第29回
大地流「亭主関白宣言!」とは?全員集合、お父さんセミナー!
2024.09.04更新
5月某日、大地の丘にお父さんたちが全員集合した。今日は1年に1回の「大地お父さんセミナー」だ。普段月1回の大地の保護者会は、お母さんたちが中心になって、シュタイナーの教育の勉強や、子育てに関するよもやま話などをする。どうしても、インプットの量がお母さんに偏ってしまうので、一年に一度、お父さんたちに対しての集中セミナーが行われる。それが「お父さんセミナー」だ。
会は昼下がりからはじる。まずは、夏祭りで披露する炎のトーチング棒の制作だ(参照:連載第23回、夏の大地トーチングの炎)。それぞれのお父さんが、近所の裏庭や山の中で見つけてきた棒に釘を差し込み、雑巾でぐるぐる巻きにする。取っ手をつけて、振り回すことができるように。棒の長さは、短すぎると火が体に近くて熱い。長すぎると、振り回しづらい。ちょうどよい長さの棒を見つけるのは、けっこう難しい。無事にトーチング棒が完成する。あとはパフォーマンスの前日から、灯油にたっぷり浸しておけば、当日の炎上は間違いなしだ。棒が無事に完成すると、僕たちは大地のスロープへ。フォーメーションを組んで、トーチングの棒回しを練習した。炎が灯ってないこともあって、いまいち緊張感がない。僕は初めてのトーチングということもあって、炎が灯った棒を振り回すということに実感が湧かなかった。とにかく、一通りの動きをマスターする。
そして、園舎に入り、お父さんセミナーの本編に入る。あおちゃんから、今日のレジュメのプリントが配られると、僕はぎょっと驚いた。プリントには、
「『亭主関白宣言』」とタイトルある。
「え!? 亭主関白宣言って一体??」
よく読んでみると、「妻は天皇、夫は関白。天皇を補佐する夫を宣言しよう」とある。そして、一行目には太字で、「関白の最大の仕事は、天皇の精神的情緒の安定の補佐(もちろん経済的貨幣も含めて)」と大書してあった。
これは、「パートナーとして、妻を普段どのくらい支えられていますか」という、あおちゃんからの問いかけだ。
一体これからどんな話が繰り出されるのだろうか。僕は、オーストラリア人のお父さんサムの隣に座って今日の通訳を担当する。果たして、どこまで英語で伝えられるか。以下がレジュメの一部を抜粋したメモだ。このメモに沿った形で、あおちゃんから豊富なエピソードと一緒に、仕事の原則が解説された。
仕事の原則①愛の三原則
1:ありがとう をためらずに言おう
2:ごめんなさい を恐れずに言おう
3:愛してる を照れずに言おう
※妻が聞きたい言葉ベスト3、これだけで妻の情緒の安定に十分効果
仕事の原則②非勝三原則
1:勝たない 喧嘩して反論したら、長時間責められる 時間の無駄
2:勝てない 形勢不利になれば、20年前の過ちを持ち出してくる
3:勝ちたくない その場で勝ったとしても、後で10倍返しがくる
※争わないことが勇者。妻に勝つのではなく、勇者になる自分に勝つ
仕事の原則③浮気三原則 浮気に時効はないと心得よ
1:しない
2:してない
3:する気がない
※浮気をするなら、どんな拷問にも耐える覚悟で。正直にしゃべれば許してくれるは罠で、しゃべれば首を絞められるのが真実。
みなさん、一読してどんな感想を持つだろうか。僕は浮気三原則くらいから、サムへの翻訳が困難になってきた。ところどころ、文章だけでは「うん?」と意味がとりにくい箇所がある。しかし、これほど実感のこもったレジュメの文章というのを、僕は今まで見たことがなかった。きっとあおちゃんの結婚40年の経験と、あまたの夫婦、家族と時間を過ごし、観察してきたことからにじみ出てきた、哲学なのだろう。
