第83回
今年の一冊座談会「今年思わず読み返した一冊」(2)
2025.01.03更新
こんにちは。京都オフィスのスミです。
今年もミシマガをどうぞよろしくお願いいたします!
本日は、ミシマガ名物新年企画「今年の一冊座談会」その2をお届けします。
テーマは、「2024年に思わず読み返した一冊」。
元日に公開した自由が丘オフィス編に続き、今回は京都オフィス編です。代表のミシマ、仕掛け屋ハセガワ、営業カトウ、編集ノザキ、スミが、それぞれ長年大切にしている本、何度も読んで味わった本をご紹介します。
(収録日:2024年12月20日)
スミが選ぶ「私と世界のつながりを探る一冊」
スミ はい! 私は、チョン・セランさんの『フィフティ・ピープル』(斎藤真理子 訳、亜紀書房)。韓国文学です。
ハセガワ あれ、2冊ある?
スミ 白いほうは2018年に出た旧版、赤いほうは今年(2024年)出た「新版」です。
もともと今年のはじめに旧版を読んだのですが、チョン・セランさんが日本でイベントに出演されることになったり、10月末に「新版」が出たりして、たびたび読み返したくなって何度も手に取りました。
この本は、ある大学病院にまつわる51人の人びとについての小説です。51人それぞれを主人公にした短い物語がダーッと並んでいます。一つひとつの掌編小説としても素晴らしいですし、読み進めていくと、この人はこの人の娘だったんだとか、人物どうしのつながりが広がっていくのも面白いです。
一人ひとりが平等に並んでいて、それぞれに喜びと苦しみがあり、懸命に生きている。つい自分が惹かれる人がみつかるのも楽しいですが、私はなによりも、いろんな人が集まってこの世の中で一緒に生きているってこういうことなのかな、という感触を受けとりました。新鮮で、忘れたくない感覚です。
ハセガワ おもしろそう。スミちゃんは今年韓国文学を読みまくってたね。
スミ はい。先日、京都芸術大学で開催されたチョン・セランさんと藤野可織さんの対談を聴いてきたのですが、そのときにセランさんが、小説を書いたり読んだりすることは自我を適切なサイズに保ってくれる行為、自分と世界を健康的な形で結びつけてくれる行為、というようなことをおっしゃっていて、とても胸に残りました。
『フィフティ・ピープル』は多種多様な職業の人やいろんな悩みをもった人が次から次へと登場して、自分とどこか似てる人も、ぜんぜん違う人もいる。本当に、読みながら自分と世界の「健康的なつながり」を探っていくような感覚になったんです。
この小説では最後にある事件が起こります。そこを読んで、ふわーっと別次元に連れていかれるような感動がありました。何度読んでも発見のある本なので、ぜひ読んでみてほしいと思います。
ミシマ おお。最後も気になるね。
ノザキが選ぶ「『面白い』のいろいろな感覚や視点を考えさせられる一冊」
ノザキ はい、私はリディア・デイヴィスの短編集『サミュエル・ジョンソンが怒っている』を選びました。56作が収録されているのですが、2行ぐらいのものから数ページにわたるものまで、作品の長さや形式がかなりばらばらで、小説とも、エッセイとも、詩とも、あるシーンのメモとも、ふと気づいたこととも言えるような、断片だけどすごく磨きのかかったテキスト・・・が、ここに綴じてある、という感じの本です。
一冊まるごとを読み返すというよりは、この中の一編をたびたび思い返すことが多かったので選びました。それは「面白い」というタイトルの作品で・・・(気になる人はぜひ本を!)
ノザキ 「面白い」といったときに、誰にとってどんなことが面白いのか、内容が面白いのか、身振りが面白いのか、みんなが面白いといっているから面白いのか、本当に面白いってことってあるのか・・・とか、何層にも含まれている感覚や視点をいつも考えさせられるので、気に入っています。
今年は、演劇を何作か見に行ったり、ラジオやポッドキャストやトークをいろいろ聴いたりする中で、本の形式で、書かれた言葉でできる面白いことってどういうことなんだろう、と考えることがあって、あとは、なにか作品をつくるときに、枠にとらわれずに、内に秘めた力を出せる枠組みのようなものを、書き手以上に出版社のほうが持っていたいなと思った時に、この本を心強く思って読んだんだと思います。
ミシマが選ぶ「会社で働くことについてのすべてが書かれた一冊」
スミ では、次は三島さんお願いします。
ミシマ (ドンッと本を見せて)『上司は思いつきでものを言う』。
一同 あはははは。
ノザキ どういう反応したらいいかわからん・・・。
ミシマ これは名著ですよ。
ちょっと、スミちゃんさ、面白い企画書いっぱい書いてみてよ。
スミ わかりました。・・・いま思いつきで言いました?
