第12回
スーパールーキーを消化できない
という難儀〈松樟太郎〉
2024.04.06更新
いよいよ始まったプロ野球の開幕3連戦。
多くの野球評論家から、「4~5位くらい」という毒にも薬にもならぬ評価をされている我らが横浜DeNAベイスターズは、ドラフト1位ルーキーの度会隆輝選手の活躍で開幕2連勝を果たしました。
初戦、第二戦と立て続けにホームランを放ち、第二戦は4安打。2日連続でヒーローインタビューに呼ばれるという異例の活躍ぶり。
その際のパフォーマンスも新人とは思えず、何度も「最高です!」という決め台詞を発した後、インタビュアーに改めて求められた際の、「もうやりすぎたんでいいんじゃないかと...最高でーす」という一人時間差ボケは、もはや芸人の域に達していました。
ちなみにベイスターズには上茶谷、入江という芸人キャラがすでにいて、二人でファン感謝デーに漫才をしたりしているのですが、これで東京03ばりのトリオ漫才ができそうです。いくら芸人集めても野球には勝てませんが。
この度会の活躍に、ベイスターズファン以外の人からもチャットで「度会ヤバいね!」などという言葉をいくつももらいました。
それはもちろん嬉しかったのですが、どこか、心から喜んでいない自分がいるのです。
いや、むしろ彼が活躍すればするほど不安になっていく。
「いずれ活躍が止まるのではないか」
「怪我でもしてしまうのではないか」
「そもそも自分は白昼夢を見ているのではないか」
「こんないい選手、ぜったいにFAで出て行ってしまうはず」
......などと、勝手に数年先のことまで心配しては動悸や息切れが激しくなり、つい救心に手を伸ばす始末です。
それはなぜかと考えた結果、思い浮かんだのが、「リフィーディング症候群」という言葉でした。
リフィーディング症候群とは、栄養失調状態にある人がいきなり栄養のあるものを摂取することで発症するもので、心不全や呼吸不全などさまざまな症状を引き起こすそうです。
飢餓状態にあった人にいきなり栄養満点なものを食べさせないほうがいい、というアレです。
要するに「ベイスターズにおいて、ドラフト1位の期待のルーキーが活躍する」という栄養をここ十数年与えられていなかったため、飢餓状態でいきなりTボーンステーキを食べたような状況に陥っているのではないかと。我ながら難儀な話です。
ベイスターズファンの間でいまだに語り継がれる「IF」があります。それは、「もし、1998年のドラフトで松坂大輔を獲得できていたら、2000年代初頭の暗黒期は訪れなかったのではないか」ということです。
その真偽はさておき、その後も20年以上にわたり、ベイスターズがドラフトで「その年の最大の目玉選手」を獲得できたことはなかったと言っていいでしょう。
2001年には甲子園のヒーロー寺原隼人を狙うも獲得ならず。2006年はあの田中将大を狙ってあえなく惨敗、2013年は地元のヒーロー松井裕樹を狙うも外れ。
もちろん、新人として活躍した選手はいましたが、「あのすごい人が入団し、しかも大活躍する」みたいなことは、私の知る限りまったく記憶にないのです。
どんな球団でもさすがに過去30年くらい遡れば、「すごい新人ゲットしたぜ」みたいな人が思い浮かぶのではないでしょうか。
楽天の田中将大、ロッテの佐々木朗希、日ハムの斎藤佑...もとい大谷翔平。巨人なら菅野や長野、タイガースなら藤浪、中日なら根尾昂......まぁ、実際に活躍したかはともかく、「これはすごいルーキーが来たぞ」という期待感だけで白飯が軽く3杯はいけるような選手です。
そんな中、ベイスターズファンは「那須野が」「柿田が」「北方が」といった話題で白飯を四杯くらい食べていたわけです(この3人についてはネットなどでお調べください)。
「天空の城ラピュタ」に、「ポムじいさん」という老鉱夫が出てきます。
暗い、地下の坑道で主人公たちの持つ光り輝く飛行石を見て、「わしには強すぎる......」とつぶやくのですが、まさにそんな感じ。
つまり、度会選手の輝きは強すぎて見ていられないのです。
だったらもう、鈍く光る銅鉱石のような小林太志(2007年ドラ1)を見ていたいと思ってしまう。それがベイスターズファンの悲しい性なのです(いや、全員じゃないですが)。
さて、そんな度会選手ですが、開幕2カード目のタイガース戦では一転、調子を落としてしまいました。
それを残念だと思うとともに、私のような日陰の世界の住人にとっては、やっと度会選手をこの目で
見ることができるなぁとホッとするような気持ちがあるのもまた、事実です。
こんな難儀なファンのことは忘れて、度会選手には頑張ってほしいです。私は救心を買おうと思います。
文・松樟太郎
1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ビジネス書の編集をする傍ら、新たな文字情報がないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。著書に『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)、『究極の文字を求めて』(ミシマ社)がある。「みんなのミシマガジン」で、『語尾砂漠』を連載中。