第3回
光用千春さんインタビュー 絵を描くことは世界と闘う術(2)
2019.07.23更新
漫画『コスモス』で今年単行本デビューをされた、光用千春さんへのインタビュー二日目。(昨日の記事はこちら)
今日はその作風や、影響を受けたもの、好きな作家さんや本について、お話を伺います。
(聞き手、構成:長谷川実央)
自由に描いたら、魑魅魍魎が出てきちゃう。
『コスモス』p83
ーー 花さんがこれから大人になっていく未来を想像するシーンで、桃源郷みたいな、カエルがいたり、山があったりする描写、あの絵がすごく印象的でした。ああいう世界は、どうやって思いつくんですか?
光用 あれは・・・ノリ(笑)?
ーー(笑)。本の中で、あのシーンだけがいきなり別世界みたいに出てくるので、すごく印象に残りました。
光用 たぶん私、きちんと、「物語を書く」っていうルールをとどめないと、ああいうことになっちゃうんですよね。ただただ筆のままに、手の動くままにやったら、本来の性質はああいう・・・有象無象? 魑魅魍魎? が自分の正体で。そこで「物語を描くのだぞ」ってすると、人に見てもらえる形になるんですね。
ーー シンプルな絵についてお聞きしたいのですが、私はポップやパネルを作る時に、絵を描くこともあるんですが、どうも、細かくやり過ぎてしまうというか、やらないと不安な気持ちになっちゃうんです。
光用 ああー。
ーー とめどころというか、要素を消していくときに、でもそれでもいい、っていうのはどういうふうに見極めていますか?
光用 ・・・伝わること、かな?
堅田 『コスモス』でもタイトルページは割と描き込んでますよね。
光用 あー、なんか自分の中で、必要に応じて強弱をつけてるんですけど・・・うーん、難しいなあ。・・・シンプルであるのがかっこいい、と思っているのかも。
ーー それはどうしてですか?
光用 自分がやられてきた(衝撃を受けた)作品にも、そういうものが多くて。学生時代、広告の授業とかで、コピーがどんっとあって写真だけ、とか、そういうものに、「かっこいい!」ってなったから。自分の好みが、そういうところにあるのかな?
私はこっち。
ーー そういうふうに大学で学ぶ前の絵は、どういう感じで?
光用 そんなに凝ったこと・・・あ、でもある程度デッサン力がついたときに、りんごをそっくりに描けるー! みたいな、ちょっと調子のってる時期が・・・
一同 はははは!
光用 でも、それを突き詰めた人には到底かなわなくて、あ、こっちの道じゃないな、と。たぶんそういうのもあって、シンプルになったんだと思います。でもこれもこれでなかなか、ね。かっこつけでもあるような気がします。
ーー このスタイルで自分はいい、といったんは覚悟して、描いてるってことですか?
光用 そうですね。私はこっち、っていう感覚ですかね。
ーー こういう、影のつけ方も、独特でおもしろいなあと思ったのですが。
『コスモス』p10
光用 これはあれですね、私の中のさきほどの「魑魅魍魎」が、ちょっとだけ、顔を出している(笑)。別に必要でもないんですけど、なんかやっちゃったっていうか・・・
ーー いろいろ表現、おもしろいですよね。音をこういうふうに描いてるのとか・・・
『コスモス』p16
光用 それは魑魅魍魎ですなあー。
ーー 親戚の人たちの顔がパンみたいになってるのも・・・
(『コスモス』p26)
光用 あれも魑魅魍魎!
一同 ははははは!!
堅田 ていうか「魑魅魍魎」で合ってるんですか? 言葉的に(笑)。
光用 わかんないけど。便利だから(笑)。
志賀直哉と結婚したいなあ。
ーー 他の作品が掲載されていた雑誌「スペリオール」の中では、光用さんの作品て、ちょっと異色じゃないですか?
光用 あ、らしいですね。
ーー どういう経緯であの雑誌に載ることになったんですか?
光用 あれは、(版元の)小学館の新人コミック大賞に応募したのがきっかけで。私、一切読んだことなかったんですけど、そもそもなんで応募したかというと、審査員に業田良家さんがいて、私は大ファンで! この人に作品見てもらえるんだ〜って思って応募して。
ーー どういうところが好きなんですか?
光用 業田さんこそ、日本語すごいな、って思います。絵の力ももちろんあるけど。ばっと力強い絵に、言葉一個でもう、惚れてまう! って感じですね。大好きです。
ーー そのつながりで、他にも本の話を伺いたいのですが、別のインタビューで、志賀直哉の作品が好きと・・・
光用 志賀直哉・・・やー、志賀直哉と結婚したいなあ。
ーー ははは!
光用 と、思うような、文章書きますよね? って文豪に言う言葉じゃないけど(笑)。
ーー 特に好きな作品はありますか?
