バッキー・イノウエ定食

第4回

いつも同じ服には理由がある。

2019.09.12更新

0912_1.jpeg

 私はスパイ度は高いけれどスパイでもセレブでもないのでほぼ毎日同じような服を着ている。といっても一応いろんな服は持っているので特別な行き先やその日会うことになっている人によってはさすがに服を替えることもあるが、それ以外はいつも同じような服を着ている。
 もちろんインナーやシャツなどは着替えているしジャケットも何着かあって一着の服をずっと着続けてはいないがいつも同じような雰囲気なので錦市場の口の達者なおかあさんに「あんたたまには服くらい着替えよし」と言われたこともある。

0912_2.jpeg けれどもいつも同じ服というのはいい作戦でもあるのだ。映画やドラマや漫画でも古今東西、印象に残るキャラクターはだいたいいつも同じ格好をしている。
 刑事コロンボやシャーロック・ホームズしかり丹下左膳や鬼平犯科帳しかり正助や草加竜之進や赤目や夢屋などのカムイ伝の登場人物もムーミンのスナフキンもサザエさんの磯野波平もいつも同じ服を着ていた。

0912_3.jpeg 私は別にそれを目指してはいないがここ数十年ずっと同じテイストのスタイルになっているのには理由があるのだ。
 漬物屋の店を開ける時に樽を出したりヌカを混ぜたり杉樽をタワシでゴシゴシ洗ったりお客様への出荷作業もするので基本的にはジーパンを履いていることが多いし、夕方から夜には安酒場へ行くことが仕事上どうしても多いので上はどの季節でもとりあえずジャケットを着ている。
 夏には綿麻、秋には薄手のウール、冬にはツイード、春にはパッチワークのジャケットをいつも着ている。

0912_4.jpeg

 漬物店で働くときはジャケットを脱いで店の法被か作業用のジャンバーを着ればすぐに漬物屋らしくなるし作業が出来る感じのスタイルになる。
 そして夜になればまたいつものジャケットを羽織って酒場へ出かけるのだ。
 ここで重要なのはいつも同じ服あるいは同じスタイルをすることでその人自身が街の一部になっていくことだと思う。
 

0912_5.jpeg

 ほぼ毎日、扉が開いたばかりのバーでいつもシングルモルトのウイスキーをロックで飲んでおられる90歳代の大先輩は、シェパードチェックのボタンダウンのシャツをいつも着ておられるので俺は勝手に「シェパードチェックの旦那」と呼んでいるし、錦市場近くの古くからある角打ちでよく見かける兄ちゃんはいつも渋いベージュのバラクータのスイングトップのポケットに手を突っ込んで片手で飲んでいるので「哀愁のバラクータ野郎」と勝手に名付けた。いつの日か酒場のコートハンガーに俺のジャケットが掛かっているだけで「あ、来てるなバッキー」と思われるようになりたい。

0912_6.jpeg

 たとえそれが安物のジャケットであっても修理を重ねて着倒したスタジャンであっても高級ブランドを凌ぐテイストがそれにはあると思う。
 街と同化することで生き物は暮らしやすくなるのだ。
 ちなみにゴルフウェアはゴルフ丸出しのアスリート系スタイルより街着に近い格好でやった方がカッコいいと思う。

0912_7.jpeg

バッキー井上

バッキー井上
(ばっきーいのうえ)

本名・井上英男。1959年京都市中京区生まれ。高校生のころから酒場に惹かれ、ジャズ喫茶などに出入りする。水道屋の職人さんの手元を数年した後、いわゆる広告の「クリエイティブ」に憧れ広告会社にもぐり込む。画家、踊り子、「ひとり電通」などを経て、37歳で現在の本業、錦市場の漬物店「錦・高倉屋」店主となる。そのかたわら、日本初の酒場でライターと称して雑誌『Meets Regional』などで京都の街・人・店についての名文を多く残す。さらには自身も「居酒屋・百練」を経営。独特の感性と語りが多くの人を惹きつけ、今宵もどこかの酒場で、まわりの人々をゴキゲンにしている。著書に『たとえあなたが行かなくとも店の明かりは灯ってる。』、『いっとかなあかん店 京都』(以上、140B)『人生、行きがかりじょう』(ミシマ社)がある。

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • パンの耳と、白いところを分ける

    パンの耳と、白いところを分ける

    若林 理砂

    みなさま、お待たせいたしました。ミシマ社からこれまで3冊の本(『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』『気のはなし』『謎の症状』)を上梓いただき、いずれもロングセラーとなっている若林理砂先生の新連載が、満を持してスタートです! 本連載では、医学古典に精通する若林さんに、それらの「パンの耳」にあたる知恵をご紹介いただきます。人生に効く、医学古典の知恵。どうぞ!

  • 『RITA MAGAZINE2』本日発売です!

    『RITA MAGAZINE2』本日発売です!

    ミシマガ編集部

    3/18『RITA MAGAZINE2 死者とテクノロジー』が発刊を迎えました。利他を考える雑誌「RITA MAGAZINE」=リタマガが創刊してから、約1年。『RITA MAGAZINE テクノロジーに利他はあるのか?』(中島岳志・編)に続く第2弾が本誌です。

  • 松村圭一郎さん推薦文「答えを出すのではなく、踏みとどまるために」

    松村圭一郎さん推薦文「答えを出すのではなく、踏みとどまるために」

    ミシマガ編集部

    2024年12月に刊行された、後藤正文さんと藤原辰史さんの共著『青い星、此処で僕らは何をしようか』。本書を読んだ、人類学者の松村圭一郎さんから、推薦コメントをいただきました。『うしろめたさの人類学』や『くらしのアナキズム』の著者であり、後藤さん・藤原さんと同世代である松村さんは、どんなことを思われたのでしょうか?

  • 想像以上に口笛の世界は広い!『口笛のはなし』発売のお知らせ

    想像以上に口笛の世界は広い!『口笛のはなし』発売のお知らせ

    ミシマガ編集部

    本日2025年2月20日(木)より、ノンフィクションライターの最相葉月さんと、口笛奏者の武田裕煕さんによる対談本『口笛のはなし』が、全国の書店で発売になりました。本書は、口笛世界チャンピオンの武田さんに、吹けないサイショーさんが徹底的に訊く、対談ノンフィクション作品です。

ページトップへ