ミシマ社の話ミシマ社の話

第82回

非常時代宣言―「ちゃぶ台Vol.6」を始める前に

2020.06.08更新

 2020年5月25日、非常事態宣言は解除された。
 けれど、なにかが「解決」されたわけではまったくない。そもそも、非常事態宣言が出るずっと前から「非常時」は始まっていたのではないか。
 『ちゃぶ台Vol.5』(2019年10月刊)では、実質の無政府状態が始まっていると仮定して、特集のひとつを「みんなのアナキズム」とした。その背景には、次のような実感があった。―2018年の西日本集中豪雨による被害や周防大島における40日間の断水事故などが、「ないこと」にされてしまった。そうした災害復旧や事故対応より、五輪や万博といった大きな経済を優先。日本が災害大国であることを痛みとともに思い知らされた、こうした経験が「ない」ことに・・・。結果、災害が起きやすい社会づくりをめざすまたとない機会を失ってきた。
 新型コロナウイルス感染拡大で顕在化したさまざまな問題も「ない」まま風化されかねない。今、そうした局面にさしかかっている。
 あえて、自社の例をひとつ挙げたい。

 4月の中旬を過ぎたある日、某出版社の先輩社長から電話があった。「(書店の休業がつづくが)経営のほうは大丈夫か?」と心配してくださった。その時点では、なんとかなるだろう、と楽観視していたので、「はい、たぶん大丈夫です」と答えた。そうか、と言いつつ、融資は受けたか? と重ねて質問をされた。かなり長引く可能性があるからしっかり現金をもっておいたほうがいい。そのようなアドバイスをくださった。
 なるほど。と思いつつ、実際のところ私の気持ちは、「次」へ向かっていた。前回書いたとおり、MSLive! というオンラインイベントを5月から始めることになる。電話はそのきっかけとなるイベントをおこなっている真っ只中だった。そのため、自分のなかで優先順位が低くなってしまった。
 結局、融資の申し込みをしたのはゴールデンウィーク明けだ。そして、6月5日現在、どこからの融資も受けられずにいる。あるところからは、混み合っているので3か月後になりますね、と言われた。
 緊急経済対策として設けられた融資が、3か月後???
 来月、再来月、すごい倒産数になるだろう。確信をもって、そう思わざるをえなかった。
 幸い、自社は資金繰りのめどがついていたが、零細会社の苦しみは痛いほどわかる。今回自社が免れたのは、たまたまにすぎない。この緊急融資がなければ不払いが生じてしまう。そういう事態が自社に起きなかった保証はどこにもないのだ。
 先に、たまたま、と書いたのは、資金繰りを細かく正確に計算していないからにほかならない。それくらいしろよ、というのはまったくその通りなのだが、零細会社を営む人ならば、次の意見に少なからず共感してもらえるのではないか。細々とやりくりをして心配するくらいなら、しっかり商いをやろう。稼ぐほうにエネルギーを注ごう―。
 事実、こうして13年半、会社を運営してきた。
 だが、これではいけない。全然ダメ。ちゃんと、計算していかないと。場当たり的な資金繰りはもうやめよう。
 心底、思った。
 くりかえすが、幸いなことに、このタイミングで融資を受けずともなんとか会社はまわりそうではある。この偶然の幸いをしっかり受け止め、次の時代への変化を自ら実践しなければいけない。
 なにより、自分たちが「非常時」対応ができていなかったのだ。攻めのほうへの対応はできていた、と思う。「これまで」のやり方がなりたたなくなったとき、変幻自在に組織のかたちを変え、次の動きをとる。常日頃から言っていた(拙著にも書いた)ことに近い動きをとれた。
 だが、守り(私にとっては、資金繰りとか経営などがそれ)に至っては、苦手なあまり後手を踏む。後手とは、想定外の状況を考えられていないことにひとしい。守りのほうは、非常時に対応できる状態ではなかった。非常時なのだから、これまで同様攻めだけで乗り切ってやろう、ではダメ。それは、傲慢であり、怠慢というものだろう。
 