一同 (笑)
ミシマ おお、いい返し方。じゃあ、野崎さん、なんかアイデア出して。
ノザキ はあ~?
一同 (笑)
ミシマ すごい! 今、橋本治先生が絶賛する返しをしたの。
上司が思いつきでものを言ったときの一番の返しっていうのは、「え~?」っていう。つまり呆れるっていうこと。これが大事なんだと。
「上司」としてものを言うミシマと、返答するノザキ・スミ
ミシマ 上司が思いつきでものを言う、これは個人、個人の資質やクセといった問題では一切ありません、絶対に組織上の問題だからです、と書かれています。
会社がどんどん肥大化して大きくなるっていうことが起こって、それはもともと西洋で起こった会社組織を持ち込んで日本は合わないのにやってきている結果、こうなってしまった。
この本は壮大で、その理由を天皇と官僚制の起こりから、民主主義に至るまでの流れを能力主義、平等主義などの解説こみでいっきに説明しつつ、日本の組織が本来、西洋といかに違うのかが見事に説明されます。そのうえで、最後にひとこと、戦後、日本が世界一の経済発展を遂げたのは「現場の声を聞く」を日本だけがやったからだ、と。
結局、21世紀の会社は、「現場なき会社」になっている。じゃあどうしたらいいんですかって問いにはそんなの知りません、なぜならこの本は「上司は思いつきでものを言う」ことに関する本であり、経済復興について答える本ではありませんとか書いてて(笑)。
スミ すごい・・・。
ミシマ ここまで聞くと、上司が思いつきでものを言うっていうのは、「よくない」ことと思うでしょう? ところが、必ずしもそうじゃないんです。
そのロジックは橋本先生によると次のようになります。
上司とは何か。上司は元・現場。現場にいた上司は故郷を離れて今さびしくなっている。かつて故郷である現場にいた頃はむしろ青年団として張り切ってる人であった。そういう人たちが上司になると、実はすごくさびしい思いをしている。なかには、故郷を嫌で嫌ではなれた人もいる。いずれにせよ、故郷である現場を離れてしまったのが上司である。
海流に例えると、暖流と寒流がぶつかる局面で、上司は思いつきでものを言う。暖流と寒流がぶつかってみなさい、そこは肥沃な漁場になりますよと。つまり上司が思いつきでものを言うときは、会社にとってすごくチャンスなんです。ただし、そのチャンスが機能するのは、それに対して部下が建設的な意見を言えるとき。そのとき会社がスパークする。
それに対して、たとえば「とにかく面白い企画書出してよ」みたいな感じで言ったときに、一番ダメな答え方は、「よく考えてしっかりと出したいと思います」。これが一番ダメなんですって橋本先生は言う。ハッとなりますよね。
じゃあ、どうするか? こういうときは、「ちょっと考えておきます」と言うのがいい。この「よく」と「ちょっと」はだいぶ違う。尊敬語と謙譲語の違いだと先生は言う。「よく考えます」は、その上司が思っている面白いアイデアは何かをよく考えてしまうということ。その瞬間、主体は上司のほうにある。でも「ちょっと考えます」は、主体は自分にあるので、ありとあらゆる可能性の中で自由に考えうる。その時にクリエイティブが生まれる。それを多くの人は取り違えているために、日本の会社はどんどんつまらなくなっていく。
その時に、「ちょっと考えます」って言って、建設的な意見を言う部下がそこにいたらその会社は素晴らしい。
目から鱗の連続でした。
思わず身を乗り出す
ミシマ こうして大満足のうちに本を閉じようとすると、「あとがきのあとがき」があって、そのなかで先生はこう書きます。「私は、「就職」というものをしたことがありません」。
一同 あははは。
ミシマ じゃあ、なんでそんなにわかっているように書けるのか。実は、「作家というものは出版社における出入り業者なのです」と言います。自分は商人(あきんど)の息子なので自分を出入り業者と規定すると、担当編集者という「本社からおみえになる若い方」との「雑談」のなかで、会社が実によくわかるんです、と。
サラリーマンは、「自分達は"サラリーマン"という特殊な悲劇を背負わされている」などとお考えになりがちですが、サラリーマンの下には「零細なお出入り業者」もいるのです。サラリーマンの方は、「自分の会社はこんなもの」と「サラリーマンはこんなもの」だけをご存知で、「会社とはいかなるもの」をあまりお考えになりません。「それが実は、日本のサラリーマン最大の問題なのでございますよ」と、締めくくります。
ハセガワ いやあすごいですね。
ミシマ 2005年の8月22日に読み終わっていたと自分でメモしているのですが、ちょうどミシマ社をたちあげる直前ですね。14年前に読んだきりで全然おぼえていませんでしたが、読み直してみて、現場と現場をつなぐ直取引を採用していたり、とても影響を受けていたことに気づきました。大変おもしろかったです。
カトウが選ぶ「時空を超えて素晴らしい本たちと出会える一冊」
スミ では、カトウさんお願いします!
