第6回
日米唯一の記録、平野佳寿の通算200セーブ200ホールドはなぜあまり話題にならなかったのか〈西村健〉
2023.07.29更新
山本由伸、2年連続六冠王はNPB史上唯一
パ・リーグ首位を快走するオリックスには、日本唯一の記録を持つ男がいる。
そう聞いて多くの人が名前を思い浮かべるのは山本由伸だろう。2年連続四冠王(勝利・防御率・勝率・奪三振)はNPB史上唯一の記録である。
ついでにいうと、完封・投球回数も2年連続1位で、2年連続六冠である。これはとんでもない記録で、80年以上のNPBの歴史において「シーズン投手六冠」に輝いたのは1943年藤本英雄、54年杉下茂、2006年斉藤和巳の3人しかいなかった。田中将大の24勝0敗のシーズンは、金子千尋が最多完封、最多投球回、最多奪三振だった。野茂英雄がルーキーの年は、酒井光次郎・松浦宏明・山沖之彦が最多完封だった。杉浦忠が南海ホークスで38勝4敗をマークした1959年、パ・リーグ最多投球回は稲尾和久402回1/3だった。
ことほどさように「投手六冠」とは難しい記録で、2シーズン以上達成した選手はこれまでいなかったのである。それを山本由伸は24歳で成し遂げてしまったのだ。
ただ、昔の選手に比べて山本に有利な面があるのは確かだ。同リーグのトップ選手がMLBに移籍している点である。大谷翔平やダルビッシュ有や菊池雄星が現在もパ・リーグに在籍していたら、山本が2年連続六冠を達成したかどうかはわからなかっただろう。
とはいえ、これまで4人しか達成していないという意味では野手の三冠王やトリプルスリーよりも難しい記録であることは間違いなく、それを複数回達成した時点で山本は「NPB先発投手歴代六傑」の候補になると思われる。なぜ六傑かというと、プロ野球記録好きの常として、「プロ野球オールタイムベスト」のチームを妄想し、先発ローテーションに入る6人を選び出すとしたらどのようなメンバーになるのか、ということを考えてしまうからである。
稲尾、金田正一はまあ確定としてあと4人、ダルビッシュ有は入ってくるだろう。残りの候補は藤本英雄、ヴィクトル・スタルヒン、別所毅彦、杉下茂、村山実、山田久志、斎藤雅樹あたりだろうが(江夏豊はリリーフ投手と見なす)、正直どの投手も決め手に欠ける印象がある。あと3人はひょっとすると山本・佐々木朗希(日本人史上最速投手)・大谷(2022年の「15勝・防御率2.33」は日本出身選手で最高クラスのシーズン成績)か? うーん、山本や佐々木がNPBにいる間にできるだけ生で見ておきたいものである。
平野の200セーブ200ホールドは日米唯一
だが実は、今回の拙文の主役はエース山本ではない。オリックスで日本唯一の記録を持っているのは彼だけではない。39歳のクローザー平野佳寿も、日本唯一の記録の持ち主だ。
2023年5月14日のホークス戦で、同点の9回にマウンドに上がった平野は無安打1四球で無失点に抑え、リードを許さなかった。そのためホールドがつき、日米通算200ホールドを達成。この時点で、通算200セーブ200ホールドを達成した史上唯一の選手となったのだ(日米通算ではあるが)。
これまで日本選手の中で200セーブ200ホールドにもっとも近づいたのは藤川球児だろう。日米通算で245セーブ164ホールド。なお、150セーブ150ホールドを挙げているのはこの2人以外には増井浩俊(163セーブ158ホールド)、益田直也(206セーブ163ホールド、23年7月25日現在)しかいない。平野佳寿の現時点(23年7月25日現在)での通算成績は、63勝84敗236セーブ201ホールド、817試合登板(日米通算)である。
そして私が特筆したいのは、200セーブ200ホールドをクリアしている選手はMLBにはいないことである。Wikipediaの「ホールド」の項目によると、MLBで通算200ホールドを達成しているのは6人いるようだが、そのなかで最も通算セーブが多いのは22年で引退したセルジオ・ロモで、通算137セーブ204ホールド。平野の200セーブ200ホールドは、日本人唯一どころか、日米でも唯一の記録なのである。
