第2回
「そんなに面白くない」けど、つい行ってしまう・・・プロ野球キャンプ見学の魔力〈松樟太郎〉
2023.02.20更新
プロ野球キャンプの楽しみはキャンプファイヤー(嘘)
今年もプロ野球シーズンが始まりました。
各球団がキャンプインする2月1日は、プロ野球選手にとっての「正月」などともいわれています。
私が応援する横浜DeNAベイスターズも、2月1日より沖縄県宜野湾市でキャンプインしました。
私はほぼ毎年のように、キャンプを見に行っています。
当然、ベイスターズのキャンプが一番多いのですが、今まで、ロッテと阪神をのぞく10球団のキャンプを見に行きました。チームの練習内容やキャンプ地の雰囲気など、いろいろ違っていて面白いものです。
ただ、どうもこの「キャンプを見に行く」ということが、多くの人にとっては「?」のようなのです。
誰かに「野球のキャンプを見に行きます」というと、口頭ではみな「へー、いいねー」とか言ってくれるのですが、実際には微妙な表情をされることがほとんどです。
「そんなの見に行って何が面白いの?」という困惑がありありと見て取れます。
たまに、「何が楽しいの?」とストレートに聞いてくれる人もいるのですが、そんな人には「バーベキューをしながら星空を眺めたり、キャンプファイヤーをしたり、テントで寝たりして、楽しいよ」と答えるようにしています。「そのキャンプじゃないやろ」というツッコミを待っているのですが、今まで、誰も突っ込んでくれたことはありません。
というわけで、どう転んでもほぼ確実に会話が停滞するので、最近では「沖縄にハブとマングースショーを見に行く」と答えるようにしています。このほうがよっぽど会話が盛り上がります。
アグレッシブではない野球の楽しみ方
でも、改めて「キャンプを見に行って楽しいのか?」と聞かれると、正直困ってしまう自分がいます。
日がな一日、選手たちが走ったり投げたり打ったりするのを眺めているだけといえば、それだけです。
もちろん、アグレッシブなキャンプの楽しみ方というのもあって、たとえば早朝から選手を出待ちしたり、練習場の先頭に陣取って写真や動画を撮ったり、片っ端からサインをもらったり、キャンプ地限定グッズを買いあさったりとか、そういう人も結構います。
ただ、私はそれほどサインが欲しいわけでもなく、写真もそんなにうまくないので、ただひたすら選手を眺めている感じです。
「ああ、佐野の打球はよく飛ぶなぁ」
とか、
「エスコバーは相変わらず球が速いなぁ」
とか、
「今年の京田は戦う顔をしているなぁ」
とか、そんなことをつらつら思いながら、ぼーっとするのです。
ただ、ぼんやりする
ただ、この「ぼーっとする時間」というのが、意外と心地よかったりします。
普段、分刻みで動いているグローバルビジネスパーソンである私にとって(嘘)、「何となく何かを眺める」というのは、結構、新鮮な時間なのです。
そして、そんな中から仕事へのヒントが得られたり得られなかったりします。
森選手の弾丸のような返球を見て「メールの返信は秒速でしなければ」と思ったり、新人外国人選手に一発ギャグを教え込んでいる上茶谷投手を見て「自分も新人が入ったらあのギャグを伝授しよう」と思ったり、京田選手を見て「私もオフィスに入ったら戦う顔をしなければ」と思ったり。
まぁ、キャンプから帰るころには大体忘れていますし、覚えていたとしても大して役に立たなさそうなことばかりですが。
そう考えるとやはり、「キャンプ見学は無になってぼーっとする」のがいいように思います。
意外と聞こえているので注意
後はやはり、選手との距離感の近さです。
今年のキャンプのある日、ベイスターズファンにとって我らの星であり将来の希望でしかない一昨年のドラフト1位・小園投手が練習後にファン対応をしており、人が群がっていました。そこに、ベイスターズファンにとって我らの星であり将来の希望でしかない昨年のドラフト1位ルーキー・松尾捕手がやってきて、周囲が一気にざわつきました。
それを感じ取った小園選手は「ここにいる皆さん、松尾待ちですか?」と言い、周りの人が「いやいや、小園選手待ちです!」と答えると、周囲は大爆笑に包まれていました。
それで思い出したことがあります。もう10年近く前、ベイスターズ二軍のキャンプ地である嘉手納で、陸上競技場で一人、ひたすらランニングしているベテラン選手がいました。
見学しているのは私も含め3人くらい。そこで何を話していたかは覚えていないのですが、その選手は自分の噂話をしていると思ったらしく、冗談めかして「聞こえてるよー!」と声をかけてきたのです。いやいや、何も言ってませんよーとこちらも返しましたが、見学者の声というのは結構、聞こえるみたいです。
練習の邪魔になってはいけないのですが、こうしたインタラクティブな感じもまた、キャンプの面白さだと思います。
血圧を上げたくないあなたへ
ペナントレースが始まってしまうと、どうしても勝った負けたばかりがフィーチャーされてしまいがちです。活躍した選手には惜しみない称賛が送られる一方、活躍できなかった選手には「バット持ってんのか!」とかヤジが飛ばされたり(最近はヤジもあまり聞きませんが)、球場中がため息をついたり。以前、テニスの伊達公子選手が観客のため息にブチ切れた事件がありましたが、ため息というものは選手にもよく聞こえるものなのだと思います。
キャンプでは、こうした勝った負けたとは関係のない時間を楽しめることが、魅力なのかもしれません。
私もわりとそうですが、「大事な試合ほど、自分が見ると負けそうで見ることができない」とか、「打たれそうな場面になると、ついテレビを消してしまう」という人もいると思います。そういう人ほどぜひ、キャンプを見てほしいなと思います。血圧を上げずに野球を楽しむことができます。
ところで、ハブとマングースが戦うショーは動物愛護の観点からすでに禁止されており、今はハブとマングースが水槽で泳ぎのスピードを競うショーをさせられているそうです。逆に見に行きたいです。
文・松樟太郎
1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ビジネス書の編集をする傍ら、新たな文字情報がないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。著書に『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)、『究極の文字を求めて』(ミシマ社)がある。「みんなのミシマガジン」で、『語尾砂漠』を連載中。