第67回
今年の一冊座談会「とにかく熱中した一冊」(2)
2024.01.16更新
こんにちは! 京都オフィスのスミです。
ミシマ社では毎年年末に、メンバー全員がその年に読んだ本からおすすめの一冊を持ち寄り、その魅力、好きでたまらない気持ちをプレゼンする「今年の一冊座談会」を開催しています(昨年の記事はこちら)。
昨年も12月某日に、自由が丘・京都各オフィスで行われました! テーマは、「今年、とにかく熱中した一冊」。このストレートなお題に、各メンバーがイチオシの本を語ります。
先日の自由が丘オフィス編に続き、本日は京都オフィスの模様をお届けします!
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スミ 今年のお題は「とにかく熱中した一冊」ということで、みなさん、今年よかった一冊を教えてください。
ハセガワ ハイっ! わたしからやっていい?
スミ お願いします!
「うちのカメ」との距離が縮まった一年
ハセガワ 『うちのカメ』!
一同 おおー!
スミ かわいいタイトルですねー。
ハセガワ 今年はじめてミシマ社のカメに愛着がわいて・・・。
オカダ え。はじめてですか?
ハセガワ いや、いままでも別に嫌いじゃなかったけど、ある日ふと「お、かわいいな」と思って。でも、こんなにずっと一緒にいるのに、この子たちのこと全然知らないなと思っていたら偶然、本屋さんでこの本を見つけました。これは、著者の石川良輔先生のお家のカメコ(←という名前です)の観察記であり、カメ入門でもある本で、これを読んではじめて、ミシマ社のカメがミナミイシガメってことがわかった。
一同 へー。
ハセガワ あとお腹のほうの甲羅(甲板)を見れば年齢がわかるとか、骨の構造や動きとか...そうそう、カメは恐竜の時代からいるんだって! そういうのもすごく勉強になりました。カメコは家内で飼われてるんだけど、完全に家の地理を把握してる。たとえば先生の標本室や研究室(石川先生はオサムシの研究者)には近寄らないとか。
一同 ははは。
ハセガワ あとは先生のひざの上で寝たり。
ヤマダ へえーっ。
ハセガワ 文章自体は淡々としていて、今日のカメコはあれした、これした、みたいな。見たまんまの姿を記録するように綴ってるんだけど、先生のカメコへの愛情をすごく感じます。どこかの家族の、子どもの成長記録を読んでいるような感じ。だから動物エッセイとしてもすごく楽しめるし、でも専門的な解説もしっかりあって、「カメ」という生き物のことを知るにはすごくおすすめです。
(ミシマ社の「うちのカメ」、ペク)
(ミシマ社の「うちのカメ」、ナゾ)
かっこよすぎて自宅で「面陳」
スミ 続いて私は、まず、みなさまご存知・・・『時代劇聖地巡礼 関西ディープ編』!
一同 おお、出た!
スミ 今年、この本の制作に関わり、そのご縁で出会った本が「今年の一冊」になりました。鈴木尚之著『私説 内田吐夢伝』です。
スミ 『時代劇聖地巡礼 関西ディープ編』のカバー写真は、「巌流島」の風景に見立てられた琵琶湖です。この場所は、内田吐夢監督の映画『宮本武蔵 巌流島の決斗』(1965年公開)で使われています。
私も実際に聖地巡礼をしてみようと思って、吐夢の宮本武蔵シリーズを観てみたら・・・、もう、ハマってしまって。
ミシマ 中村錦之助がほんとかっこいいよねぇ。
スミ 監督の評伝も読んでみようと思って、本書を手にとったら、最高におもしろくて。
吐夢と長年仕事していた脚本家の鈴木が、10年以上かけて構想・執筆した大作で、びっくりするほど緻密なんです。ずっと吐夢のそばにいて、彼の映画への思いに触れつづけていたうえ、家庭内の会話まで傍らで聴いていたような人だからこそ書けた作品です。なおかつ、脚本家が書いているので、ストーリーとしてもすごくおもしろいんですよ!