前代未聞の快挙であるはずなのに、平野が金字塔を打ち立てた5月14日、彼の記録が日米唯一であることに触れたメディアは管見の限り見当たらなかった。Twitterで必死に検索したのだが、そのことに触れた一般人を見つけることもできなかった。なんたることかと慨嘆せざるを得ない。世界唯一といってもいい記録が誕生したのに、全くそれが話題にならないとは・・・2年連続リーグ優勝しても、オリックスの選手の扱いはやはりこの程度なのかッ! とオリックスファンである私は打ちのめされたのである。
メディアが「日米で唯一」と評さなかった理由
しかし、メディアが平野の記録を「日米で唯一」であると報道しなかったことには、納得できる理由がきちんとあるのである。メジャーではホールドは公式記録ではないこと、そして、日本とメジャーではホールドがつく条件が異なるのだ。
日本では今回の平野のように、同点で登板し、無失点で抑えればホールドがつく。しかしMLBでは同点の場面ではホールドがつかない。
この条件の違いは非常に大きい。なぜか。MLBのルールの場合、チームのクローザーがホールドを記録することはほぼないからである。日本であれば、同点の9回にはたいていクローザーが登板し、無失点に抑えればホールドがつく。だから、クローザーでも年間5~10程度ホールドをマークする。しかしメジャーでは、クローザーがなぜかリード時の8回以前に登板するという特殊なことが起こらない限りホールドはつかない。
この違いがあるからこそ、メディアは軽々に「日米で唯一」と持ち上げなかったのである。むしろその見識は評価すべきである。
MLB通算200セーブ以上の投手の成績を見ると
だが、ここでさらに記録を掘り下げてみたい。
MLBのホールドの条件が日本と同じだと見なした場合、MLBに200セーブ200ホールドに相当する成績を残した選手はどれほどいるのだろうか。
この問いに答えを出すために、通算200セーブ以上の選手の中で、日本の200ホールド以上に相当する記録を残しているのは何人いるのか、というアプローチで考えてみたい。
MLBで通算200セーブ以上マークしている選手は、通算652セーブのマリアノ・リベラを筆頭に53人いる。ちなみにNPBは23年6月16日に通算200セーブを達成した益田を含めて10人だ。
この53人について、同点で登板し無失点に抑えたケースをすべて数えあげるのは私にはできないので、あくまで推測を試みたいと思う。
平野が中継ぎの役割を務めたのは下記の6シーズンである。
年 | チーム | 登板 | 勝利 | 敗戦 | セーブ | ホールド | 投球回数 | 防御率 |
2010 | オリックス | 63 | 7 | 2 | 2 | 32 | 80.2 | 1.67 |
2011 | オリックス | 72 | 6 | 2 | 2 | 43 | 83.2 | 1.94 |
2012 | オリックス | 70 | 7 | 4 | 9 | 21 | 79.2 | 2.15 |
2018 | ARI | 75 | 4 | 3 | 3 | 32 | 66.1 | 2.44 |
2019 | ARI | 62 | 5 | 5 | 1 | 15 | 53 | 4.75 |
2020 | SEA | 13 | 0 | 1 | 4 | 1 | 12.1 | 5.84 |
6シーズン通算 | 355 | 29 | 17 | 21 | 144 | 375.2 | 2.54 |
なかでも2010年~2012年と2018~2019年の5シーズンがあったからこそ、平野は200ホールドに到達できたといえよう。
では、MLBの200セーブ達成者の中に、平野のように中継ぎで好成績を収めたシーズンが5シーズン以上ある選手は何人いるのだろうか。
通算200セーブ以上で、「40試合以上中継ぎ登板(リリーフ登板数マイナス完了数)・防御率5点未満」のシーズンが5年以上ある選手をさがしてみた。すなわち、チームの信頼できる中継ぎ投手として、多くのホールドシチュエーションで登板したシーズンが5シーズン以上見込める選手である。
