第37回
今年の一冊座談会「思いがけず出会った本」(2)
2021.12.29更新
ミシマ社では毎年恒例となっている「今年の一冊座談会」(昨年の記事はこちら)。
今年のテーマは、10月刊『思いがけず利他』(中島岳志さん・著)にちなんで、「思いがけず出会った本」としました。
幅広いジャンルの書籍が集まっただけでなく、その本との「思いがけない」出会いのエピソードも飛び出し、大いに盛り上がった座談会。本日は京都オフィスの模様をお届けします。(自由が丘オフィスの記事はこちら)
みなさんも、今年出会った本たちを思い返しながら楽しんでいただけると嬉しいです。
スミが選ぶ『今年の一冊』
スミ 今年は、無性に写真集が読みたくなった一年でした。思いがけずというか、ある日ふいに「写真集が読みたい!」と思って、それ以来何冊も手に取りました。
なかでもインパクトが強かったのが、福島あつしさんの『ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ』です。福島さんは、写真家の道を進みながら、10年間にわたって高齢者の家にお弁当を配達するアルバイトをされていました。この本には、仕事で出会った独り暮らしの老人たちの姿や部屋の様子が収められています。ところどころに、撮影と作品づくりの日々における福島さんの心の推移を綴った文章が挿入されています。
福島さんは毎日お客さんにお弁当を届け、一人ひとりと数分間の楽しい会話を交わしていました。でも写真には、部屋の汚く乱れた様子や、老いていく人の肉体、眼差しがもつ剥き出しの力が生々しく映っています。著者はその光景にとにかく圧倒されつづけ、恐怖や罪の感覚にも苛まれているのですが、次第に、それでも毎日食事をして、生活して、好きなものをもち、自分に笑顔を向けてくれる人びとの生命力のほうに引き込まれていきます。
ハセガワ (満面の笑みを浮かべる老人の写真を見ながら)この笑顔、かわいい!
スミ そう、かわいいんです。老いとか孤独の風景を真正面から捉えながら、そこに生きることの強さや光や優しさを見出して、読者の感覚を変えるようなかたちで伝えているところがすごいと感じました。著者はとても苦しみ、また深く感動しながら、孤独も、愉快さも、尊厳もこの一冊に詰め込んでいるように私は思いました。一度向き合ってしまったものをどう作品として表現するのか、ということのすごみが凝縮された本です。
ハセガワが選ぶ『今年の一冊』
ハセガワ 私はちょっと渋い見た目の・・・
タブチ あっ『華岡青洲の妻』(←※ハセガワが持っているのは、昭和40年代の古本です)。
アライ これはどう思いがけず?
ハセガワ 二つあって、一つは、本屋さんの棚を何気なく見ていたら、この本が目の前にあって、久しぶりに再会したこと。っていうのは、これが二つ目の「思いがけず」なんですけど、この本は読書嫌いだった高1の時に宿題で読まされて、それがきっかけで、私は本を読むようになりました。その時は期日までに読み終われなかったんだけど、帰りの電車で、「せっかく途中まで読んだしなー」と思ってなんとなく続きを読んだら、自分が好きな少女マンガみたいなシーンがあって、「あれ? おもしろい!」と思って、初めて最後まで読みきった本です。
アライ おお〜。
ハセガワ 有名な本だから内容はネットにおまかせするとして、今回久しぶりに読んで初めて気づいたのが、最後が「あるもの」の描写で終わっていて、淡々と、写生するように、そのまま説明してるだけなんだけど、それがこの本全部を言い表してて、すごい! と思って。他にも、本筋に関係なさそうな場面の描写とか、登場人物の仕草とか、脇役のちょっとしたセリフとか、どのシーンにも無駄がないっていうか、どの言葉も、どの文章も、本当に選び抜かれたものが本の上に載っていて、改めて作家さんってすごいなあって思ったし、小説っておもしろいなあって思いました。高校生の時は本を読む楽しみを教えてもらったけど、今回は本そのもののおもしろさを教えてもらいました。
ヤマダ 出会い直す、みたいのいいですね。
ヤマダが選ぶ『今年の一冊』
ヤマダ 僕が選んだのは、池波正太郎の『男の作法』です。
この本を手に取ったきっかけとして大きいのは、4月に発刊した『時代劇聖地巡礼』ですね。春日太一さんの時代劇愛の強さに影響を受け、これまでほとんど観たことも読んだこともない時代劇に興味をもちました。そしてその入り口として、まず大作家の考え方がわかる本を読みたい、と思って手に取ったのが本書です。
『男の作法』というタイトルの通り、食の作法や服装の作法なども書かれているのですが、それだけでなく、池波氏自身が大切にしている人生訓、生きる作法とでも言えるところに惹かれました。特に、白か黒かはっきりしない「中間色」の重要性と、「人間はいつか死ぬものだから」ということを常に頭の片隅に置いておく、ということを繰り返し述べているのが印象的でした。
本書の中から年末らしいエピソードを一つ出すと、池波正太郎はなんと5月には年賀状ができあがっているそうです。
ハセガワ えええ! ミシマ社なんて今(12月21日)作っているのに・・・!
