第1回
『イスラムが効く!』刊行直前 内藤正典先生インタビュー(1)
2019.02.18更新
今週末2019年2月23日(土)に『イスラムが効く!』が発売となります。イスラム地域研究者の内藤正典先生と、イスラム法学者でありムスリムである中田考先生による対談本。『となりのイスラム』(内藤正典著)から2年半ぶりに、ミシマ社からは2冊目のイスラムに関する本が登場です。本を書き終えた内藤先生に、とくにこれは日本人に効く!という場面を詳しく教えていただきました。2日にわたってお届けします。
(聞き手:野崎敬乃、長谷川実央、構成:野崎敬乃)
イスラムの人と直接関わってわかったこと
ーー 『イスラムが効く!』に書かれている内容、驚きの連続でした。こんな考え方があるのか・・・と。これを読むと、イスラムに関して日常的に触れているメディアの情報がいかに偏っているかということがわかります。
内藤 気の毒というかバカバカしいくらいに勘違いしてますよね。僕がそういうことをわかるようになったのは、普通にイスラム教徒と付き合ってきたからです。頭で、というか西洋のほうで書かれた書物をもとにしてイスラムを理解しようとは思っていなかったんです。
学生時代に読んでいたようなものは大半が西洋で書かれた書物でしたけど、その後実際にイスラム教徒の人間と付き合うようになって、「どうしてそういう発想するのかな」という疑問を感じながらイスラムのロジックというか論理を説明したものに触れていくと、「そういうことだったのか」という発見があるわけです。
ーー 『イスラムが効く!』を書き終えて、内藤先生がとくにこれは「効く!」と思うのはどのエピソードですか?
内藤 第2章「ビジネスはイスラムに学ぼう」の中でおもてなしとビジネスの話をしてますけど、トルコの印象って、旅行でいった人はトルコ人はいい人だと思ってる。でも住んでる人はトルコ人は嘘つきだと思ってる。それって、「おもてなし」という最初の接触段階で向こうが付き合ってる時はとってもいい人だと思ってるわけです。ところが住むとなると最初に付き合うのは大家なんだけど、大家にあれやってこれやってって頼んでも、わかったって言いながら全然やってくれない。そういうところから不審の念は芽生えるわけです。
つまり、大家と店子の関係になったら「ビジネス」なので、途端に対応が厳しくなります。ところが日本人ってそういう時、相手の「人」が変わったって思ってしまう。実際はそうではなくて、彼らはおもてなしの部分はどんな悪い人でも対価を求めずにもてなすんですけど、ビジネスになったら対応を変える。同じ人間だけどシチュエーションによって、おもてなしとビジネスをものすごく簡単に、はっきり分けちゃうんです。これって日本人からすると遠い発想なんですけど、相手がそういう人だとわかればそれに合わせればいいわけですね。
気楽に生きるためのイスラムの知恵
内藤 もう一つは、「病気になって闘病してるのは罰の前借り」ってやつ。あれいいよね。
ーー 素晴らしいですよね。
内藤 うん。日本では「病と共に生きる」と言いますけど、共に生きるって言ったところでなんの慰めにもならない。だけど、イスラムの人たちは、病気になるのは来世で天国に行くための罰の前借りで、病気で寝てる間はそもそも悪いことのしようがないから、その間は善行を積んでるという発想をするんですよ。この発想は他の宗教にはない。
ーー 本当にびっくりです。それを知ると気持ちが軽くなりますね。
内藤 明るくなるでしょ。そういう気楽な人たちなんです。そっちがイスラム教徒の本質で、イスラム教徒の方が楽だって言ってるのはそういうことなんです。何していいとか悪いとかっていうのは全部神様から命令がきているので、人間のルールで規定されていない。そうであればどっちでもいいってことでしょ。
私は絶対者としての神様はいた方がいいと思います。いないと全部人間が仕切らないといけないわけで、それは重すぎるじゃないですか。ただでさえストレスフルなんだから、すべての原因とか結果が人間に返って来ちゃうようなストレスに耐えられるかといえば、そうではないと思いますね。何か逃げ場っていうのは残しておいた方が良いですよね。所詮、人間のサークルしかないところに逃げ場を持っても、あんまり嬉しくない。
ーー なるほど・・・。
内藤 イスラムの知恵には、楽に生きるためのヒントがあります。そもそもそういうヒントにあふれてなかったら15億も16億も信者が増えるわけないですよ。それが全くわかってなかった、というか知られてなかったわけでしょ。この本を読んだうえで今世界で起きていることを見てもらうと全然違う世界像が出てくるはずです。