・・・見当たらない。
どうもメジャーでは、力のあるリリーフ投手はキャリアの早い段階でクローザーを務めるようになり、その後中継ぎ投手に転向することはあまりないようである。
ただそれは平野も同様で、セットアッパーからクローザーに転向した後は、日本ではずっとクローザーを務めている。表1のように、メジャー時代の3シーズンを除いては。つまり平野は「キャリアのなかばでMLBに挑戦し、中継ぎに戻る」というMLB選手にはできないことができたからこそ、通算200セーブ200ホールドを達成できたのだ、といえなくもない。
ただし、フェルナンド・ロドニーとホアキム・ソリアはキャリアではそれぞれ通算361試合、通算345試合に中継ぎ登板し(平野は通算365試合)、主に勝ちパターンで投げている。中継ぎ登板時の防御率は決してよくはないが(シーズン30試合以上中継ぎ登板したときの防御率は、ロドニーが4.40、ソリアが3.54、平野は2.43)、この2人は通算200ホールドに達しているかもしれない。
ゆえに私の実感としては、「仮に同点でもホールドがつくという条件であった場合としても、MLB選手で200セーブ200ホールドを達成している選手はいない可能性がある」といった表現になる。
その場合、平野は日米でただ一人の偉業を達成した男になるのだ。
本当のライバルは日本にいた
・・・といいたいところだが、実は平野の本当のライバルは日本にいた。
先ほど、通算200セーブ以上で、「40試合以上中継ぎ登板(リリーフ登板数マイナス完了数)・防御率5点未満」のシーズンが5年以上ある選手は、MLBにはいないと述べた。しかし日本には平野のほかにもう一人いる。岩瀬仁紀だ。
岩瀬は中日入団後、5年連続で上記の条件をクリアしている。その間の成績は次の通り。
表2 岩瀬仁紀 入団5年目までの成績
年 | チーム | 登板 | 勝利 | 敗戦 | セーブ | ホールド | 投球回数 | 防御率 |
1999 | 中日 | 65 | 10 | 2 | 1 | ー | 74.1 | 1.57 |
2000 | 中日 | 58 | 10 | 5 | 1 | ー | 80.1 | 1.90 |
2001 | 中日 | 61 | 8 | 3 | 0 | ー | 62.2 | 3.30 |
2002 | 中日 | 52 | 4 | 2 | 0 | ー | 59.2 | 1.06 |
2003 | 中日 | 58 | 5 | 2 | 4 | ー | 63.2 | 1.41 |
5シーズン通算 | 294 | 37 | 14 | 6 | 340.2 | 1.85 |
※ホールドは当時記録なし
当時、ホールドはまだ公式記録ではなかった。この時期に、仮に中継ぎシーズンの平野と同じペースでホールドをマークしていたとすると、平野は355登板で144ホールドだから、岩瀬は294登板で119ホールドを記録する計算になる。ホールドが公式記録になったあと(2005年以降)の岩瀬の通算ホールド数は82であり、これに119を加えると通算ホールド数は201。見事、200セーブ200ホールドを達成していることになるのだ。
となると残念ながら、平野の200セーブ200ホールドを、「日米唯一の偉業」と断言することはできないだろう。
ならば私が平野に望むことは、今後も数字を積み重ね、圧倒的な通算成績をマークして引退することだ。具体的には250セーブ250ホールド、ということになる。現段階で通算236セーブだから250セーブは射程圏内。でも通算ホールドは201、250ホールドはさすがに厳しい? いやいや、岩瀬は晩年中継ぎに戻って、41歳以降の3シーズンで38ホールドをマークしている。2、3年後、チームのクローザーの座は新たな「レジェンドクローザー候補」に譲り、平野は再び中継ぎとしてチームに貢献する・・・私は平野ファンとしてもオリックスファンとしても、そんな未来を妄想している。