ハセガワ うんうん。熱いね~。
スミ この時代の芸術を作っている人は、みなさん戦争経験者ですよね。吐夢自身も家族を日本に残して満州に渡り、労働者として10年留まったあいだに、壮絶な経験をしています。帰国後、日本の映画界に復帰しますが、その裏では家族との確執に苦しみ続けました。そうした人生が、映画の1コマ、ひとつひとつのセリフに凝縮しているのだと思うと、映画の見方も変わりました。
黄金時代の文化を担った人々のしびれる立ち居振舞いや言葉、気持ちが詰まった本なので、何度も読み返して、自分の中に入れていきたいなと思っています。
で、はじめは文庫版(↑写真左)を読んだのですが、ほんとうに好きになってしまったので、あとから単行本の初版(↑写真右)も買いまして・・・。
一同 (笑)。
スミ このカバー写真、めちゃかっこいいですよね・・・。家の本棚に「面陳」して、日々眺めています。
父の書棚から選んで読んでみたら
ノザキ じつは私、毎年のこの会で選ぶ本は、ちょっとおしゃれなやつを選ぼうと思ってやってきたんですけど(笑)、今回は、自分では絶対に買わなかっただろうし、この会にもってこなさそうなものを出します。『至高の営業』(杉山大二郎著)、ビジネス書! たしか、実家に帰って父親に自分の近況をベラベラ話していたんだと思います。そうしたら「一冊ぐらい本を読んだらいいよ」と、父が自分の書棚から大量のビジネス本を抱えてきて、そのうちの一冊を持ち帰って読みました。
ノザキ 主人公は、入社4年目26歳。業績のふるわない営業マンで、成績が伸び悩む営業所に勤務しており、年度末に社長に退職願を出しにいくシーンから始まります。すると営業所に4月に異動してきたのは若くてすごくできる上司で・・・という展開で、書いてあることは、「まあそうだろうな」と思うことがけっこうありました。
例えば、仕事の質を決めるのは自分ではなく周りの人やお客様や成果である。だとすると、「質の高い仕事」というのは自分では測れず、とにかく若いうちは量を増やすのがよい、量を増やせば、質もともなってくる、とか。飛び込み営業をするときに、申し訳ない顔をする必要はない。自社の商品を届けることで、一緒にお客様(取引先)がよくなっていくということを、サポートしていくことが営業の仕事だ、というようなことが書かれていて・・・。
ここに書かれていることが本当にあたらしくて、というよりは、ごく当たり前のことが書かれているんですけど、ごく当たり前のことを、自分がどう受け取って、どう咀嚼するかを考えていたら、自分の仕事の整理がついて、この本を一冊読んでよかったな、と純粋に思ったんです。なかなか自分からこういう本に出会いに行くことって難しい気がするんですが、なぜか父親がこのタイミングで出してきて、父が貼った付箋がびっちりの本を読み直す、という経験はけっこうよかったです。
ハセガワ いや〜なかなか示唆的な一冊ですね(ヤマダ君を見る)。
ヤマダ 26歳4年目の・・・
一同 (笑)
やっぱり太陽の光を
スミ それでは最後に、ミシマさん、よろしくお願いします。
ミシマ 今年の8月の最後の今月と来月にかいた、カズオ・イシグロの『クララとおひさま』です。
カズオ・イシグロの本はずっと読んできてたんだけども、ノーベル賞取ったあたりから、急に読まなくなって。
一同 なんで〜(笑)
ミシマ しばらくまったく読んでいなかったんだけれども、この単行本も文庫版も福田利之さんが日本版のイラストを描いていて、いつか読むだろうなと思っていたんです。7月末のちくさ正文館の最終日に出会って、「ああ、これは今日手にする本かな」みたいな感じで、買った一冊です。
なので、一番暑い時期くらいに読むことになりました。
ミシマ 少し脱線しますが、「スピン」第5号に「出版の光と闇」というエッセイを寄稿させてもらいました。この夏の暑さを受けて、「もう光はいいんじゃない」っていう話をぽろっと書いているんですが、カズオ・イシグロはそのずっと先を書いていて。
AF(人口親友)として開発された人口知能搭載ロボットと人間との関係が書かれているのですが、僕は作者が太陽に込めた思いのほうにより惹かれました。
どんどんオゾン層が破壊されていって、太陽光が地球環境の上昇を押し上げ、人間の体調・環境に大きな影響を与えています。その光は、感染症を起こす悪のひとつの原因である、免疫力を強烈に落としてしまう、そういうふうにとらえられがちです。
一方で、太陽光の吸収に問題があると言われる「第三世代」であるクララは、ショーウィンドウで子供に買われるのを待っていた時期、太陽の光で瀕死の老人が劇的に回復する様子を目撃する。それによってなんか世界の捉え方が変わる。普通の知能ロボットではそんふうにふるまわない、解釈しないことがこのクララにだけは起こる。
カズオ・イシグロが描いている世界は、かなりロジックとかけ離れた世界です。AIっていう超ロジックな世界と、そこではまったく説明がつかないことの一点に、クララは希望を見出す。自分を買った病弱な女の子の命を救う可能性を、「お日さま」に託すわけです。その後の展開は言いませんが、この小説の世界にしばし浸らざるを得ませんでした。
ともあれ、太陽の光はもういらない、と自分が小エッセイで書いたことを完全に否定、自己否定したくてこの一冊にしました(笑)。
全然スケールちがう一冊です。
カトウ 三島さんのスピンを読んで、私、メッセージアプリのアイコンを太陽にしたのをすごい後悔したんですけど、ああよかったって思いました。
ミシマ そもそも、ミシマ社のロゴが、そうですから。18年前、「どんなロゴがいいですか?」と寄藤文平さんに訊かれたとき、「太陽みたいなのがいいです」って答えたんです。「それ一番難しいよ〜」と言いつつ、3秒後にはできていたロゴなんですよね。
スミ みなさま、太陽のような熱い、温かい思いの詰まった紹介をありがとうございました。2024年もいい本との出会いがたくさんありますように!
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