光用 私が読んだ中で今のところ一番好きなのは、「濠端の住まい」っていう短編で。自分のご近所、何メートルかの範囲の日常を書いた話なんですけど、その観察眼とかがすごい、魅力的。目線が優しいし、ユーモアもある。
堅田 子どものころよく読んでた本とかはあるんですか?
光用 うーん・・・あ、あれです、五味太郎先生のABCの本。もう背表紙とかはがれちゃってるけど、家にあります。あれが自分が持ってる中で一番長く一緒にいる本。好きです。
ーー 絵では、業田さんのほかに、好きな方はいますか?
光用 あー、エドワード・ゴーリーとか。大好き。魅力的なグラフィックで、ばっと魅せる。ゴーリーはすばらしいデザイナーだな、と思います。白の置き方とか、黒の置き方とか、全体的なトーンとか。美しいなーって思います。
漫画コーナーには立ち寄りません!
ーー 本はなんでも、いろいろ読みますか?
光用 ジャンル、とくにないですね。これっていうの、おすすめされたら・・・考えてみたら、自分が手に取る本ってやっぱ、人にすすめられた本が多いなって思いますね。自分の近しい友達に、君、絶対これ好きだよって言ってもらった本は、やっぱずっと、好き。その本はずっと手元に残ってますね。
ーー よく行く本屋さんはありますか?
光用 最近はなかなか行けてませんけど・・・。古本屋さんになっちゃうんですけど、学芸大学の流浪堂とか。池袋の古本屋さんも、結構行ってましたね。
ーー 古本屋さんが好きなんですか?
光用 あのざっくばらんな空間が好きなのかも、はい。
ーー『コスモス』が1冊目ですよね?
光用 1冊目でございます。
ーー いま、どうですか? 本屋さんに、自分の本が、ばーって置いてあるじゃないですか。
光用 ふふふ・・・行きません!
ーー(笑)。
光用 あの、こわくて。
堅田 なんで(笑)。
光用 ちょっと横目で探してみて、なかったら、なんかこわいし。あったらあったでこわいので。あんまり漫画コーナーには立ち寄らないようにしています(笑)。
変化は楽しい。
ーー 最後にどうしても、聞きたいことがあって。「変わっていくこと」と、「変わらないままであるもの」っていうことが、光用さんの作品には垣間見えるんですが、変化する、っていうことは意識されてますか?
光用 変化・・・。でもものすごいおもしろい題材だと思って描いてます。変化はおもしろい、です。変化にとまどうのも、変化しようとしてるのも、おもしろい。私の中で大事なテーマかも。考えたら、自分が描いてきたものの中に、変化する、さっきと違う、いままでと違う、っていうのをどこかしら入れてますね、うん。だからなんだということでもないんですけど。変化、楽しい。時間の中で、そういうルールの中で生きているので、切っても切り離せない。そこが、楽しい・・・です。
ーー でも変化がある世界は、「こわい」にはならないんですか? 先が見えなかったり、常に目まぐるしく変わっていったり。「世界がこわい」と「変化はおもしろい」は、光用さんの中で、どうやって共存してるんですか?
光用 たぶん・・・この世界に生まれて人間をやることになった時点で、呼吸をして生きていかないといけない、その時点でもう世界に敗北しちゃってるんで。でも生きていくために敗北を受け入れてあきらめると、ちょっと笑える。一歩下がって世界を観察して、そこに愛情を抱けたり、滑稽だなっておもしろがってる自分がいる。でも実際に日々生きなきゃいけない、息をするのめんどくさい、ってなってる自分もいる。いろんな私がいて、こわがったりおもしろがったり、してるんでしょうね。
ーー 作品に描いてることは、すごくささいな日常の風景だけど、でも、その裏にはそういう世界が、それこそさっきの、カエルとか出てくるような世界がある。それって、私たちみんなにも言えることですよね。
光用 ひとつ越えたら、もう、魑魅魍魎です。
ーー ははは。今回のキーワードになりましたね(笑)。
プロフィール
光用千春(みつもち・ちはる)
1986年神奈川生まれ、多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。漫画家・イラストレーター。2009年『こどものころから』、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員推薦作品選出。2010年『さみしさの鬼』、第3回1WALLグラフィックファイナリスト。2015年初個展「あ〜ん展」再開。2017年『たまご』第81回小学館新人コミック大賞青年部門入選。好きなバンドは「たま」。
編集部からのお知らせ
来月の「ビックコミックオリジナル」に光用さんの新作が掲載されます!
タイトルは「星に願いを」。52ページの読み切り作品です。実は今回のインタビュー時がまさに制作の真っ最中(終わったら積ん読になっている本を好きなだけ読みたい、とおっしゃっていました)。光用さんファンも、今回知った方も、ぜひ本屋さんで探してみてください!
*掲載雑誌「ビッグコミックオリジナル9月増刊号」
*発売日 8月10日頃(地域によって多少ずれる場合もあるそうです)