第14回
青春文化祭で青春を浴びた。
2025.03.15更新
日頃くさくさと演劇稼業をしているところへ、思わぬ依頼が舞い込んだ。
日頃の活動を「くさくさ」「演劇稼業」などと書かねばバランスが取れぬほど、それは華やかで眩しい依頼だった。
「乃木坂46のオールナイトニッポン presents 久保史緒里の青春文化祭 in 横浜アリーナ」なるイベントに参加してほしい、そして「演劇部」として劇を作ってほしい、というもの。
長いタイトルだが全文字もれなく輝いている。ことさら輝いているのは「横浜アリーナ」の部分。そう、横浜アリーナで劇をやる。短編だけれど、1万2千人の観客の前で、やる。
久保史緒里さんとは少なからずご縁があり、そのよしみで頂いたオファーにもかかわらず、「横アリ」へのたじろきがまず来てしまう。でかい仕事だ。俺は心の煙草をくゆらせ、上ずりを悟られないよう、さも「やれる」感じを装って、引き受けた。
やれない。やったことがない。
普段やっている劇場のキャパは数百、多くて千ちょっと。1万2千人という数字は未曾有だし、演劇としても破格だ。音楽ライブや、かなり大きなラジオイベント、つまり「音もの」なら埋めうる、そして満足させうるキャパシティ。
青春文化祭の他の出演者をみても、まさしく音楽、ラジオパーソナリティ、そして芸人さん。そこへ我々ヨーロッパ企画が「演劇」を持ち込む。
可能なのだろうか。横浜アリーナで演劇を成立させ、沸かせることは。みすぼらしく、華奢に見えたりしないか。少し考えて「可能だ」と思った。久保さんがいるならば。
久保史緒里さん。乃木坂46の3期生。オールナイトニッポンでパーソナリティをしていて、今回のイベントもそこから派生したもの。
普段は謙虚で猫をかぶるが、ステージでのパフォーマンスとなれば天賦であり無双で、かつてご一緒した舞台「夜は短し歩けよ乙女」では、歌って踊って緋鯉を背負い、まるで小説から出てきたような天衣無縫の乙女っぷりを見せてくれた。
また乃木坂46のコンサートでは、今回と同じ横浜アリーナを、パワフルな煽りでキングダムの出兵前くらい沸かせていた。まさに一騎当千ならぬ一騎当一万二千。
彼女であれば横アリで劇だって可能に違いない。
くわえて、強力すぎる助っ人というかもはや主砲を我々は得た。
古田新太さん。演劇界においては現人神であり劇そのもの。久保さんとも共演経験があり、普段は「おとっつぁん」と呼ばれ、一緒にディズニーランドへ行くほどの仲良しだそう。
僕らはご一緒したことがなく、いつかチャンスがあればなんて思っていたら、まさかの横アリで古田さんを部長に戴くことができ。
あとはヨーロッパ企画から石田・酒井・藤谷・金丸という4人の部員と、作・演出の僕とで、やけに経験豊富で老獪な「演劇部」が結成された。
これなら戦える。なんなら勝ちに行ける。
大人気なくそう思った。もちろん戦いじゃないし、イベントはみんなで盛り上げるもので、そして久保さんは全ての演目(部活)に出ているのだけど。
それでもこれは、大げさに言えば「演劇」というジャンルの未来ごとかかっているように思えたし、日頃地味な演劇部が目立つチャンス、なんて考えた。
そりゃ軽音部は花形で、お笑い研究会は人気だし、放送部は楽しい。けど演劇部だって、全校を沸かせられるとこ見せてやる。ですよね部長。にやにやしてますけど。そして久保さん。掛け持ち大変でしょうけど、力貸してください。そして目いっぱい楽しんでください。演劇部で今日一日のてっぺん取りましょう!
そんな心持ちの、他ならぬこれは文化祭であり青春なのだった。
久保さんはちなみに「青春を食べる妖怪」の二つ名を持っており、乃木坂46にすべてを捧げることで、手に入れた輝きとトレードオフで失った「普通の学生としての青春」を、今も取り戻そうと追い求める、自他ともに認める青春マニア。
この青春文化祭も、そんな久保さんのラジオコーナー「青春を浴びたい」がベースになっている。
そこで我々演劇部がやる演目も、まさにそれをコメディにすることにした。
タイトルは「クボータイムマシン・ブルース」。久保さんが、未来から来た久保さん(古田部長)に発破をかけられ、タイムマシンに乗って高校時代へ戻り、青春を味わいなおす、というストーリー。ヨーロッパ企画メンバーはクラスメイト役。
1万2千人を盛り上げるアッパーな話にしたかったし、演劇のハードルを下げつつ、それでいて演出は20分ちょっとの演目とは思えない、あの手この手をフルトッピング。歌あり映像あり、時間ギミックに壊れもの、客席登場に花道ダッシュ。
そう、やりながらこれは「演劇」にとっても未踏の晴れ舞台に思えたんです。
大規模な音楽コンサートなどに比べると、ほとんど祈りのようなささやかな営みである「演劇」だけれど、本当はもっと、射程は遠く広いのではないか。
古田さんの「劇団☆新感線」を観てるとまさにそう思うし、久保さんの演劇を観ていてもそう思う。自分やヨーロッパ企画の最近の志向も。「文化祭イベント」にかこつけて、その可能性を全開で解き放つ、またとないチャンスとメンバーを得たんではないか。いやほんとドリームキャスト。
