しん
2020.09.08更新
くらしが変わった。父のしごとを手伝って生活している。3月に緊急入院した父のからだは、数カ月経て随分と快復してきた。父は京料理の塾を営んでいる。もともとは懐石料理屋をやっていた(そのあと会社勤めをし、宅配ピザやお好み焼きの商品開発をしていた時期もある)。父のサポートをしたいと自ら思うまでは、実家に戻っても何もしていなかった。今は、塾生さんたちが受講中に使った大量の布巾を洗濯し、干し、翌朝たたみ、買い出しに走り、実家の掃除や洗い物をすすんでするようになっている。京都に帰ってこなくていいと言っていた父だが、わたしの変わりように静かに驚き、実際に助かっているようで、顔つきも穏やかに見える。
東京での生活リズムと京都での生活リズムは異なり(端的にいうと早寝早起きに)、慣れるまでにすこし時間がかかった。触ることのなかった実家の食器や調理器具の配置も一から覚えなくてはならなかった。
料理一筋で生きてきた父とは違うところで、わたしは身を立てたかった。言葉にすると、そういうこれまでだったのだと思う。父が料理人だと話すと、ほとんどの人は「おとうさんから料理を習えていいね」と言った。「いや、特に、習わないです・・・」と返すと「もったいない」と嘆かれた。習えばいいという理屈はわかるが素直にそうできなかった。教えをこう気持ちがまるでなかったのだ。
一人だけまったく違うことを言った人がいた。内田樹先生だった。2019年のミシマ社新年会でお目にかかった。新年会に父の作った数の子の粕漬けや丹波栗の甘露煮を持っていっていて、ゲストの方々とお話をしているとき前述のような流れになったのだが、内田先生だけは「肉親から習うのって最も難しいですよ」とわたしを庇うようにすっぱり仰った。ああ、そうなんです、いやなんです、料理以外のことにも感情が紐づけられていらいらするんです。してしまうんです。心が見えない抑圧から解かれ、水底から浮かびあがるようだった。
お手伝いの合間に、内田樹先生と内田るんさんの往復書簡集である『街場の親子論:父と娘の困難なものがたり』を山の空気を吸うかのごとく読んだ。父子家庭という境遇も同じであるからか、るんさんのお父さんへの心配、理解、思いやりに共鳴し、隠すことのないるんさんらしさ(わたしはこのような人間であり、こう生きたい、こう考えるがはっきりとしている)に触発された。
家の雑事も父の仕事もわたしには関係ないと、ただ拒否するしかできなかった、かたくなな過去の自分の肩に今はそっと手を当てるような気持ちだ。日々はたらくなかで、わたしは何かを諦めたわけではないが、また違うわたしになろうとしている。
編集部からのお知らせ
ヨーロッパ企画の生配信劇シリーズ「京都妖気保安協会」に早織さんが出演中!
生配信劇シリーズ、今のところ異常なしです。
本公演ツアーのない今年ですけど、なんだか例年以上にみんなであちこち旅している感じがあります。京都の奥まったロケーションへ分け入っては、そこに機材を置きブースを構え、役者が立ち、カメラとマイクが狙ってすみやかに本番、そして配信が終わると逃げるように解散。その一瞬だけ立ち上がる劇が、夏の蜃気楼のようですがアーカイブにはきっちり残ります。
1回目は京福電鉄嵐山線の走る電車から、2回目は西陣にある銭湯の女湯男湯から2画面で、生配信劇をしました。アーカイブ残ってますので是非ご覧ください。そして3回目となる今回は、京都市左京区にある「貴船」からです。霊験あらたかなこの地で、土地に伝わる面白すぎる伝説の数々に分け入り、創作の余地を見つけられるかが今回の難所です。劇団なのに集まれない我々がひとときだけ集まってやる劇団活動、どうか生でお見守りください。(上田誠)
ヨーロッパ企画ホームページより
●1〜3回目まではYouTubeで配信中
ケース4 (劇場版)
9/26(土) 14:30 配信スタート/15:00 開演
最終回のみ”劇場版”として9/26(土)に京都府立文化芸術会館から無観客上演&有料ライブ配信を予定しています。
(配信方法は改めてお知らせいたします。)