カトウ 私が選んだのは、斎藤真理子さんの『本の栞にぶら下がる』です。
一同 おおー、『フィフティ・ピープル』につづいてまた斎藤さん!
カトウ 岩波書店の『図書』に連載されていた本と作家にまつわるエッセイ集で、『チボー家の人々』からいぬいとみこ、永山則夫、茨木のり子、鶴見俊輔、魅惑的な韓国文学が次々現れ、どれも端から読みたくなってしまいます。
この本を手にしたのは「森村桂という作家がいた」という一編があることを知ったからです。20年ぶりに作家の桂さんに出逢えた気がしました。
カトウ 森村桂は、斎藤真理子さんが「リアルタイムで読んだ流行作家の筆頭」だったそうです。
『天国に一番近い島』は200万部のミリオンセラー、大林宣彦監督で映画化。ベストセラー続出で、各書店に「森村桂コーナー」があったほどでした。吉永小百合さん主演で映画化もされた『違っているかしら』は、「働く女子」の実感エッセイの源流か、と斎藤さんは書いておられます。
スミ 私も、斎藤さんのその言葉はとても印象に残りました。
カトウ 森村桂さんは、私の人生における大きな存在のお一人でした。偶然古本屋さんで手にした『お菓子とわたし』という文庫の、材料への世界スケールでのこだわりとお菓子への深い愛に打たれ、「ぜひお手伝いさせていただきたい(もちろん無料で)」と手紙を書きました。大学の長い休みごとに軽井沢のアリスの丘ティールームに行き、住み込みでお手伝いしていました。重要な食事会での接待を私一人に任せてくださるなど、拙い私のまるごとを信頼し、大切にしてくださいました。桂さんは芯から優しく、人を包み込み力づける不思議な力を持った人でした。
「どんな古い本にも今につながる栞がはさまっている」。今をときめく斎藤さんの栞の1本が桂さんとつながり、しみじみとうれしい本です。本書にはそうした、時空を超える素晴らしい本との出会いが詰まっています。これからも何度も読み返すと思います。ありがとうございました。
ハセガワが選ぶ「『生きる』へのエールのような一冊」
ハセガワ まず・・・(本を取り出して)益田ミリさんおめでとうございまーす!
一同 わ〜っ(パチパチパチ)
ハセガワ ということで、今年は4月にミシマ社から『今日の人生3』が出て、6月にはミリさんが手塚治虫文化賞短篇賞を受賞されたので、『ツユクサナツコの一生』を読み返しました。
ハセガワ お父さんと二人暮らしで、ドーナツ屋さんでアルバイトをしながら漫画を描いている、ツユクサナツコの日々を描いた漫画です。たびたび差し込まれる、ナツコが作中で描いている漫画(劇中劇のような感じです)が、現実のナツコの世界と交わったりして、ちょっと不思議な構成になっています。
前に読んだ時は、途中で起こるあるショッキングな出来事が印象に残ったけど、今回読み返して一番印象に残ったことって、ナツコが毎日、何があっても、1日の終わりに机に向かって漫画を描くっていう、繰り返し出てくるなんでもないシーンでした。
帯に「自分の『好き』を大切に生きる、『あなた』に贈る物語」って書いてあるんだけど、ナツコが描いた漫画のキャラクターのセリフで、自分の「好き」は一生自分だけのもの、もし途中でその形が変わってしまったとしても、それは別になくなったわけじゃないんだ、みたいな話が出てきて。それって生きることそのものを肯定してくれてるなって。ただ「好きなことをするあなたを応援します」っていうんじゃなくて、生きてていろいろある中での、その時その時のあなたの選択を尊重します、っていうミリさんからのエールのように感じました。
ところで今日はこの座談会があるので、久しぶりに朝(ナツコがいつも着ている)オーバーオール着てみたんですけど・・・なんか似合わなくなっててやめました・・・。
一同 (笑)
スミ 『今日の人生3』の中にもミリさんがオーバーオールを着てるシーンありましたよね?
ハセガワ そうそう、この作品を描いてる時話なのかな、って。
ミシマ 『今日の人生』ファンの方々にも読んでいただきたい名作です。
(終)
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いかがだったでしょうか。
ミシマ社メンバーが愛を込めておすすめする本たち、ぜひお手にとっていただけたらと願っています。
2025年も、みなさまにたくさんのよい本との出会いがありますように!