そう考えたら、やれることは何でも詰め込んで、演劇にあまり馴染みのないお客さんにも観てもらいたくなった。文化祭なんだからそれもありでしょう。
それと同時に、イベントのコンセプト通り、この劇が(主にオーバー40が演じはするのだけど)久保さんにとっての青春ロールプレイ、ありえたもう一つの世界線、に、ささやかにでもなっていたらいいなあ、と。
いやもちろんならないのだけど。それこそ演劇の「祈り」の部分ですね。
ということで、久保さんにはできるだけ理想の青春を味わってもらいたく、希望を聞いたすえ、クラス劇で「レ・ミゼラブル」をやる設定にしたり、校舎の屋上から叫ぶ「未成年の主張」っぽいシーンを入れたりして。
稽古は短かったけど大充実だった。
久保さんの振り入れの早さは今回も驚異的だったし、古田さんの稽古場での佇まい、すべてを「はい」と受け入れる潔さと早く飲みに行きたそうさ。ヨーロッパ企画メンバーも、さすがの出力と安心感。なによりみんなで飲みに行けたのがよかった。本当の文化祭だとこうはいかない。スタッフチームも、いつも劇でお世話になっている阿吽の人たちで、横アリだけどホームみたいだったし、全国大会にみんなで行けたような嬉しさもあった。
本番前日、リハーサルで横アリに立ったときには、正直あまりに広すぎて現実感がなく、したがって緊張もしない、という謎メンタルにみんななった。いや確かに、50人の劇場とかのほうが、千人よりもむしろ緊張するんです。
1万2千人ともなると、緊張は一切なくなり、いらぬ自意識に縛られず、非常にのびのびと芝居ができます。これは新しい体感であり発見だった。
そして当日。満席のお客さんに囲まれ、とにかくもう久保さんがずっと輝いてた。イベントが始まってからずーっと。自発光してたと思う。バンドで歌い、しゃべり、ピアノを弾いてお客さんと合唱して、早めに感極まり、サンドウィッチマンさんと即興でネタをやって。文化祭のど真ん中をひとりで駆け抜けてた。
演劇部パートが始まってからも、いよいよその輝きは増すばかりで、我々ヨーロッパ企画もその余光をもらったかたちで、全員見たことない晴れやかな演技体になってました。
そして古田さんは、タイムマシンに乗って登場したときから圧倒的な観客掌握力。手でじかに掴んでんのかと思うぐらい観客の心をわし掴んでいて、これが俺たちの部長だぜ、と誇らしくなった。
約25分間、青春を燃やしきり、歓声と拍手と、普段は絶対にないサイリウムの光に寿がれ、普段は振らない手さえ振ったりして、わが演劇部の青春文化祭は思い残すことなく終わりました。楽しかったし忘れない。演劇をやってきたご褒美みたいな時間だったし、演劇の未来が微笑んだ気がした。
ふうこれで引退か、と廊下で僕らがすこし淋しくなっている頃、ステージでは久保さんが、次なる部活に青春を燃やしていました。青春を食べる妖怪はいっこうに腹ペコのまま輝いてた。
編集部からのお知らせ
上田誠さんの新作「リプリー、あいにくの宇宙ね」
上田誠さんが脚本・演出を務める舞台「リプリー、あいにくの宇宙ね」が、5月~6月に東京、高知、大阪で上演されます!
「リプリー、あいにくの宇宙ね」
<イントロダクション>
スクランブル発生! 今度は何が起きている? 宇宙はつねに変化に満ちているし、いつだって射撃訓練所の中だ。たえず11人目がいるようなものだし、スタービーストは暗黒の森林で息をひそめている。それにしてもひどすぎないか、と二等航海士・ユーリは思う。量。このトラブルの量はなんだ。マザーCOMはなぜ答えない。船長はなぜ判断しない。ロボ、三原則いまはいいから。アーム、そんなポッド拾わなくていい。漂流詩人乗ってこなくていい! これどこからのスライム? 石板、いまは進化させていらない! ユーリは白目で歌う。リプリー、あいにくの宇宙ね。ってハモんのやめて。
<公演スケジュール>
●東京 本多劇場
2025年5月4日(日・祝)〜5月25日(日)
●高知 高知県立県民文化ホール オレンジホール
2025年6月3日(火)
●大阪 森ノ宮ピロティホール
2025年6月6日(金)〜6月8日(日)
<チケット発売>
◎一般発売
2025年3月20日(木・祝)〜
「久保史緒里さんの青春文化祭に潜りこむ旅」
KBS京都「ヨーロッパ企画の暗い旅」が、青春文化祭に潜入しました! 久保史緒里さん、古田新太さんもゲスト出演されています。ここでしか見れない裏側をぜひご覧ください。(2025年3月1日放送)
『ちゃぶ台13』に上田誠さんのエッセイ掲載!
2024年10月刊の雑誌『ちゃぶ台13 特集:三十年後』に、上田誠さんがエッセイ「劇団と劇の残しかた ~時をかけるか、劇団」を寄稿されています。ぜひ、本連載とあわせてお楽しみください。
上田誠さん、ミシマ社通信に寄稿!
万城目学さん著『新版 ザ・万字固め』(2025年1月17日発刊)にはさみこまれている「ミシマ社通信」に、上田誠さんが熱い原稿を寄せてくださいました。タイトルは「万城目文学の恐ろしさ――脚本化を許さぬ文章の完成度について」。こちらから一部お読みいただけます!