第4回
長田杏奈さんインタビュー 美容は自尊心の筋トレ、という提案(1)
2019.09.09更新
美容やメイクというと、見た目を美しく・可愛くしたり、見た目を整えるという印象があります。
しかしふだん、なんとなーくお肌の手入れをして、なんとなーくメイクしている私(アライ)のような人間は、「美容」と言われるとちょっと怯んでしまうというのが本心。ただでさえ、ふつうに生きているだけで「美人」「ブサイク」とか外見を他者に勝手に診断されることも数多くあって辟易とするし、年を取らないことをもてはやす風潮もどうなんだろうかと思ったりします。
でも、綺麗になるためでも若返るためでもなく、化粧をするのは社会人としてのマナーとかいう押しつけも関係なく、「自尊心を高める」ために、美容という方法を使うことができるとしたら? そんな、多様な美を発見して謳歌するこれからの時代のための美容を提案する、これまでにないエッセイ『美容は自尊心の筋トレ』を読んで、心が震えました。この本を読んで救われる人が多くいるはずだ! と思い、著者の長田杏奈さんにお話を伺いました。
(聞き手・構成・写真:新居未希、撮影協力:誠光社)
この世にブスは存在せず、
ただ多様な美しさがあるのみ
長田さんは、どんな化粧品が流行っているのか、その成分はなにかというような化粧品のことに詳しいのはもちろん、メイクさんによるメイクのコツや美容家さんの話をまとめたり、タレントにインタビューをしたりと、美容関連をメインとして活躍されている美容ライターです。はじめは会社員として働いたのち、週刊誌の契約社員に。フリーランスになったとき、母親が美容部員だったことなどが影響して、美容を専門に書くようになったそう。
本のなかでは「全員美人原理主義(この世にブスは存在せず、ただ多様な美しさがあるのみ)」という言葉などで表現されていますが、その価値観は昔から変わらず反骨精神とともにあったといいます。
長田杏奈(以下、長田) 昔からあまり美意識が狭くないタイプでした。いろんなタイプの綺麗な人がいっぱいいる、というようなイメージをずっと持っていたので、誰が一番綺麗で、みんなこの顔になりたい(と思っている)という感覚がちょっと自分の中ではわかりにくかったんですね。与えられた「これが綺麗」というのもわかるし、それもたしかに綺麗だけど、いろんな味わいがあるんだという気持ちはずっとありました。いつからあったんだろう。女の子に関しては、高校が女子校だったので、よりそれを意識したのかもしれません。でも、小学生くらいのときから「いろんな女の子がいる」ということを見てた気がします。
女子校のなかでも、かわいい子が上だとかいうそういうヒエラルキーはたしかにあったんです。内部生の可愛い子とかをトップにしたピラミッドがあるのは知ってたけど、それを全力で無視してやろうという反骨精神があって(笑)。なんで顔が可愛くて、前からいるっていうだけで、ここにこの人を据えようとするの?と。そういうのはダサいと思ってたんですよね。
ーー本の中に、
「美容」は、ある人にとっては「表面を着飾るチャラチャラした」もの、「ちょっと軽蔑しておきたい」ものであり、「女らしさや、社会人としてのたしなみを押し付けてくる」抑圧的なもの。(「はじめに」P.4)
という一文がありますよね。日本のテレビドラマにメイクやファッションに気をつかっている子が出てくると、「それだけ」のおバカキャラのように演出して、単純化されていたりすることが多いなと感じます。
長田 ちょうど先日、知り合いの美容雑誌の編集長と話していたんです。日本だけじゃなくて海外のドラマや映画でも、「自分のことにしか関心がなく、空気も読まずちょっとバカ」みたいな、そういうイメージで美容が使われていて。自分はこれまでがんばってきたという自負があったり、自分のことを質実剛健だと思っている人ほど、外見を整えている人に対して内心でちょっとアドバンテージを感じる部分があるんですよ。外見を整えていることと整えていないことと、その人の中身を比例させて考えているのも駄目だし、それを人に対する優位性みたいなもので決めつけている人を見ると微妙だなって感じますね。
美容本は手に取りにくいけど
美容に興味がないわけじゃない、
みたいな人にまずは話しかけたかった
ーー本屋さんで美容の本が置いてあるようなコーナーに行くと、「スキンケアはこれをやれ」みたいな方法を説いている本や、なんだかキラキラした本が多くて、なかなか足が向かないんです。
長田 あとやっぱり、タイトルが全部欲深いんですよね(笑)。「肌が○○なら人生が輝く」とか、もうタイトルだけで胸焼けするような感じ。人間のギラギラした欲望と、発信する側からの「絶対そんなわけないけど言っちゃえ!」みたいなハッタリが感じられて、私美容は大好きだけど、(本屋さんでは)あまり得意なコーナーではないというか・・・圧を感じる。素直に手に取れる人は逆に羨ましいし健やかだと思うんですけど、私はやっぱり「ううっ」と思っちゃうので、『美容は自尊心の筋トレ』は、美容コーナーで並んでいる本とは全然違う雰囲気にしたかったんです。