ヤマダ そして空き時間をみつけては1000人近宛名をすべて手書きし、終わるころにはちょうど12月になるそうなんです(笑)。この計画性を見習いたいです・・・。
ノザキが選ぶ『今年の一冊』
ノザキ 次私ですね。戌井昭人さんの『すっぽん心中』と、緒方正人さんの『チッソは私であった 水俣病の思想』、どちらかにしようと思ったんですけど決めきれなくて・・・今年は思いがけず京都で鉄割アルバトロスケットの上演を観て、そこから戌井さんの小説を貪るように読みました。たまらなくよかったのでその話も延々語れるんですが、今日は『チッソは私であった』にします。
この本の著者である緒方さんは、熊本県水俣市の北側にある漁村に生まれ、自らも水俣病の患者であり、水俣病認定申請患者協議会に精力的に関わってきた方です。やがて申請協の会長を務めるまでになるのですが、あるところで「チッソはもう一人の私であった」と自ら認め、これまで求めつづけてきた認定申請を取り下げています。水俣病の本質的な責任のゆくえを追いかけるなかで、チッソという企業、産業を優先してきた国や県、その奥に浮かび上がってきた「人間の責任」。「お前はどうなんだ」「自分が加害者側にいたらどうしただろうか」という問いに直面して、社会のシステムに対する思考を積み重ねていきます。
今年は松村さんの『くらしのアナキズム』や、猪瀬浩平さんのミシマガ連載「野生のしっそう」、藤原辰史さんと後藤正文さんのMSLive!「公害・分解・ロック」、三島さんのミシマガ連載「はじめての住民運動」などを読み聞きするなかで、被害と加害ということについてずっと考え続けていた一年で、当たり前に思ってしまいがちな対立の構造を根底からひっくり返すような言葉や思想が緒方さんの本には書いてありました。この本を読んでいなかった自分を想像すると、今の自分とはまったく違う感覚で世の中の出来事を受け止めていた気がしていて、まさに自分の中にひとつの器をつくってくれた一冊だったので、これが私の今年の思いがけず本です。
アライが選ぶ『今年の一冊』
アライ 私の「思いがけず」であった今年の一冊は、繁延あづささんの『ニワトリと卵と、息子の思春期』です。SNS経由で面白そうな本の情報に出会って、ひとまずその場ではメモって「次に本屋さん行くときに買お〜」ということが普段多いんですが、この本の紹介ツイートがたまたま流れてきたとき、なんかこう、「あ、これは読まなあかん」みたいな感じでぐわっと掴まれて、その場でそのツイートをされていた本屋さん(Titleさん)のネットショップで買いました。
これがもーーめっちゃおもろくて一気読み。著者は写真家さんで長崎に住まい、3人のお子さんがいるんですが、長男くんが小6のときに「ゲーム機を買ってくれ」と言うんですね。繁延さんと言い合いになって、もう今日はゲーム機を買って帰ってくるから!と長男が家を出ていくんですが、出先から「ゲーム機いらないから、にわとり飼わせて」と電話がかかってきた。もう、どういうこっちゃ! って感じですよね(笑)。周到な「にわとり飼育計画書」や、大家さんへの交渉も全部こなしたりと長男がいろいろすごいんですが、にわとりはペットとしてではなく、あくまで家畜として飼うんです。にわとりが産む卵でお小遣いを稼ぐことが長男くんの計画だったんですね。家畜であり、経済であり、食べ物でもあるにわとりという存在と、家族の話です。めっちゃおすすめです。
タブチが選ぶ『今年の一冊』
タブチ 今年の11月19日の出来事だったんですけれども、大垣書店堀川新文化ビルヂング店さんのプレオープンに伺ったんです。版元の営業が開店のご挨拶に行くときは、だいたいご祝儀代わりにそのお店で本を買うのが慣習になっているような気がするのですが、どの本にしようかなあと迷っているところに、レジ前でたくさん積まれ、思いがけず出会ったのがこの『天気の図鑑』です。「今、一番売れている天気の本!」と、「天気がわかれば、毎日が楽しい!」というシンプルな帯コピーに、たしかになあ、と思って気づいたらそのままレジに持っていってました。
