第18回
空気を読まない伊勢投手と、伊勢ではなく千葉の海岸の話
――2024年CSレビュー〈松樟太郎〉
2024.10.25更新
もう20年以上も前の話です。
部活の合宿で千葉のひなびた漁村に行った際、どういう経緯かはイマイチ覚えていないのですが、早朝の海岸を私と男性の友人ひとり、女性の友人ひとりの3人で散歩しようという話になりました。
人気のない町を3人で海に向かって歩きながら、ふと「あ、これが青春なんじゃないか・・・」と思いました。残念ながらあとにも先にもこんな青春っぽい出来事はなかったので、よけい、そのことを強烈に覚えています。
ただ、その散歩は途中で打ち切られました。
あとからやってきた別の友人が、その女性に「○○さん、ちょっと話があるんだけどいい?」と言って、彼女を連れて行ってしまったからです。何の話をするのかはもう「お察しください」です。
仕方なく残された男二人で行った海岸で、どちらからともなく「自分たちはしょせん、この物語のわき役だったんだなぁ」という話をしました。
朝の海岸で恋を成就させた二人と、その後姿を見送った友人Aと友人B。
しょせん俺たちはわき役、咬ませ犬だったのだな、と。
唐突になぜこんな話を始めたのかというと、2024年10月21日、ジャイアンツ対ベイスターズのクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ第6戦で、当時の感情がまざまざとよみがえってきたからです。
ベイスターズファンの私にとって、この年のセ・リーグのCSは、なんだか現実味のない、できそこないのおとぎ話のようでした。
そもそもCSに出られたことが奇跡なのに(カープさんのおかげ)、タイガースに2連勝、その勢いのままにジャイアンツにも3連勝。ただ、「勝てば勝つほど不安になる」という弱小チームファンの性で、友人や知人に「ベイスターズすごいね」と言われるたびに、「いや、いずれ負けます」とキリッと言い返す始末。
でも、そうは言いつつ、「なんかこのCS、主人公は実は私(というよりベイスターズ)なのではないか」・・・そんな幻想を持ってしまったのです。
ところが、私の力強い予言が的中し、ベイスターズはその後足踏み。対戦成績は3勝3敗の五分に。
そして、泣いても笑っても泣きながら笑っても雌雄を決する最終戦の8回表、2対2の同点の場面であの男が出てきたのです。
菅野智之。
原前監督の甥っ子にして巨人の絶対的エース。ここ数年調子を落としていましたが、今年は見事に復活し最多勝を獲得。しかも、35歳という年齢にもかかわらず、メジャーへの挑戦を表明。日本での登板はひょっとしたら最後かもしれない・・・。
その瞬間、あの当時の、冷や水を浴びせられたような思いがよみがえってきたのです。
「あ、この物語は私のものではなく、菅野の、そして巨人のものだったのだな」と。
フラッシュバックするのは2013年に楽天が優勝を決めた試合にリリーフで出てきたマー君や、WBC決勝戦で同じく9回に登板し、トラウトを三振に仕留めた大谷翔平。
CS敗退の絶体絶命の状況から2連勝し、迎えた最終戦ではエースがリリーフで登板し、見事優勝。
そんな、中学生が深夜に書いたようなベッタベタなシナリオを、これから見せつけられると思ったのです。
案の定、菅野は8回を三者凡退に。
そしてその裏、7回からの回またぎで登板したベイスターズの伊勢は、1アウト1,2塁のピンチを招きます。
さて、みなさんは伊勢大夢という投手をご存じでしょうか。
2019年に入団すると、初年度から30試合以上に登板。
サイド気味の投球フォームから力のある球をびしばしと投げつける強気の投球スタイルで多くの人を魅了するセットアッパー。
一見、強面だけにふと見せる笑顔が大変素敵なナイスガイ。
だいたいお察しの通り、私は伊勢の大ファンで、今、球場で着ているユニフォームは伊勢のものです。
でも、そんな私ですら、伊勢をかつての自分に重ねてしまったのです。
つまり、菅野の物語の「脇役」としての存在。
おそらくここで伊勢は失点し、菅野は9回をパーフェクトに抑え、巨人が優勝。
なんなら、最後の打者はメジャーから帰ってきた筒香かもしれない。
ちょうど打順的に代打のタイミングだし。
ちなみに、私が伊勢の前に着ていたユニフォームはやはりセットアッパーだった三上朋也投手のもので、そのさらに前は「どすこい」山口俊投手です。「そういえば二人とも巨人に行ったんだっけ」と、脈絡もなく苦い思い出もよみがえります。
まさに、ニューヨークの国連本部並みにフラグが立ちまくっているこの状況。
にもかかわらず、伊勢は続く打者を三振、ライトフライで抑え、力強くガッツポーズ。
それを見た瞬間、思わず私はこう叫んでしまいました。
「お前、空気読めよ!」
いや、読まなくていいんです。この場合、読まないほうが圧倒的にいいんだけれど、「空気読まないなお前!」(笑)という言葉が、つい口をついて出てしまったのです。
それくらい圧倒的な空気の読まなさ。
彼がマウンドに仁王立ちする姿は「伊勢大明神」などと呼ばれますが、神様だってもうちょい空気読むんじゃないか。
そして迎えた9回。
森敬斗のヒットから最後は牧のタイムリーで、ベイスターズは菅野からあっさり点を取ると、その裏にはいつも笑顔を浮かべている森原が、今年一番の場にそぐわない薄ら笑いであっさり3者凡退。
ほんと「お前ら全員、空気読めよ」という話です。
それで改めて思ったのです。
20数年前、伊勢の海岸、じゃなかった千葉の海岸で「○○さん、ちょっと話があるんだけどいい?」と声をかけられたとき、空気を読まずに「いや、今3人で散歩しているところだから、あとにして」と言っていたらどうなっていただろうか、と。
あのとき、一緒に取り残された友人は数年前、若くして亡くなりました。
なので、残念ながらもう彼と「あのとき伊勢投手のように空気読まなかったら、どうなってたかな?」という話もできないのですが、おそらくは「人の恋路を邪魔しただけ」で終わっていたことでしょう。あと、ベイスターズファンでもないので、「伊勢って誰?」となっていたことでしょう。
と、そんなことをつらつら考えているうちに、空気を読まない某テレビ局が、優勝監督インタビューを流さずに大谷翔平特番に切り替えました。
「お前、空気読めよ!」
と、その時は本当に思いました。