第3回
光用千春さんインタビュー 絵を描くことは世界と闘う術(1)
2019.07.22更新
今年の春、一人の作家さんにとってはじめて一冊が、刊行されました。突然父親と二人暮らしになった、小学生・花さんを取り巻く日常と彼女の成長を描いた『コスモス』。漫画家・イラストレーターである光用千春さんの、単行本デビュー作です。カバーのイラストにひかれて本屋さんで手にとって、何気なく読み始めたら、絵も、言葉も、お話も、すべてが自分にとって、はじめて出会う表現ばかりでした。この作品を生み出した方に、ぜひお会いしたい。その興奮のまま、光用さんにインタビューを申し込みました。
まだ取材に慣れていないという光用さん。今回、担当編集者であるイースト・プレスの堅田浩二さんも、同席してくださいました。とはいえ私のほうも初対面の方にインタビューをするのは、これがはじめて。そんなわけで、こちらも編集チームのホシノに同席してもらい、インタビューは自然と、4人で雑談するような、にぎやかな場になりました。
一日目の今日は、『コスモス』誕生のきっかけや、作品を作ること、はじめての漫画制作について、お話を伺います。
(聞き手、構成:長谷川実央)
よく考えたら知らない男の人と暮らしてる!
ーー あの、『コスモス』、本当に、感動しました。
光用 ありがとうございます!
堅田 具体的にはどこに・・・
光用 そんなこと聞く(笑)
堅田 いや、ピンポイントであるのかなと思って。
ーー(笑)。最初の、お父さんが生きものだ、っていうところに、はっとしました。
二人暮らしになってはじめて知ったお父さんの一面に、花さんはとまどいます(『コスモス』p14)。
ーー とくに思春期のころは、自分の親に、男とか女の部分が垣間見えたとき、なんかやだな、っていう気持ちがあって。別人のような感じがして。でも、その感情について深く考えたことはなくて、このシーンを読んだときに、自分が感じた違和感はこれだったんだなー、って。それと同時に、なんでこういうことが思いつけたんだろう! って。
光用 ・・・いまの質問の答えになるかわかんないんですけど、これを描くきっかけが、アルバイトしてた出版社さんから警察関連の本が出ることになって、私の父親がそういうお仕事をしているから、その本をプレゼントしたいです、って言ったんです。そしたらそこの編集者さんに、その設定で、お父さんを題材になんか描いてみたら? って言ってもらって。でも描こうとしたら、自分の父親のことなんにも知らないや、と。じゃあ「知らない」ってことをネタにしよう、ってところからこの作品ができたんです。よくよく考えたら私、よく知らない男の人と暮らしてるんだなと・・・。
ーー ははは。
光用 父親だけど、「ああ、生きものだ」って思って。多分そこからなんじゃないですかね?なんていうんでしょう、漢字の「父」っていう文字が歩いていると思ったんです。急に立体的になったというか。たんぱく質のかたまりだなーって。
その流れで、そういえばいつか死ぬんだ、っていう言葉がでたんだと・・・。
ーー 『コスモス』はお父さんに渡したんですか?
光用 送りましたけど、はい・・・特になにも(笑)。「届いたよ。ありがとう」ってLINEが来ました。
言葉は大好きです。
ーー このお父さんに限らず、花さんって、いろんな人に対して、いろんなことを考えてますよね。でも、実際に口に出していることと、心の中で思っていることの言葉遣いが、私たちもそうですけど、違っていて。言葉っていうものをすごく大切にしていらっしゃるのかなと感じました。
光用 ああー、言葉は、大好きです。
転校生のタチバナくんは、「新しいタイプの子」。会話中も頭の中が忙しい花さんです(『コスモス』p113)。
ーー ホームページに載せている絵も、言葉と一緒のものが多いですよね?それで大事にしてることというか、気をつけていることというか・・・ありますか?
光用 うーーーーんん・・・気をつける・・・なんだろうな? 言葉だけ、絵だけ、どちらにも行けなかったし、どっちもやりたいから、今こうなっちゃってるんですけど・・・一番好きな形なんでしょうね。両方があるのが。
堅田 気になった言葉をメモするって、言ってましたよね。
光用 ああ! メモします。
ーー そのメモは、いつも持ち歩いてるんですか?
光用 携帯のメモ機能に。あとで見るとすごい、変ですけど。なんか、「梅干し」とか。その下に「内臓」とか。意味わかんない(笑)。その時は大事だったんですけど。でもそこから、ネタにして。
ーー 描き始めのきっかけ、みたいなことですか? その言葉を、そのまま入れることもありますか?
光用 両パターンあります。この言葉を使いたいから、ってとこから作ったお話もあるし、この絵を描きたいから、って時もあります。つぎはぎ? つぎはぎで作ってるから、距離感というか、観察をして描いてるふうになってるのかも。ちょっと一歩引いて、物語を描ける。そういうのが、自分には相性がいい。
堅田 元々は創作に生かそうと思ってメモしてたわけじゃないんですよね?
