第33回
むし
2022.02.18更新
ヨーロッパ企画第40回公演『九十九龍城』に出演している。2021年の12月から上演の始まったこの劇は、全国の都市を回る。慎重に回っている。懇親の場や打ち上げがなくなって久しい。地方公演の際は、共演者の方と地元の美味しいものを食べに行くのが一つの楽しみであったが、今は各地ひとりで過ごしている。普段ひとりで過ごすことは嫌いではなく、好む傾向があるものの、慕っているヨーロッパ企画のメンバーさんたちと一緒に出歩けないのはすこしさびしい。どう過ごしていようと、赴いてやるべきことはただ演技、それだけなのだが。
わたしは『九十九龍城』で大家さんなる女性を演じている。彼女は無法地帯のスラム街、九十九龍城でたふに生きている。年若い踊り子のスーとの会話中、素気なく言い放つ「あんたの人生さ」という台詞が好きだ。思いやりがないようで、実はあり、スーその人を認めている気がしてならない。
福岡での公演は三日あった。その三日間とも同じパン屋さんに通った。一日目に買った貝の形をした小ぶりのクリームパンの味が気にいって、次の日は一日目に目にしていたスモークサーモンとアボカドサラダのサンドイッチを買ってみたくなった。そしてその次の日は、二日目に目に入ってきた分厚いだしまき卵を大葉とはさんだサンドイッチが食べたくなり、行ってしまった。おからクリームと買いてあったのがどんな味だろうとなお気になったのだ。
パン屋さんは劇を上演する西鉄ホールから歩いて10分ほどの距離にあった。天神中央公園の中を歩き、公園通り橋をわたると着く。劇場入りする前のいい散歩になった。なんだか毎朝いい天気だった。橋をわたる手前にシャポーという緑のおおいかぶさった喫茶店があり、窓際に座って店内から公園側をながめ珈琲を飲むのは気持ちよさそうだなあと夢想しながら歩いた。
パンを買って劇場と同じビルにあるスターバックスコーヒーでソイラテをもとめ、まだ誰もいない楽屋に入りしばらく過ごす。違うお店にもっと行くこともできたのだろうが、わたしは気に入ると通うのが好きなのだなと思い知った。
通う日々は同じようで毎日違う。同じ行いをしている、昨日も今日も同じような自分の状態にも起伏がある。同じと違うが混在している感覚。それはそういえば『九十九龍城』において蠢動しているものではなかろうか。
編集部からのお知らせ
ヨーロッパ企画第40回公演「九十九龍城」
早織さんがヨーロッパ企画の舞台「九十九龍城」にご出演されます!
2年ぶりの本公演は魔窟劇です。
今のご時世、なんでもネットで見れると思ったら大間違いで、アジアの知られざる魔境、九十九龍城のことを描きます。あの体験は強烈でした。僕が今まで見てきたものなんて世界のほんの表層なのだな、と思わされたものです。映画より映画みたいな世界があると知ったし、愛や倫理はおしなべて綺麗ごとだと知りました。我々が日常的に口にしているあのジャンクフードの出どころも、七色の水も、点心の中に龍がいることも。夢だったにしては鮮烈で、コルクボードには今も九十九龍城の人たちと撮った写真が貼ってあります。またとない景色を、親愛なる人々を、お見せします。劇場へ覗きに来てください。劇もきみを覗いています。――上田誠
作・演出=上田誠
出演=石田剛太 酒井善史 角田貴志 諏訪雅 土佐和成 中川晴樹 永野宗典 西村直子 藤谷理子 本多力 / 金丸慎太郎 早織
【今後のツアースケジュール】
■横浜公演 関内ホール 2/26(土) 13:00/18:00
早織さんが『失恋めし』にご出演されています
Amazon Prime VIdeoで配信中のドラマ『失恋めし』第3話「花咲くねぎ焼き」に、早織さんが「先輩」役でご出演されています。原案は、情報誌『関西ウォーカー』に掲載されていた木丸みさきさんのコミックエッセイ。ドラマでは、関東圏の美味しいお店がたくさん登場します。