第34回
かみ
2022.05.12更新
大型連休中の金曜日の朝、6時半過ぎ、渋谷から田園都市線に乗り青葉台駅に向かっていた。車内は混み合っておらず、まばらに人が座っている。わたしの座った左隣には、制服を着た小さな小学生の女の子が座っていた。座高がずいぶんと違う。斜め右向かいのあたりには二人の男女が座って眠り込んでいた。男の方が右腕を女の肩に回し、彼女は彼にもたれかかり顔を胸に埋めている。脱色している二人の前髪は長く、目が隠れていた。マスクもしているため、顔の印象はほとんど残っていない。ショートパンツから通路に伸びる足は白く丸みを帯び、はんぺんを思い出させた。気がつくと隣の女の子は、ふりがなの多い新聞を読んでいた。ホッキョクグマの赤ちゃんの記事が目に入る。
しばし静かな時間だった。6時台に乗ることはそうないし、目にしている光景がその路線特有に感じられた。わたしは眠く、ブルーライトを放つ小さなスマホ画面を見て過ごすことができなかった。画面の向こうで情報は入り乱れ、刻一刻と変わっているだろう。
桜新町、二子玉川に停まると、隣の女の子と同じ制服と帽子を身につけた小学生女子がどんどん乗り込んできた。着席する子や立ったままの子もいる。次第に「プーチンが」「ロシアがさあ」「コロナは」とにぎやかにお喋りを繰り広げはじめた。彼女たちの口から耳にすることばと現実世界にいま起きていることがわたしは何だか結びつかない。寝ている男女はどれだけ周りに人が増えても起きる気配はなかった。
この日の撮影では、4歳の息子を持つ母を演じていた。実年齢を聞きそびれたが、子役の少年は小学校には上がっていただろう。家の玄関内からポーチに出て隣に引っ越してきた母娘と挨拶を交わすシーンがあり、外でカメラがセッティングされている間、わたしは上がり框に腰をおろして休んでいた。戦隊戦士のフィギュアを手に遊んでいた息子がだしぬけに
「ねえ、神さまっていると思う?」と聞いてきた。
「わたしはいると思うよ」と答えた。
「ぼくはいないと思う」と彼は言う。
「だって不幸なひとが救われていないから」
「すべてのひとが救われるとは限らないのかもしれない」
彼の思う神さまは、すべてのひとを幸せにする存在という定義なのだろうか。わたしの思う神さまは、人智を越えたものというイメージだった。わからない領域があるから、祈ったり、願ったり、感謝したりする。けれどもわたしの答えが正解ではないだろうし、正解をもとめてもいない。ただ、「不幸なひとが救われていない」と彼が言ったことに対して「すべてのひとが救われるとは限らないのかもしれない」などと口をついて出ていたことに哀しくなった。
編集部からのお知らせ
早織さんが映画『辻占恋慕』にご出演されます!
TAMA NEW WAVEでグランプリ他3冠に輝いた傑作『ウルフなシッシー』やYouTubeドラマか ら発展した怪作『アストラル・アブノーマル鈴⽊さん』など、不器⽤で⼀筋縄ではないキャラクターたちの⽇常と"ジワる”⼈間臭さを照射し、⼼に刺さる台詞の数々と⾻太な構成でファンを獲得し続けている⻤才・⼤野⼤輔監督が描く、平成から令和へと変わりゆく時代を⽣きる”持たざる者"たちの激苦な愛と⻘春のラプソディ。ロックデュオ「チカチーロンズ」のボーカル・信太はある⽇の対バンライブでギターの直也にドタキャンを⾷らわされる。路頭に迷う信太に救いの⼿を差し伸べたのはシンガーソングライターの⽉⾒ゆべしだった。売れない、⾦ない、時間ない、三⼗路同⼠の⼆⼈は共鳴し、やがて信太はゆべしのマネージャーそして恋⼈となる。しかしメジャーに進出させたい信太と⾃分のスタイルを頑なに曲げないゆべしの溝は⽇に⽇に深まっていくばかりで・・・。肥大した自意識と問題山積の現実の狭間でもがき苦しむ自称アーティストたちは、言い訳の効かない30歳を迎え、何を決断し、どのような道を辿るのか?(『辻占恋募』公式サイトより)
公演日:2022年5月21日(金)会場: 新宿Kʼs cinema他全国順次公開