 話を自社から「緊急融資」へ戻す。
「融資は3か月後に下ります」の返答は、むろん、平時対応でしかない。「混み合っているので」も、なんのエクスキューズにもなっていない。「緊急事態」に混み合うのは、「予想」という大そうな行為を用いずとも「自明」であったはずだ。ただその自明なことを前提に、非常時運用の用意をしていなかったにすぎない。
 少しでも、非常時運用を想定していたら、こうはならなかっただろう。
 徹底した審査より、倒産防止を優先させる。そのためには、一刻もはやい融資を実現させる必要がある。一刻もはやい融資の実現には、審査を早めること必須。審査を早めるには、審査書類の簡略化が欠かせない。10枚を1枚に。そうすれば、当然、審査時間が大幅に短縮される。
 ・・・どうして、こんなわかりきった簡単な対応ができないのか?
 「おいおい君は何を言っているんだ。それは結果論でしょうが。コロナは人類が初めて経験する事態だよ。コロナ前提の対応などできるわけがないだろ」
 こうした反論があるかもしれないが、それは違う。
 昨年の度重なる台風被害、一昨年の西日本集中豪雨、さらには2011年の東日本大震災・・・。非常時対応を考え、実践する機会は何度も、何度も、あった。警告は幾度となくあったのだ。
 にもかかわらず、その警告を無視しつづけてきた。非常時なんてやってこない。あたかも、そう信じるのが当然かのように。
 この事実を前に、どうしても思ってしまう。
 非常時なんてやってこないと信じて、あらゆることを運用する。
 それこそが、「非常」なのではないか。日常の発想と違うという意味で。まともではないという点で。
 『夜と霧』でヴィクトール・E・フランクルは、「この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、ふたつの種族しかいない、まともな人間とまともでない人間と」と書いている。ただし「まともな人間だけの集団も、まともではない人間だけの集団もない」。収容所の監視員の大半はまともでなかった。つまり、非人間的にふるまった。だが、「監視員のなかにも、まともな人間はいた」と。
 災害大国を前提とした社会づくりをしよう、持続可能な経済をめざそう、こうしたことは多くの人たちが望んでいることだ。だが、まったくそうは思わない人たちもいる。むろんそれは仕方ない。フランクルの言うとおり、常に両方いるのだから。両者は常にどっちの側にも一定数いる。
 問題は、まともでないほうの判断が往々にして採用されること。残念ながら、いまの日本社会は、まともな判断をしている人たちの声が反映されない時代にあるのだろう。
 コロナ禍の給付金をペーパーカンパニーや代理店に中抜きさせる。緊急性のかけらも感じさせない政策をくりかえす政府は言うまでもない。ただ、政府が単体で突然まともでなくなった、というわけではないのだ。私たちの周りでも、もっと小規模の「まともじゃない」をいっぱい放置してきた。そうした結果が今の非常時代なのだろう。
 
 本号では、非常時代の終わらせ方を探りたい。一刻も早く終わらせないといけないと思う。
 その際、現時点ですでに危惧していることをひとつだけ挙げれば、「まとも」を望む人のなかにも強いリーダー出現による解決を望む傾向があることだ。それは最終的に独裁者を出現させることになり、より強固な非常時代が訪れることになる。
 それは絶対に避けたい。リーダー待望論とはまったく違う、穏便な終わらせ方を見つけたいものだ。

 非常時代宣言―。ふつうに考えれば、暗い時代の到来を告げるように思えるが、現状を認識するところから始まるのが一番の近道ではないか。
 一等国、一流国、先進国、もはやそうではないのに、自分たちの国をそのようにとらえることほど危険なことはない。同じように、非常時対応ができない社会になっているのに、非常事態宣言が解除されたからすべて終わった、問題は「なかった」、と思い込むことはとても危うい。
自分たちは、非常時代に生きている。そして、この事態を早急に終わらせなければいけない。
こうした認識に立つところから始めてみようと考えた。

※「ちゃぶ台Vol.6」の第1回の企画会議を公開でおこないます。お気軽に、ぜひご参加くださいませ。(詳しくは

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、新著に『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。 イラスト︰寄藤文平さん

編集部からのお知らせ

「ちゃぶ台編集室」をMSLive!にて開催します!

chabudai.png次号の『ちゃぶ台Vol.6』をともに考える場所「ちゃぶ台編集室」の第1回を6月10日(水)に開催します! 一冊の雑誌が企画段階から成長していく様子を間近で体感いただけるイベントとなっております。記念すべき第1回のゲストは、『ちゃぶ台Vol.1』からご登場いただいている、周防大島在住の中村明珍さんです!(中村明珍さんのミシマガ連載はこちら)上記の「非常時代宣言」で提示した課題を、話し合いたいと思います!

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