第8回
胎児はめちゃくちゃおもしろい! ~増﨑英明先生と最相葉月さん、発刊後初対談(1)
2019.03.11更新
発売から1カ月半ほど経った『胎児のはなし』、「本当におもしろかった! 知らなかったことがたくさん!」という読者のみなさまの声をたくさんいただいています。そして新聞などメディアでの紹介が続き、おかげさまで3刷大増刷中です!
3月2日、代官山 蔦屋書店にて、著者の増﨑英明先生と最相葉月さん、お二人揃ってのトークイベントが開催されました。胎児への愛が溢れて止まらない増﨑先生と、生命科学の取材に長く携わってこられた最相さんのお話に、会場のみなさんが、穏やかにそして真剣に耳を傾けていました。
その様子の一部を、2日間にわたりお届けします。
(構成:中谷利明、星野友里、写真:池畑索季)
『胎児のはなし』が生まれたきっかけ
最相 さっそくですが、この本がどのようにして誕生したかをお話しさせていただきます。増﨑先生とは、昨年、下北沢の「ダーウィンルーム」で開催されたイベントに出させていただいた際に、『種の起源』の新訳をされたコーディネーターの渡辺政隆さんのご紹介でつなげていただきました。そのご縁で、増﨑先生から、長崎県の産婦人科医の方々が集まるシンポジウムで話をする機会をいただいて、そこで私はまったく産婦人科の世界とは関係ない、星新一の話をさせていただきました。そしてその後、増﨑先生によるご自身の今までのお仕事を振り返る内容の講演を拝聴したのですが、映像を見せていただいたときに、「胎児ってすごい!」「胎児医療ってこんなことになってるんだ!」と驚いたんです。
私はクローン羊ドリーの誕生以来、生命科学をずっと取材してまいりました。進歩を続ける医療技術に対して非常に戸惑いを覚えつつ、こういう技術を受け入れていいんだろうかと、一ライターとしてそんな想いをずっと抱えていたのですが、先生の講演を聞いて、「あっ! 『胎児』『胎児』って言うけれども、肝心の当事者である胎児のことを自分は何も知らなかった」と気づいたんです。
胎児について、今わかっている事実をきっちり知るということが、次に何かを考えるときの大事な手がかりになるはずだということを、そのときにとても強く感じました。それで後日改めて先生に、「ぜひ胎児についての本を作りたいのですがいかがでしょうか」ということをご相談申し上げたら、先生から「ではやりましょう」とお返事をいただきまして。それで始まったのがこの本でした。
生まれる前のほうがかわいい!?
最相 増﨑先生が産婦人科医になられてからの40年で技術が急速に進歩しました。先生が産婦人科医を始められたときと、今とで、一番大きく変化したことはなんだったんでしょうか。
増﨑 まぁ、胎児が見えるようになったんですね。それまでは見えないのが当たり前で、胎児というのは生まれてくるまで見えるものじゃなかったんです。最近では大きさもだいたいわかっていて、2500gと言われれば、2200か2800ぐらいの間で生まれるわけなんです。おおよそね。でも昔のことを思うと、「それで充分だったんじゃないの?」とは思いますね。「わかるようになって何が変わったの?」と言われると、たいしたことは変わってないです。「前のままでもよかったんじゃないの?」と私は思いますね。どうでしょうか? 最相さんは。
最相 「見える」というのはうれしいと同時に悩ましいというか・・・。
増﨑 まぁ個人的に言うとうれしかったです。胎児大好きなので。
最相 増﨑先生はですねぇ・・・、もう胎児フェチというか(笑)
増﨑 そう。生まれるまでは「かわいいね〜」と(笑)。本当に生まれる前のほうがかわいいんです。なぜだかわかりますか? 重力が弱いからですよ。生まれると目もほっぺたもダラーンとなる。生まれる前はピンッとしてるんです。
1977年に初めて胎児を見てからハマったんですよ。その年は私が医者になった年で、妊婦さんにお願いして、当時、長崎大学病院に1台しかなかった超音波の機械でお腹の中を見たんです。それでめちゃくちゃ感動したんですね。「この丸いのが頭だ!」とね。お母さんはちっとも喜ばなかったですよ(笑)。
最相 それは今でいうエコーですか?
増﨑 そうですね。エコーですね。魚群探知機から発達したやつです。それで胎児にハマっちゃって。ハマらないといい医者にはなれないんですよ。頭だけで考えててもいいお医者さんにならないんですね。ハマるのが大事。
この40年で胎児は私たちの世界の仲間に入ってきた
増﨑 そういえばダーウィンは胎児のことはまったく書いてないんです。
最相 見えていなかったですからね。
増﨑 思いも及ばなかったんだと思うんですね。だから、この40年で胎児は私たちの世界に、仲間に入ってきたんだと私は思ってます。するとお医者さんは病気の子を見つけます。それが仕事だと思ってるんですね。病気の子が見つかると、「治したい」と思うんですよ。それは医者の本能なんです。それでまたいろんなことをやり出すんですが、それがよかったり、人を悩ましたり、いろんなことになっていくわけなんです。
知らない頃のほうが「授かりもの」でよかったのか、あるいはわかるようになったからいいことになったのか・・・。それは人それぞれかもしれないし、100年くらい経って答えが出ることかもしれない。でも、今、現実にお母さんたちが悩んでることはきっといっぱいあると思うんですよ。それの代表的なのがDNAなんですよね。
80年代頃にPCRというDNAを増幅する方法が出てきたときに、自分の血液を採って電気泳動っていうのをやったんですね。そしたら、Y染色体の部分がちゃんと出て、「あっ、自分は男だったんだな」と思ったんです。そしてしばらくすると、1997年くらいに胎児のDNAがお母さんに入ってきてるって話が突然出てきて・・・。性別診断ができるようになるんです。それも妊娠6週とかで。
最相 「男女産み分け」ですね・・・。
増﨑 そうなんです。
最相 この本はですね、結論が何かあるわけではなくて、「こんなことが起こっている」という事実をたくさんご紹介しています。「母体に胎児を経由して父親のDNAが入っているとして、じゃあなんなの?」ということを問う研究者の方もいらっしゃると思うんですけれども、もしそう思うなら「ぜひ調べてみてください」という期待を込めて(笑)。たぶん研究者の方も「こんなにまだいっぱい謎があるんだ」と刺激されると思います。
増﨑 そうですね。
最相 NIPT(新型出生前診断)もいま、メディアで取りあげられる機会が増えて、倫理的なことばかりが注目を集めていますけれども、もっともっと科学的に追求する研究が行われてほしいという希望をたくさん書いてます。
増﨑 そのほうがおもしろいと思いますね。めちゃくちゃ妊娠・出産というのはおもしろい! 「なぜ赤ちゃんは0歳で生まれるんですか?」というのをNHKのチコちゃんに聞いてほしいなって本当に思いますよ。
最相 あははははは!
(つづく)
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