演劇と氷山演劇と氷山

第13回

金丸慎太郎36歳、入団。

2025.02.15更新

 その昔「演劇と氷山」という連載がありまして。

 演劇を、とくに劇団をやるって、あてなき航海をするようなことで、常に険しい流氷域を、氷山を避けながら操縦する「避けゲー」だ、という実感をこめつつ、その時々のログを綴ってゆくエッセイでした。
 そのログは6年前に途絶えており、なぜ船が消息をたったのかは今となっては分からないし船長の記憶も消えていますが、6年の間、船はコロナなる氷嵐に揉まれたり、バイキングの襲撃に遭ったり、急に日照に寿がれたりしながら、しぶとく航行を続けていたようで、27年目の年始、白霧に煙る洋上に再びその船影をおずおずと現しました。汽笛はごめんなさいと聞こえるようでした。
 そのようにして連載を再開させていただきます。二度とホワイトアウトに見舞われませんよう、五感を研ぎ澄ませて参ります。

 2024年末、新劇団員が加わった。金丸慎太郎という俳優だ。
 ヨーロッパ企画に新劇団員が加わる、というのはそうあることではない。その前の藤谷理子が入団して以来3年ぶり。ちなみに藤谷は17年ぶりの新劇団員だった。ずーっと同世代のメンバーでやってきて、最近になって新世代がぽつぽつと加わり始めた格好だ。
 そして新世代といいつつ金丸は36歳。なぜその年齢の新人を今さら、というと、10年以上、客演としてヨーロッパ企画に出続けていたからだ。

 金丸と出会ったのは2012年。ロロという気鋭の若手劇団が、東京から京都へ公演しにやってきて、金丸もその客演として出ていた。らしい。舞台上の彼の姿は、申し訳ないことに本当に覚えていない。ほかの出演者のことはほとんど覚えているのに。だから出ていたというのも嘘かもしれない。

 覚えているのは打ち上げに同席させてもらい、「じゃあ締めでサイファーやろう」という流れになって、すごいなこの新世代のバイブス、と思いながら、二条城のそばで輪を作ったときのこと(別にそんな集団性でもなく、そのときのノリだったようです)。
 それぞれ軽妙にフリースタイルラップを披露していく中に、異常に遅い速度で、ボイパのビートも全く無視して、酔っぱらいのクダ、みたいなフロウを繰り出す若者がいた。
 僕はラップに詳しくないので、へえこんな奇妙なスタイルもあるのかあ、と思って、あとでロロの人に聞いたら「あれなんだったんですかねえ、よく分かんないです」って言ってて、ああほんとにヨレッてただけなのかも、って思いなおした。
 それが金丸との出会いで、たぶん金丸のほうはこのことを覚えてないだろうけど、僕の中になんとなく「#破調 #無頼 #野良」みたいなタグを伴って記憶された。

 その夜(だったと思う)、何人かが僕の仕事場に泊まっていて、そこにまた金丸もいた。興が乗ったのか朝までしゃべって、ロロはこのあと仙台公演があったので、「仙台までどうやっていくの?」と何気に聞いたら、「制作さんからもらった交通費を使い果たしてしまったんで、ヒッチハイクで行きます」と言った。
 聞かなきゃよかった、何らかの監督責任が発生してしまう、と咄嗟に思った。
 ロロの人達とも良好な関係性でいたかったし、万一これで金丸が仙台に到着せず、
 ロロ「金丸さん、いまどこで何してるんですか」
 金丸「ごめんなさい、上田さんの仕事場から、ヒッチハイクしようとしたんですけど、たどり着けず」
 ロロ「何ですかそれ。公演はどうなるんですか。上田さんは知ってたんですか」
 金丸「上田さんには言ってました」
というようなことにでもなったら、最悪だ。

 僕はめちゃくちゃ危機管理と打算のそろばんを弾いた。
 聞かなかったことにさせてくれ、と言うか。いやそれは今さら。お金を渡すか。それも変な感じになるなあ。二度と会わないだろうし。ロロの制作さんに連絡か。いやあでもなあ。とかいろいろ巡らせたあげく、「無事に着いたら連絡してね」とだけ伝えた(のだと思う。あんまり覚えてないけど、金丸があとでそう言っていたからそうなんだろう)。
 いざとなればさすがに何とかするだろうし、大人だし、日程にもまだちょっと余裕があったのかな。とにかくすごいハラハラしたのを覚えている。「到着しました」というメールをもらって、だいぶ安心したのも。
 このエピソード自体も、墓場まで持っていこうとしてたけど、金丸が先日、自分のnoteに書いていたので、こっちもアンサーとして書くことにしました。時効ともぜんぜん思ってないし、だいぶ罪深いし、そして自分の劇団にだけは呼ばないでおこう、と、そのとき強く思った。

