相変わらず ほんのちょっと当事者

第11回

「受診控え」のせめぎあい(前編)

2023.02.06更新

【お知らせ】この連載から本が生まれました

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『元気じゃないけど、悪くない』
青山ゆみこ(著)

本連載を再構成し、大幅に加筆を加えた一冊です。
「わたしの心と身体」の変化をめぐる、
物語のようなノンフィクションであり、ケアの実践書。
お手にとっていただけたら嬉しいです。(2024年3月20日刊行)

 わたしは喉が弱く、気管支喘息の持病がある。
 喉の奥の違和感など、風邪っぽい症状が出始めると、かかりつけの呼吸器内科に駆けこんで抗アレルギー薬や吸入ステロイド薬など、「マイお薬フルコース」をお守りのように服用する。
 初期に対処すれば、10日ほどで気にならないまでにおさまる。こじらせると咳で睡眠不足、喉の痛みで食欲不振となり、体力ががくんと落ちて、だらだら長く患う。
 また、喘息とは別に、ウイルスや細菌が入りこみ炎症を起こす気管支炎もくせになっていて、過去には2回、その気管支炎から肺炎に進んでしまったことがある。

 一度目の肺炎は2015年のこと。はじまりはいつも喉痛。ひどい咳がとまらず、39度、40度の高熱が続き、ステロイド剤の点滴に3日通ってひとまず解熱して峠をこした。
 二度目は2016年の夏。熱も咳も「結構きてるかな」程度の感覚だったが、次第に胸がつかえたように苦しくなり、ある晩、ついに声が出なくなった。
「大丈夫か?」と顔をのぞき込む夫。返事をしたいが、息が切れる。
「こっ、、、、、、、(ふぅふぅふぅ)」
「えがっ、、、、、(はぁはぁはぁ)」
「でっっなっ、、、、、、(呼吸をするのに肩を大きく上下)」
 金魚のように口をぱくぱくしながら、「息が切れて話せない」と紙に書いた。

 翌日、かかりつけの呼吸器内科でレントゲンを撮ると肺全体がもわっと白い。過去の肺炎を知っている先生が、「なんか気になるなあ」と首をかしげて、念のためにCTも撮ったところ、レントゲンでは隠れていた背部にも影が出て、炎症がかなり進んでいた。
 まあまあヤバかった。
 熱があまりない肺炎もあるのだなあ。息が詰まったような、声も出せないあの状況を思い出すと、今でも胸の奥のほうがぞわっとする。
 当然、血中酸素濃度も計測していたと思うが、息も絶え絶えで当時の記憶が飛んでいる。

 以来、喉が腫れたり風邪をひいたかなと感じると日頃よりこまめに耳鼻科に走り、こじらせた気配があったら気管支炎と喘息を疑って呼吸器内科の診察を受ける。
 というパターンを半年に一度くらいで繰り返すものの、おかげさまで3度目の肺炎にはいたっていない。
 ほんとに、病院と薬のおかげさまなのだ。

 この原稿を書く数日前、「岸田文雄政権は、新型コロナウイルスの感染法上の区分を今春から、現在の『2類相当』から普通のインフルエンザなどと同じ『5類』にする方針」という報道が流れてきた。
 コロナ慣れしきった意識の低さで、軽くググってみると、ドキッとするような記事が目に飛び込んだ。

【今月だけで死者8000人...そんな中でのコロナ「5類化」で社会はどうなるのか(東京新聞、2023年1月26日付)】

 さらりと書かれているが、「今月だけで死者8000人」って(えええ!)。「5類」とかの前に、それヤバくないですか。今さらヤバいとか言うのも恥ずかしいというか・・・(冷たい汗がぞわり)。
 忘れそうになるけれど(忘れたい願望なのかもしれないが)、ひと月で8000人もの人が亡くなる感染症が蔓延する社会に、自分はいまも、生きているのだ。

 なんだか息苦しい気持ちになり、久しぶりに手元の「マイお薬フルコース」の残薬を確かめた。気管支を広げる薬が少し、ステロイドの吸引剤は20吸引ほど残っている。喘息のちょっとした症状が出ても、数日はなんとかなりそうだ。
 ふぅ(思わず深呼吸)。

 肺炎を起こすことの多い新型コロナウイルスは、いろんな意味で、やっぱり変わらず強く自分事だ。

 翻って、今回の区分変更について。前掲の東京新聞の記事では、いくつかの論点が挙げられている。
 例えば、規制が厳しかった2類から、5類になると、インフルエンザや一般のクリニックでも診察ができるようになるとの見方もあるが、一方、現場の医師たちの間では、否定的な意見が少なくないこともそのひとつだ。

「発熱外来をやめる病院はあっても、始める病院が急増するとは思えない。全体では、むしろ減るかもしれない」と、首都圏で在宅医療に携わる木村知医師は指摘する。
 これまで発熱外来を受け付けていなかった病院は、患者の動線を分けられないといった施設の問題もあるし、診療の蓄積も少ないからだ、と。

 また、現在は全額公費で賄われている医療費負担も、2類から5類化で大きく変わる。
 経過措置として、当面は公費負担が継続される見込みだが、5類になれば原則的に自己負担が生じる。
 同じく都内で往診を行う田代和馬医師はこう懸念する。
「コロナの感染自体を防ぐのは難しい。重症化する人を減らすことが大切。そのためには、早期に診断し、治療する必要がある。しかし、自己負担が増えれば、受診を控えて悪化する人が増える可能性がある」

