第7回
神宮で隠れキリシタン活動をした話〈松樟太郎〉
2023.08.25更新
8月某日、ベイスターズファンの私はなぜか、神宮球場の一塁側、ヤクルトスワローズ応援席のど真ん中で一人、小さくなって座っていました。
当たり前ですが、前も後も右も左もヤクルトファンの皆さんです。
なぜ、こんなことになったのか。理由を話すと長くなるのですが、簡単に言えば「野球にほとんど興味はないが、巷で話題のトレバー・バウアーを見たいという知人の代わりにチケットを取ったら、その人が行けなくなり、私が代わりに行くことになった」という感じです。
バウアー人気が妙な形でブーメランとなって私の頭に刺さった感じです。
実は神宮の一塁側に座るのは初めてではなく、2007年にあの古田敦也の引退試合を観に行って以来のことです。
ちなみに古田の引退試合は確か1カード(3試合)すべてが引退試合扱いになっていて、なかなか商魂たくましいなぁと思った記憶があります。かくいう私も「代打、俺」シャツを買ってスワローズファンのフリして座ってたわけですが。
別にホームサイドに相手チームのファンがいてはいけない、ということはないのですが、やはりハマスタのホームサイドに赤いユニフォームやオレンジのタオルや、「猛虎命」などという法被を着た人がいたりすると、ちょっと心がざわつきます。
手違いとはいえスワローズのホーム側に座ることになった以上、ベイスターズのベの字もスの字も出さないようにしよう。私はそう固く誓いました。「じゃあ、見に行かなきゃいいじゃないか」という声が天から聞こえてきましたが、チケット代8000円の出費に負けてのこのこと出向いた、というわけです。
というわけで、この日私はヤクルトファンになり切ることにしました。
まずは外見から青いものをすべて排除。っても普段から黒いズボンとグレーのシャツを着ているのでこれはなんなくクリア。加えて何か緑のものを足せないかと部屋を探したのですが(スワローズのチームカラーはグリーンです)、びっくりするほど何も見つかりません。自分がいかに色味のない生活をしているかとちょっと悲しくなりました。
仕方ないので緑がワンポイントで入っているハンカチを持ちました。外からじゃ見えないけどな。
神宮球場の最寄り駅である外苑前駅に着くと、巨大な高津監督のポスターが「さあ、行こうか」と私を誘ってくれています。こんな隠れキリシタンのような私を歓迎してくれるのかと目頭がちょっと熱くなりますが、「さあ、行こうか」はチームスローガンに過ぎないと後で知りました。ところで高津監督はどこへ行こうとしているのか。
駅から球場までは徒歩5分くらいとすぐ。
「遠い」と嘆くスワローズファンの子供に、「ペイペイドームはもっと遠い、我慢しなさい」と心の中で教育的指導をしているうちに到着。
神宮球場ではいつも行く3塁側ではなく、慣れない1塁側へ。
「入口に佐野選手の踏み絵があって、踏まないと入れなかったらどうしよう」と恐れていましたがそんなことはなく、スムースに入場。那須野(2004年ドラ1)や北方(2011年ドラ1)の踏み絵くらいだったら踏むつもりでいたのですが、なんとか棄教せずに済みました。
席は当然のごとくスワローズファンに固められており、前の人は塩見が、後ろと隣は村上のファンみたいでした。夏休みだからか、家族連れが多い印象です。
そして、バウアーがピンクのド派手なグローブで登場。彼のYouTubeで紹介していた、ピンクのポケモンをイメージしたグローブです。当然、知っていますが、「あんなの使っていいの?」と周囲のスワローズファンがざわついていたので、自分もさも珍しいものを見るかのような顔をしていました。実際、夏の夜の神宮に輝くピンクのグローブはびっくりするほど場違いで、さも珍しいものであったことは確かです。
好投するバウアーに拍手を送りたくなるのをぐっとこらえ、かといって山田選手の応援歌に合わせて「やまーだてっと」とか叫ぶのもアレなので、「スワローズが好きではあるのだけれど、どちらかというと野球そのものを楽しんでいて、今日も仕事が早めに終わったからふらりと神宮に現れたおじさん」のふりをすることにしました。
いいボールに頷いてみたり、ポテンヒットにやれやれと首を振ってみたり。当然、誰も見ていません。学生時代、「一緒に映画を見る予定だった友人が急遽来れなくなり、仕方なく一人で来ました」という設定で一人で映画を観に行ったりしていたことを思い出し、嫌な汗が背中から流れます。
そして、こんなときに限ってベイスターズがバカスカ打つ。5回終わって8対0。喜ぶに喜べない。普通に応援に行く日にこうしてくれないもんかね。
このくらい点差がついてしまうと、周りのスワローズファンの人たちの集中力も完全に切れてきます。
隣の家族連れは最初から静かだったのですが、途中から完全に黙り込んで別のことをやり始めました。そのため、隣の隣の二人組の声がよく聞こえてきたのですが、会話の内容はなぜか「松井」や「清原」。真後ろの子供は「宮﨑ってすごいの?」とベイスターズの選手に興味を示し、左隣の人は背番号でベイスターズの選手を当てるゲームをスタート。「背番号37、楠本か」などとベイファンでも当てられるか微妙な選手を見事的中させていました。そうこうしているうちに横の横の二人組の話は「槇原」「堀内」にまでさかのぼる始末。このままだと青田昇とかスタルヒンとか言い出さないかとひやひやしましたが、そもそもなんでスワローズのユニ着てさっきから巨人の話してるのか。
うん、このカオスな感じ、「負けてる時のベイスターズのホームと一緒だ」と懐かしくなりました。
そんなこんなですっかりスワローズファンに親近感を抱き始めたとき、レフトスタンドのベイスターズ応援席から「ヤクルト倒せ!」という応援歌の大合唱が聞こえてきました。普段、何気なく口にしていたこの応援歌ですが、相手側から聞くと結構尖って聞こえるんだなぁと反省。やっぱりディスり応援ってあんまりいいものじゃないですね。
ちなみにこの「○○倒せ」の応援歌を歌う際、相手チームが広島だろうが中日だろうがベイスターズファンの10人に一人が「読売倒せ」と言うのはハマスタ1塁側の風物詩です。巨人への愛憎が複雑に入り混じった魂のチャントです。
試合はその後、スワローズが3点を取るも反撃はここまで。
なかなか見ごたえのある試合でした。
帰りも笑顔を封印し、さも残念そうな顔をしながら神宮を後にしました。
そんなこんなで「相手チーム側から自分のチームを見てみる」という体験もなかなか面白いものだなぁと思いました。
ただ、ひょっとしたら他の球場には他チームファンの侵入を防ぐための「踏み絵」があるかもしれないので、気をつけてください。もっとも、踏んだところで信仰心さえ持っていれば、その人のファンであることをやめたことにはならないと思います。だよね那須野。