 1年ほどののち、その決意が何らかの発酵をとげ、2014年のヨーロッパ企画本公演「ビルのゲーツ」で、金丸に出演オファーした。
 演技はほんとに覚えてなかったし未知数だったけど、新しい風を吹かせてくれるのはあいつだ、と思った。ちゃんと来てくれるかな、と思ったら、稽古初日に京都に来てくれた。もうヒッチハイクはさせないし逃がさない、と思った。
 ビジネスマンたちが大きなビルに招かれて、ゲートを開け続けながら登っていく話。巨象におもねるITスタートアップ、みたいなチームの中で、ひとり気を吐く威勢のいい若者、みたいな役をお願いした。めちゃくちゃ面白かった。

 それから10年、金丸は、うちの公演や僕の劇に、出たり出なかったりし続けた。
 そのうちあんまり他の劇に出なくなった。「ヨーロッパ企画の本公演が面白いんで、もうそれでいいかなって」と、たらしこむようなことを言ってきた。いや、あっちこっち出ろよ、それで俳優としての経験値とプレゼンスを上げてくれた方が助かるよ、って普通に思ったりした。
 今もそう思っているが、出ない。なんなら僕の劇にも、好みじゃないやつには出ない。誘って断られたりする。「もっと、どコメディがいいんで...」と。「上田さんは笑いだけやってる方がいいですよ」などと言ってきたりもする。いや笑い以外にも僕の魅力あるよ、ってむきになって言い返す。

 客演にしてはうちに出演しすぎていたけど、劇団員になってもらうのは違うのではないか、と思っていた。金丸もそう思っていたと思う。
 そんな関係のまま、僕の劇への出演が10作を数えようとしていた広島の夜、金丸をヨーロッパ企画に誘った。劇団員にならないか、と。劇団員にならないままも面白いけど、劇団員になったほうがもっと面白いのではないか、と思ってのことだった。酔っていたからなんて言ったかは覚えてない。とにかく熱烈に誘った。答えははぐらかされた。

 数か月後の2023年11月。
 僕らは25周年特別興行の稽古で、京都に集まっていた。これまでゆかりのゲストに多数出てもらい、南座で一夜限りの夢コント公演を打つ。
 金丸もいた。この公演にはじつは誘っていなかった。ひとつまえの本公演に出てもらっていたし、南座では別のゲスト陣をお呼びしていたので。
 でも金丸としては面白い匂いがしたらしく、出るのが無理なら裏方で入れてほしい、と僕じゃないスタッフに頼んでいたそう。なので稽古場に、スタッフとして金丸がいた。
 面白げな公演には力づくで食い込むんかい、と思いながら、せっかくなので出しろを用意した。黒子と思いきや頭巾を取ると忍び込んでいた金丸、という役どころだ。金丸は「マジすいませんそんなつもりじゃなかったんです」と言いながら、快諾してくれた。ほんとにそんなつもりじゃなかったんだと思う。

 南座のゲストには、劇団ゴジゲンの主宰で映画監督の、松居大悟も東京から来てくれていた。
 彼こそ僕とは15年来の付き合いで、こそばゆいながら僕を「師匠」と呼んでくれている。彼の売れ具合的にバランスが取れないので、僕は彼を「先生」と呼ぶことにしている。
 そんな松居先生が京都入りした夜、お互いの15年間を温めようと、木屋町で飲み交わしているところへ、金丸も遅れて合流した。松居先生とふたりで飲むのもサシすぎるなあ、と思って、金丸も誘っていたのだ。
 松居先生との思い出話に花が咲く傍らで、金丸がもじもじしている。「どうしたの?」と言うと、「決めました。入団します」と言った。
 今じゃないだろう、と思った。今夜は松居先生の夜だろう。
 だけど松居先生も「最高です、居合わせられてよかったです」と、その天然パーマぐらいふくよかな心で、金丸の決断を祝ってくれた。

 そうやって入団の約束が、金丸と僕の間で交わされた。
 長すぎた春を経て、ようやく籍を入れるような心持ちだった。
 メンバーとスタッフにも承諾をはかってゆき、次の2024年の本公演「来てけつかるべき新世界」が入団公演になるかねえ、なんて身内で話していたら、「あれっ、でも金丸さん、いまから半年、世界一周旅行するらしいですよ」という怪情報をえた。
 えっ聞いてないけど、と思い、金丸に聞いたら「あっそうなんですよ。世界一周まわって、帰ってきたら稽古に参加します」と一人っ子の顔で答えた。
 あのヒッチハイクを告げられた夜がフラッシュバックした。
 こいつは無事に世界一周旅行から帰ってくるのだろうか。もしも言葉通り世界を一周をするつもりなんだとしたら、そのリスクはヒッチハイクの比じゃないだろうし、もしものことがあったら公演は。入団して即消息を断つ、なんてことも。価値観が180度変わることだってあるだろう。だいいち稽古直前に帰国するんじゃ、メインビジュアルの撮影もできないし。
 とかって劇団代表のそろばんを弾いたのち、金丸に「入団はいったん、白紙で」と伝えた。「世界一周から帰ってきたら、再び、入団へ向けて動き出そう」と。金丸も「押忍」と答えた。