 受診控え。
 ものすごくざわざわしてしまう言葉だ。
 発熱外来をやめる病院があるかもしれないという予測も、喘息持ちの身には、聞くだけで息苦しくなる。
 わたし自身がコロナに感染した際、もっとも難しいと感じたのが、この「受診のハードルの高さ」だったからだ。

 今から半年ほど前。2022年8月上旬、いわゆる第7波の真っただ中のことだった。
 夜に夫が発熱し、翌日の朝一で発熱外来のある耳鼻咽喉科に抗原検査に行くと、陽性反応が出た。午後になるとわたしも軽く喉が痛みだし、夫と同じクリニックに予約して検査をしてもらったところ、ばっちり陽性。

 我が家は夫婦二人暮らしで、コロナの症状としてそれぞれ最初に出たのは、よく言われる発熱だ。39度超えしたものの、解熱剤が効いたのか、そろって発症から1〜2日でおさまった。

 コロナは人によって症状が違うと、嫌になるほど聞いていたが、この発熱以外の症状はわたしたち夫婦でも、なるほど、まったく異なった。

 夫は、多少の咳はあったものの喉の痛みがほとんどなく、ちまたで言われる「風邪のような」症状だった。さらにいうと、普段の風邪よりむしろ短期間で回復したようにも思う。

 対してわたしは、2日目あたりから喉の痛みが強まった。
 これも耳にはしていたけれど、想像をはるかに超えた痛みだった。
 焼き火箸を喉の奥に押しつけられて、そこが焦げてるんじゃないかと思うほど熱い。少しでも冷まそうと水を飲もうとしたら、傷口に塩水でも注がれるように激痛が走る。とろみのあるゼリー飲料を、ほんの少しずつ、そろりそろりと流し込むしか口にできるものはなかった。

 前述したように、わたしは気管支の持病持ちで、喉が弱い。いわばダメージに慣れている場所なのに、これほど過酷な痛みは過去に経験がなかった。
 そうか、これがコロナなのか・・・ヤバいくらい痛いぜ・・・。

 ただ、その喉の激痛も3日目の夜あたりには、不思議なくらいあっさり消えていったのだ(そんな急激な痛みの変化も初めての体験だった)。
 そして、咳が残った。残ったどころか、ラスボス登場とばかりに、勢いを増して派手に暴れ回るではないか。

 激しい咳は肋骨のあたりが疼くので、咳き込むたびに胸をかばう。すると猫背になるので肺が圧迫されて、よけいに呼吸が浅く短くなってしまう。
 そのうち右目の白目が真っ赤に染まって驚いた。これは目の小さい血管が破れる「結膜下出血」というもので、くしゃみなどでも起きる深刻なものではないそうだ。
 ただ、見た目のグロさで、鏡で顔を見る度、薄く心を削られる(ちなみに1週間ほど経ったら消えた)。

 咳は咳を呼ぶ。喉と気管の炎症が加速して、よけいに咳が出る。
 横になってもげほげほ咳き込むので、寝てもいられない。無限の咳ループで、ボディに咳パンチを受け続けるわたしは、「もうダメだ。つらすぎる・・・」と、あしたのジョーのように燃え尽きそうな気持ちだった。

 まあ、でも、コロナといえば咳でしょ。皆さんの周りにもいるでしょう。「いやあ、咳が大変でした」「しばらく咳が残ってました」なんて人が。
 いわば回復の通過儀礼のようにも語られているし、「コロナだから咳は当たり前なんだ」と、自分に言い聞かせてもいた。

 それでもです。慣れているとはいえ、咳のしすぎで腹筋が割れそうに鍛えられてきて、喉が千切れるのではないかとさすがに心配になったとき、ふと思い当たった。
 この咳と胸のあたりの息苦しさには覚えがあるぞ。
 ていうか、これ、いつもの気管支喘息の発作じゃね???

 わたしの場合、鼻炎が起きると、喉に溜まった後鼻漏こうびろうを吐き出そうとして咳が出るパターンが多いのだが、そういえば軽く鼻もぐずぐずしていて、その感じにも似ている。

 思い切って薬箱にあった残薬のなかから、喘息時に処方されたアレルギー性鼻炎と気管支を広げる薬の2種を飲んでみた。
 するとほどなく鼻がすーっととおり、胸のつかえのようなものもましになったのだ。
 気のせいかもしれない。でも、明らかに身体は楽になっている。
 え、ちょっと待って。もしかしてこれが、「コロナは基礎疾患を誘発する」ってやつなの?
 だとすれば、コロナというより喘息に対処すれば、回復するのでは??
 早く手を打てば、喘息をこじらせて肺炎になることも防げるかもしれない(なによりそれを避けたい)。
 とはいえ、ステロイド吸引薬もないし、残薬もあと数回分だ。
 まずは喘息のお薬をもらおう!

 簡単に思いついたが、そこから先に進もうとするわたしには、なかなかに困難な「受診のハードルの高さ」が待っていた。

「『受診控え』のせめぎあい 後編」につづく)

青山 ゆみこ

青山 ゆみこ
(あおやま・ゆみこ)

文筆・編集。神戸在住。猫が好き。「読む・書く」講座やオープンダイアローグをはじめ、さまざまな対話の手法を実践中。著書に、ホスピスの「食のケア」を取材した『人生最後のご馳走』(幻冬舎文庫)、エッセイ『ほんのちょっと当事者』(ミシマ社)。共著に『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』(亜紀書房)、震災後の神戸の聞き書き集『BE KOBE』(ポプラ社)などがある。

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