映画『天気の子』の気象監修もされた、気象学者の荒木健太郎さんのご著書で、「虹のふもとにはたどりつけない理由」であったり「空が青い理由、夕焼けが赤い理由」など、ふと考えてみると不思議だなあ、と思う素朴な疑問についても書かれていてとても新鮮でした。なんとも言えない天気にまつわるキャラクターも登場しつつ、空を見上げるのが、一層楽しくなる一冊です。
ハセガワ このキャラたちもなんか田渕くんっぽいね(笑)。
アライ ホンマや〜、あと、雲の重さを力士で換算してんねんな〜(笑)。
***
タブチ 最後ヤマダ君総括して。
ヤマダ 「思いがけず」というテーマで選書すると、普段のその人の趣味嗜好とも関係のないような本がでてきておもしろかったですね。
一同 (あまり締まらず苦笑・・・)
ヤマダ・タブチ ヨ~~パン(一本締め)
編集部からのお知らせ
2022年度ミシマ社サポーターのご案内
「ミシマ社カレンダー2022」
★2022年1月までにお申し込みいただいた方限定で、ミシマ社カレンダーをプレゼントします!(数量限定、なくなり次第終了となります)
募集期間:2021年12月1日〜2022年3月31日
サポーター期間:2022年4月1日~2023年3月31日
*募集期間以降も受け付けておりますが、次年度の更新時期はみなさま2023年の4月となります。途中入会のサポーターさまには、その年の特典をさかのぼって、すべてお贈りいたします。
2022年度のサポーターの種類と特典
下記の三種類からお選びください。サポーター特典は、毎月、1年間お届けいたします(中身は月によって変わります)。
◎ミシマ社サポーター【サポーター費:30,000円+税】
いただいたサポーター費のうち約25,000円分をミシマ社の出版活動に、残りをサポーター制度の運営に使用いたします。
【ミシマ社からの贈り物】
* ミシマ社サポーター新聞(1カ月のミシマ社の活動を、メンバーが手書きで紹介する新聞)
* 紙版ミシマガジン(非売品の雑誌。年2回発行・・・の予定です!)
*生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台』(年2回発刊)
* 特典本に関連するMSLive!(オンライン配信イベント)へのご招待
※特典の内容は変更になる場合もございます。ご了承くださいませ。
◎ウルトラサポーター【サポーター費:100,000円+税】
いただいたサポーター費のうち約95,000円分をミシマ社の出版活動に、残りをサポーター制度の運営に使用いたします。
【ミシマ社からの贈り物】
上記のミシマ社サポーター特典と同じです。
◎ウルトラサポーター書籍つき【サポーター費:150,000円+税】
上記の特典に加えて、その年に刊行するミシマ社の新刊(「ちいさいミシマ社」刊も含む)をお送りいたします。いただいたサポーター費のうち約100,000円分をミシマ社の出版活動に、残りをサポーター制度の運営に使用いたします。
お申し込み方法
サポーター費のお支払いの方法によって、お申し込み方法が変わります。以下よりお選びください。
⑴ ミシマ社のウェブショップから クレジット決済・コンビニ決済・PayPal・銀行振込 をご希望の場合
ミシマ社の本屋さんショップ(ミシマ社公式オンラインショップ)にてお申込みくださいませ。
⑵ 郵便振替をご希望の場合
下のボタンから、ご登録フォームに必要事項をご記入のうえ、お手続きください。後日、ミシマ社から払込用紙をお送りいたします。
ご不明な点がございましたら、下記までご連絡くださいませ。
E-mail:supporters@mishimasha.com
TEL:075-746-3438