「仕事の原則」と銘を打っているが、もちろんこれは、夫婦間での関係性における信念だ。妻と喧嘩しても「勝たない、勝てない、勝ちたくない」、浮気に関しては「しない、してない、する気がない」。なんと、テンポのいいリズミカルなスローガンだろう。僕はこの原稿をセミナーに参加した一年後に書いているのだが、今でもこのリズムが脳内に響き渡っている。
目次の2は、「お父さんに対してイライラ・キレるとき」(大地お母さんセミナーから)だ。
①夜中の授乳中や、おむつ交換時に、横でいびきをかいてきもちよさそうに寝ている姿を見て
②子どもの相手を頼むと、急にパソコンに向かい、仕事をしているふりをする
③妻がキレて、子どもに厳しく注意をしているのに、横で何も言わないで、おかど違いなことをいう。それはあなたの役目でしょう。
という具合だ。お母さんたちからのリアルな声が10以上並んでいる。うーん。どれも耳が痛い話だ。
そして、お母さんたちの声が紹介されたあとは、ケーススタディの議論だ。
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ワーク1 珍しく早く帰宅すると、妻が子どもを厳しく叱っている。その時、あなたはどうしますか(妻はあなたにどうしてほしいか)。
①天皇の愚痴を聞くのは関白の努め。相談に乗る、慰める。
②けんかをする(仲介役を準備しよう)
③絶対言ってはいけない言葉「俺にそんなことはわからない、関係ない」(夫婦から同居人になってしまう)
さて、皆さんなら、どうしますか。もちろん正解はない。お父さんたちで、侃侃諤諤議論を交わすのが目的だ。その後、ワークを4つ目までこなすと、ヘトヘトになった。サムのために英語に翻訳するのも、いよいよ力尽きてきた。
最後に、僕が一番ガツンときた箇所を紹介して終わりたい。
第四章「絶対、父親がやってはならない五箇条のご誓文」
①「大きな子どもがもう一人いる」状態にならない
②妻を責めない
③実母と比較しない
④子どもを疎まない
⑤暴力をふるわない
①は、僕にとって思い当たる節がありすぎた。
「いまの税所家は、妻のゆかこと、男子が4人いる(僕、長男、次男、三男)」。と何度言われてきたことだろう。いま、我が家には、「大きな子ども」が間違いなくもう一人いる。
こうして、夕方まで、たっぷりと時間をかけてお父さんセミナーは過ぎていった。とても全ては書ききれないが、この「亭主関白宣言」の読み合わせの後には、シュタイナーの四つの気質に基づいて、自分と妻、子どもたちの気質を春夏秋冬にあてはめる分析のワークもあった。要するに盛沢山の内容。セミナーが終わると、みんなくたくた。いよいよ、お父さんたちお待ちかねの宴会になった。外に出て、みんなで火をおこし焚火を囲む。それぞれが、一品の持ち寄りでつまみを持ってくる(僕は、オムレツ。スペイン人のフリアンは海鮮パエリアだ!)。あおちゃんからは、とてつもなく上手い打ちたての蕎麦がふるまわれた。空には、満点の空。たちこめる焚火の匂い。誰かが提案して、園舎からプロジェクターが持ってこられた。伝説のドキュメンタリー映画「ガイヤシンフォニー」の野外上映会がはじまる。上映する回は、もちろん、あおちゃんや、多くの大地のお父さんが心酔するアラスカの写真家「星野道夫」だ。
僕は、星空に立ち上る煙を見ながらぼんやり考えた。
「ここまで、夫婦のこと、家庭のことに口を出す幼稚園が、日本のどこにあるだろうか」
「なぜ、あおちゃんたちはここまでするのか」
そして、僕は思い至る。あおちゃんのミッションは「子どもたちが、とことん楽しく幸せな環境をつくること」だ。そのための最重要な仕事は、お父さん、お母さんがご機嫌で幸せでいること。あおちゃんは、きっと最も重要な保育環境整備として、ここまで突っ込んだ議論を僕たちに仕掛けてくるのではなかろうか。