第21回
勝手に『口笛のはなし』発刊記念 口笛野球漫画の名作から考える、「サイン盗みのはなし」〈ミシマ社・須賀紘也〉
2025.03.04更新
こんにちは。ミシマ社営業チームの須賀です。月曜から寒い日が続いていますが、週末は暖かったですね。キャンプインから1ヶ月たち、プロ野球開幕が近づいてきました。
キャンプがあった先月の新刊は武田裕煕さんと最相葉月さんの共著『口笛のはなし』。
口笛の吹き方に加えて、文化も知ることができる一冊。古来から人間とともにあった音楽であるため、受け継がれてきた言い伝えも紹介されています。しかし、口笛の例を挙げてみると、日本では「夜に口笛を吹くとヘビが出る」、イギリスでは「劇場で口笛を吹くと悪いことが起きる」などなど、実はネガティブな言い伝えも多いのです。
そんな口笛と野球を、勝手に絡めて考えてみたいと考えてみたいです。記憶に新しい昨年の日本シリーズの「サイン盗み騒動」。ベイスターズの投手が投球動作に入ろうとするたびに、スタンドのファンが球場に鳴りわたる口笛を吹きました。これが、キャッチャーからピッチャーに出される球種のサインを、誰かが覗きみてバッターに伝達しているのではないか? と疑われました。
やはり、野球と口笛もネガティブな関係となってしまうのでしょうか? 今回のミシマガ野球部では、野球と口笛の関係、そしてサイン盗み疑惑を振り返ってみたいと思います。
口笛が登場する野球漫画の名作
私が苦手で人生で一度もうまく行ったことがないけど、昭和の子どもたちならみんなできたんだろうなぁと思うことがいくつもあります。その代表的な例に、逆上がりやコマ回し、石を川や海に投げて行う「水切り」と並んで、口笛があります。現代っ子が苦手なのはテレビゲームやスマートフォンのせいでしょうか?(苦手なのは僕だけなのかもしれませんが・・・)
なんとなく、昭和のイメージを勝手にもっている「口笛」。口笛が登場する野球マンガの名作も、昭和47年に連載を開始されています。それが、ちばあきおさんの『キャプテン』です。
『キャプテン』1 ちばあきお (集英社文庫(コミック版))
現代では考えられない、スパルタな練習風景が印象的で、スポ根マンガの代表作にも挙げられる作品です。登場人物は、速い球を投げたり、特大のホームランを打ったりはできません。どこにでもいそうな「墨谷二中」の中学生たちが、特訓に励んで、ユニフォームをボロボロにしながらエリートに挑む姿に心を奪われます。イチローがプロ入り時に寮に持ち込んだとも言われる名作です。
しかし、決してお涙頂戴ではないところもこの本の魅力です。冗談を言い合ったり、いやいや勉強したりする日常生活のシーンも所々に描かれています。その練習以外のシーンで、たまに口笛を吹くシーンが織り込まれています。
作中で口笛を吹くとき、学生帽を被った野球部員たちは、学生カバンを持った手を頭の後ろに組んで、目線をあさっての方向にやります。顔文字にすると、「<(・з・)> ~♪」という感じ。
イメージ写真(モデルは筆者、以下同)
そして、決まってキャプテンや先生を相手に、何かをごまかすシーンなのです。読んでいると、口笛はごまかしの象徴でもあるのでは? という一面にも気づいてきます。
キャプテンのサイン盗みとメジャーリーグのサイン盗みの違い
そんな『キャプテン』の試合中、実は「サイン盗み」のシーンがたびたび表れます。キャッチャーの構えが見えるセカンドランナーが、どこのコースにミットを構えているか、バッターに手で伝えるのです。
このポーズをしているランナーは、だいたい「ここよ」と心の中でつぶやいている
主人公たちのチームも、相手チームも、当たり前のようにやっています。当時は悪いことではないというのが共通認識だったようです。
先ほども出た、昨年の日本シリーズの口笛や、メジャーリーグでも2017~2018年にかけて、アストロズが電子機器やカメラを用いて、チームがかりでおこなっていることが発覚するなど、昨今取り沙汰されることが多いサイン盗み。
サイン盗みの問題は、野球とはなにか? を考える上で大きな手がかりになると思います。
「卑怯」と捉えられることが多く、実際にプロ野球でも高校野球でも禁止されているサイン盗み。しかし、私は、サイン盗みはありなのではないかと思っています。ただし、墨谷二中は「あり」で、日本シリーズの一件やアストロズは「なし」と考えます。
サイン、覚えるの大変なんですよね。
例えば「バント」や「ヒットエンドラン」のサインを、ベンチからバッターにどう伝えているか。サインを出す人(部活だと監督、プロ野球だと三塁ベースコーチ)が忙しなく手を動かしていますが、「ベルトを触ったあとに触った場所が本当のサイン」「でも、口をさわったら取り消し」とか、覚えることも多かったり、見落としが許されません。こういうサインを「ブロックサイン」といいます。私も学生時代、スクイズのサインを見落として、ヘルメットをぶん殴られた苦い思い出があります。
もし、サイン盗みが禁止なら、「バント」と書いたプラカードでも掲げてくれたらいいのではないかと思います。それが誰か選手の目に入ったらピッチャーが投げる前に伝えてしまうだろうという疑問も浮かびますが、ならなぜキャッチャーの構えが見えているセカンドランナーは、バッターに伝えることなくみすみす見逃さねばならないのかとも思います。頭を振り絞って小難しいサインを必死に覚えているのですから、それを解こうとするのも、知恵比べでもある野球というスポーツの一面としてあってもいいのかと思います。変な話ですが、わざわざ複雑なサインを出されているのですから、だれか読み解こうとしてくれている人がいないと、複雑なだけばからしく、覚えがいがない。サインを見落としがちな元野球少年代表として、そのぐらいのことは言いたいです。
ただ、なぜ「日本シリーズ」やアストロズがアウトなのか。それは、グラウンド外の人間や、機械が介入しているからです。
野球はグラウンド上で技術やパワーや頭脳を発揮する、プレイヤーのみで決着がつけられるべきだと思います。勝者も敗者も、プレイヤーのみであるべき。そうでなければ、お金を払って選手やそのプレーを見に来ているファンも、裏で動くスタッフや機材で決着がついていましたとなっては、何を見に来ているのかよくわからないのではないでしょうか。
頭脳と言えば、松坂大輔選手がいた横浜高校とPL学園の1998年の夏の甲子園の激闘が名高いです。難攻不落の松坂を攻略するために研究したPLは、キャッチャーの構えのクセを見抜き、三塁コーチを務めるキャプテンがストレートの時は「いけいけ」、変化球のときは「狙え狙え」と叫んでバッターに伝えたことで、集中打を浴びせます。これって、口笛も活用できそうではないですか?
最近メジャーリーグでは、ピッチャーとキャッチャーは「ピッチコム」という電子機器でサインのやりとりをしています。マウンド上の大谷翔平投手が、グローブに耳を当てて何かを聞こうとするシーンを見たことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか? そんな今日この頃で、なんだか味気ないです。選手たちが口笛を吹き分け、情報が飛び交うグラウンドを想像していたら、ちょっと愉快な気持ちになってきました。