光用 趣味ですね、たぶん。なんでなんだろ? ・・・スクラップ的な、そういう感覚で・・・あっ! ありますね、家にスクラップ帳も。なんか恥ずかしいですね(笑)。たぶん中学が一番メモにハマっていて、歌詞だったり、小説のどこかだったり、マンガのセリフだったり、道にある何かの・・・
堅田 いまでも覚えてるのとかあります?
光用 いまでも覚えてる・・・なんだろうな? ブルーハーツ(THE BLUE HEARTS)は結構メモった気がします。
堅田 ブルーハーツの歌詞・・・たとえば。
光用 たとえばはナシで(即答)。
一同 はははははは!
光用「©」が出ちゃうから。
堅田 言いたくないんですね。
光用 まあまあまあ、そんな感じでございます(笑)。
絵を描くことは世界と闘う術。
ーー 子どものころはどんな感じでしたか?
光用 世界にビビってる、子どもでした。世界がこわい。
ーー ・・・それはどういうことですか?
堅田 そうなりますよね(笑)。「世界」とは?
光用 ああ、やっぱそうなるんだー・・・。
「世界こわい」って思ったことないですか?ちゃんと生きていけるんだろうか、この膨大な、知らないことだらけの世界で、って。
ーー そう思ってても、たぶん、目をそらしてます。それを考えるのが、こわくて。
光用 『ぼのぼの』のどこかで、目を閉じたら真っ暗になるから世界がなくなっちゃうんじゃないか、みたいなところがあって、その感覚が子どものころから強くて。世界なくなっちゃう、こえー。そういう恐怖観念が根強い子どもでした。いまでもありますけど(笑)。
ーー 別のインタビューで、子どものころに感じた寂しさや焦燥感が、いまでは作品を作る原動力になっているとおっしゃっていましたが、それはその「世界がこわい」から来ているんですか?
光用 そうですね。世界と闘う術?
ーー 絵を描くことがですか? それってすごい!
光用 いやでも、たぶん、いろんな闘い方があって、歌を歌うこと、めっちゃお金を稼ぐこと、子育てをすること、家事をきちんとすること、も、たぶん世界との闘い方で。私はたまたま、こうだった。
ーー なぜ、絵、なんですか?
光用 ええ〜? なんででしょうね? ・・・自然とそうなっちゃいました。なんでと考える間も無く。
漫画家ってすげえなと思いました。
ーー 出版社でアルバイトしていたときには、もう漫画を描いてたんですか?
光用 ホームページに少し載せてる4コマ漫画のようなものは描いていました。ちょいちょい編集者の方に見てもらいながら。それでお父さんを題材に、ってなって、ちゃんとコマを割って描くことになり・・・「なんだ"コマ割り"って?」となった(笑)
ーー (笑)。
光用 めちゃめちゃ検索して。「視線誘導」とか。
堅田 勉強してたんですね。
光用 出てくる例がたいてい、鳥山明先生なんですよ。レッドリボン軍と戦っているときの、悟空の動きが本当素晴らしい、みたいな。そんなこと言われてもなー(笑)。
一同 ははははは!!
光用 私に何をしろと言うの、と思いながら・・・いやあー、漫画家ってすげえな、って(笑)。それこそ最初に、堅田さんに提出したネームは本当、赤色ばっかでしたよね?
堅田 そうでもないですけどね。
光用 真っ赤っかでしたよー。
堅田 まあ、吹き出しの位置、しゃべってる人に近づけたらいいですよとかそういう、基本的な部分で。
光用 アンチョコみたいなの、くださって。そうなんだ、そういうとこ考えないといけないんだな漫画家さんて、ってなって、今に至る。
プロフィール
光用千春(みつもち・ちはる)
1986年神奈川生まれ、多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。漫画家・イラストレーター。2009年『こどものころから』、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員推薦作品選出。2010年『さみしさの鬼』、第3回1WALLグラフィックファイナリスト。2015年初個展「あ〜ん展」再開。2017年『たまご』第81回小学館新人コミック大賞青年部門入選。好きなバンドは「たま」。
編集部からのお知らせ
来月の「ビックコミックオリジナル」に光用さんの新作が掲載されます!
タイトルは「星に願いを」。52ページの読み切り作品です。実は今回のインタビュー時がまさに制作の真っ最中(終わったら積ん読になっている本を好きなだけ読みたい、とおっしゃっていました)。光用さんファンも、今回知った方も、ぜひ本屋さんで探してみてください!
*掲載雑誌「ビッグコミックオリジナル9月増刊号」
*発売日 8月10日頃(地域によって多少ずれる場合もあるそうです)