 半年後、金丸は無事に稽古場へ現れた。
 メインビジュアルは、アイスランドで自撮りしてもらった写真で何とかした。
 「来てけつかるべき新世界」では、まるで本人と重なるように、東京から新世界へ帰ってきた漫才師「キンジ」を、すこし日に焼けた状態で演じたのち、2024年末、ようやく無事に、なにをもって無事というか分からないけど無事に、ヨーロッパ企画へ入団の運びと相成りました。36歳の大型新人です。

 これだけ長く書くつもりもなかったし、ほんとに金丸が入団した実感もまだない。
 まあそのくらいでいいのだろうと思うし、金丸は今、インスタで毎日更新の漫画と、週1回更新のnoteを始め、自分で設定した締め切りに首を絞められている。
 アカウントを光より速くシャドウバンされてもいる。俳優活動はまだ特にしていない。まったく期待した動きをしてくれてなくて期待通りだ。
 Xで金丸と絡んでみたらなんだかむず痒かったので、フォローを外した。いつだってフォローよりアゲインストの風を吹かせてもらいたい。向かい風を受けて船は進むのだ。

 そうして金丸の長文noteにあてられるようにして、演劇と氷山も再開させてもらいます。どうかお見守りください。長く面白い航海になりますことを。

上田 誠

上田 誠
(うえだ・まこと)

1979年京都生まれ。1998年、大学入学とともに同志社小劇場に入団し、同年、劇団内ユニットとしてヨーロッパ企画を旗揚げ。ヨーロッパ企画の代表であり、すべての本公演の脚本・演出を担当。外部の舞台や、映画・ドラマの脚本、テレビやラジオの企画構成も手がける。2016年に劇団初の書籍『ヨーロッパ企画の本 我々、こういうものです。』(ミシマ社)が刊行。2017年、「来てけつかるべき新世界」で第61回岸田國士戯曲賞を受賞。

ヨーロッパ企画

編集部からのお知らせ

『ちゃぶ台13』に上田誠さんのエッセイ掲載!

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 2024年10月刊の雑誌『ちゃぶ台13 特集:三十年後』に、上田誠さんがエッセイ「劇団と劇の残しかた ~時をかけるか、劇団」を寄稿されています。ぜひ、本連載とあわせてお楽しみください。

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上田誠さん、ミシマ社通信に寄稿!

 万城目学さん著『新版 ザ・万字固め』(2025年1月17日発刊)にはさみこまれている「ミシマ社通信」に、上田誠さんが熱い原稿を寄せてくださいました。タイトルは「万城目文学の恐ろしさ――脚本化を許さぬ文章の完成度について」。こちらから一部お読みいただけます!

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金丸さんがさっそく舞台ご出演!

 金丸慎太郎さんが舞台「リプリー、あいにくの宇宙ね」(脚本・演出=上田誠/ヨーロッパ企画)に出演されます。

「リプリー、あいにくの宇宙ね」

<イントロダクション>
スクランブル発生! 今度は何が起きている? 宇宙はつねに変化に満ちているし、いつだって射撃訓練所の中だ。たえず11人目がいるようなものだし、スタービーストは暗黒の森林で息をひそめている。それにしてもひどすぎないか、と二等航海士・ユーリは思う。量。このトラブルの量はなんだ。マザーCOMはなぜ答えない。船長はなぜ判断しない。ロボ、三原則いまはいいから。アーム、そんなポッド拾わなくていい。漂流詩人乗ってこなくていい! これどこからのスライム? 石板、いまは進化させていらない! ユーリは白目で歌う。リプリー、あいにくの宇宙ね。ってハモんのやめて。​

<公演スケジュール>
●東京 本多劇場
 2025年5月4日(日・祝)〜5月25日(日)
●高知 高知県立県民文化ホール オレンジホール
 2025年6月3日(火)
●大阪 森ノ宮ピロティホール
 2025年6月6日(金)〜6月8日(日)

<チケット発売>
◎ニッポン放送オフィシャル1次先行(抽選)
 2月19日(水)23:59まで
◎一般発売
 2025年3月20日(木・祝)〜

詳細はこちら

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    上田 誠

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