本当に余計なお世話なんですけど、美容本は手に取りにくいけど美容に興味がないわけじゃない、みたいな人にまずは話しかけたいという気持ちがあったんです。美容楽しいよ、みたいな。
だから本の表紙も、めっちゃライトで飛ばしていいメイクさんにメイクしてもらってという感じのものではなく、スンとして黒目もない、ちょっとシュールさも感じさせる色もあっさりなテイストの女性のイラストにして、タイトルも漢字多めでフォントもゴシックという持っていき方にしました。実は最初はタイトルや目次を反対されて、(編集者と)めっちゃ喧嘩したんですよ(笑)。でも「自分を大切にしよう」みたいな感じにして話を一般化しちゃうと、私がやる意味がないというか・・・優しい言葉で書けば伝わるというわけではないから。
ーータイトル最高だと感じました。目次も。しびれます。あの、美容ライターとしていつも書かれるものは今回の「入り口」のようなものではなくて、もう少し深めのものなんですよね。
長田 そうですね。美容が好きでひと通り知っていて、もっと詳しく知りたい人に向けて、というのが美容誌。モード誌は、モードな私をもっとお洒落にする最先端の美容で、ファッション誌は、イケてるファッションの私がもっとお洒落で可愛く見えるように、というような感じで、アドバンスバージョンの話が多いです。その話はもう普段の仕事としてやってるんで、自分主体で書く場合にはそうじゃなくていいのかなと思っていました。
「私なんて」って
全部人に譲ってしまうのは健全じゃない
長田 ただこういうタイトルで本を出すと、ブスと自称する権利、おばさんと自称する権利の侵害をしているんではないかという意見ももらうんですね。でもこれはあくまでもA案・B案・C案とあるうちの一案であり、こうしろと強制するようなものでは決してないんです。自分と違う意見があることに、もっとみんな慣れたほうがいいんじゃないかなと感じます。
ーーまさに、いろんな意見がありいろんな人がいるという多様性の社会において他者を尊重するためにも自尊心が必要で、それを鍛える一つの方法が美容なんだよ、という提案が本書には書かれているのだと感じましたが。
長田 そう、一つの案なんです。たとえば電車でもいいんですよ、美容じゃなくてね。
ただ自尊心という言葉がちょっと大仰だったかなって思ってるんです。でもそれを、「自分を大切にする気持ち」とか言うとふんわりしすぎてるというか・・・。「自分を尊ぶ心」というスッとした感じが私は好きでここでは使っているんですけど。「自分を大切にする」「自分を愛する」ってやっぱりちょっと大げさで、謙遜感情が強い文化にすぐ馴染むものとは思えない。私の場合は、自分の中にいる、小5の男の子みたいなちっちゃい子の意見を聞いてあげることで、自分の内側の声との擦り合わせを疎かにしないように心がけています。
「私なんて」と言うのは簡単だけど、「私なんて」って全部人に譲ってしまうのは健全じゃないと思うし、ましてや今の世の中で女の人が「私は取るに足らない人間です」「私なんてどうせこんな感じなんです」なんて言うとどんどんそこにつけ込まれて、傷ついたり自分が大切にしたいものを大切にできなかったりしちゃう。そこを、料理やお洋服、いろんなもので応援している人がいると思うけれど、私は美容で応援できるかなと思ってやっています。
ーー美容というと、いまは男性も気を使っている人が増えていますよね。社内でこの本がすごく面白かったという話をしたとき、男性メンバーが、男性の美容ってどうしたらいいんですかねと言ってたんですが・・・
長田 私は、男性に関しては、不快をとりあえずなくすところの美容っていうのをやってみるといいんじゃないかなと思ってます。汗が出てベタベタするとか、顔が乾いてパリパリするとか、そういう不快を解決するためにはどうすればいいか。
不快=あって当然のものだって思わないで、不快を解決する方法があるんだよという美容です。それは美容という言い方じゃなくてもいいかもしれない。セルフケア、グルーミングなのかな。そういう方法を知ったら、もっとパフォーマンスがよくなったり気分がよくなるかもよ、と思います。メイクアップ的には、眉毛と髭、油の問題からかなぁ。
でも男の人ははまり出すと道具を揃えたりするタイプも多いから、はまるとすごいやると思いますね。
お話を伺ったひと:長田杏奈(おさだ・あんな)さん
1977年神奈川県生まれ。ライター。中央大学法学部法律学科卒業後、ネット系企業の営業を経て週刊誌の契約編集に。フリーランス転身後は、女性誌やWebで美容を中心にインタビューや、海外セレブの記事も手がける。「花鳥風月lab」主宰。著書に『美容は自尊心の筋トレ』(ele-king books)。