安田登×いとうせいこう×釈徹宗×ドミニク・チェン 論語はやっぱりすごかった(2)

第9回

安田登×いとうせいこう×釈徹宗×ドミニク・チェン 論語はやっぱりすごかった(2)

2019.06.18更新

 こんにちは。ミシマガ編集部です。

 みなさま、ミシマ社の先月の新刊『すごい論語』はすでにお手にとっていただきましたでしょうか。著者の安田登さんと、各分野の達人3人が、『論語』の「楽」「礼」「仁」などをテーマにしながら、自由闊達、天衣無縫に語らった一冊です。

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『すごい論語』安田登(ミシマ社)

 5/25(土)(『すごい論語』の発刊日)に、著者の安田さんと、『すごい論語』に登場してくださった対談相手のいとうせいこうさん、釈徹宗さん、ドミニク・チェンさんの4人全員が一堂に会する、「すごい×すごい×すごい×論語」が、青山ブックセンター本店で開催されました。

 達人4人が、論語を始点に、言葉が生まれる前の遠い昔から、SNSやウェアラブルテクノロジーといった現代の最先端まで、時代を軽やかに飛び越えたトークを繰り広げました。

その模様を2日にわたり掲載します。どうぞお楽しみください!

昨日の記事はこちら

(構成:須賀紘也、星野友里、写真:須賀紘也)

僕らは歌っていたほうがよかった

安田 さっき釈先生が楽屋で、「言語から節を取り払うと、意味性がはっきりしだす。逆に言語に節をつけると、意味性が希薄になる」という話をされていたのがおもしろそうでした。

 私は仏教系の大学に勤めているので、入学式や卒業式や毎月の礼拝ではみんなで念仏をするんですけど、声を出さない学生が多いんですよね。念仏をすること自体にものすごく心理的抵抗があるらしい。このことは他の宗教者からも似たような話を聞きました。どうやら、お祈りの言葉を言うこと自体が、現代人には抵抗があるようですね。
 でも、念仏に「(実演して)なぁあ〜も〜」というように節をつけたら、みんな言うんですよね。 

いとう 「歌ならいい」、ということですね。

 歌だと、意味がわからなくても抵抗がないのかなと思う。節がつくことで、ただ読み上げるのとは、脳の別のところが働きだすのかもしれない。
 この前テレビでやっていたんですけど、事故などで失語症になった人でも、節をつけると言葉が出やすくなるみたいで、「こ〜、ん〜、に〜、ち〜、わ〜」と節をつけると、だんだん言葉が出るようになってくる。それを生かしたリハビリのプログラムもあるということでした。

ドミニク それはすごくよくわかります。僕は重度じゃないですが、子どものころから吃音があるので。重度の吃音症の人の前で、メトロノームのように「バン、バン、バン、バン」と机を叩きながら、「さあ話してください」と言うと、その人が話せる、という場面を見たことがあります。
 逆に、話そうとする中身に意味がありすぎるとか、意味が目の前に立ちはだかっていると、その意味性に圧倒されて、緊張してしまって言葉に詰まる。だから、節がないと意味性が濃くなるという話もその通りだと思う。

いとう 歌い手にも吃音の人は多い。で、歌うと歌えちゃうんですよ。

ドミニク ラッパーにも多いですよね。アメリカのラッパーで、ラップが普通の人と比べて1.5倍ぐらい速いのに、インタビューとかだとほとんどしゃべれていないという人もいる。

いとう しゃべるという当たり前のことって、実はものすごく当たり前じゃない。たぶん、僕らは歌ってたほうがよかったはずなんです。言葉が生まれる以前は歌っていたんでしょう。他の動物たちと同じように。歌で、ちょっとした意味が伝わればそれでよかった。それなのに、しゃべるようになってから、ちょっとの意味を取りこぼしてはいけない、というふうにコミュニケーションの形が変わってしまった。
 しゃべるという、本当に困難なことを我々はやっているのだなという意識をお互いに持てば、もっとすごく楽になると思います。

関西の語りは、同じ波に乗ることが大事

いとう 関西の人って、数を数える時、歌いますよね。

 (実演して)「いち、にー、さん、しー」ってやつですね。

いとう それ僕らはないんですよ。もっと聞かせてください。

会場 (笑)

 (実演)「いち、にー↓、さん↑、しー↓、ごー↑、ろく、しち、はち、くー↑、じゅー↓」

いとう おかしいでしょ、コレ。でも関西の人はみんなコレなんですよね?

 小さな子どもからお年寄りまで、このメロディーで数えます。

いとう 「節がないと数えられない」と言うんですよ。びっくりしちゃって。こういうところで節がまだ残っているというのが、救いになっています。

 基本的には、関西の語りというのは、一人の語りの波に全員が乗っているな、とよく感じます。そこは意味よりもみんなが同じ波に乗ることのほうがずっと大事で。

ドミニク 関西は、日常生活からそういう感じで徹底しているんですか?

 関西で「探偵ナイトスクープ」という番組がありまして。名古屋の奥さんから捜査依頼が来て、「自分の旦那さんは大阪の出身で、たまに法事とかで夫の実家に行くと、あまりのいい加減さに耐えられない!」と。

会場 (笑)

 たとえば、お義父さんに「私、朝青龍って好きじゃないんです。態度悪いでしょ」と言うと、「その通り、強かったらいいというもん違う」と言う。それで旦那さんがそのお義父さんに、「強くないと横綱じゃないんじゃないか」と言うと、今度は「それは強くないとあかん」とか言うんですよ(笑)
 どっちにも乗っかって、最後にわかったのが、そのお義父さんは朝青龍が誰だか知らなかった。

会場 (笑)

 それで台所のお義母さんに、「私、モンブラン嫌いなんですよ。あれ、甘いそばみたいに見えるんです」と言うと、「その通り、あんなんそばみたいや」と。次に旦那さんが「でも栗はおいしいやん」と言うと、「栗はえらい、イガで自分の身を守っている」と言う。結果わかったのは、そのお母さんはモンブランを知らないということだった。

会場 (笑)

 それでその番組の「探偵」が街を歩いて調査すると、全員がそんな感じでいい加減なんですよ。どうなってんだ関西! でも僕はすごくよくわかって、見てて冷や汗が出てきた(笑)。

リズムがつくる「良い加減」

 そんなふうに、関西人の会話は、意味内容よりも、とりあえず会話に全部乗っかっていくんです。

いとう ヒップホップですね。リズムをキープするんですよ。

ドミニク ラップを素読したら、恥ずかしいじゃないですか。「俺の女がー」とか、「俺の車見ろー」とか。節に乗っけているからこそという気がします。

いとう 確かにそう。

ドミニク だから「いい加減」という言葉もおもしろいですよね。関西人の会話が「いい加減」と言うとき、「適当」と同じで悪い意味にもとれるけど、本来は「良い加減」ですよね。

いとう 適切なリズムで入っていけば、言っていることはどうでもいいんでしょうね。「そうそう」とか、いいところで入っていけば、会話の調子がよくなってくるというか。やっぱりコールアンドレスポンスなんでしょうね。

安田 人間の言語について研究している、岡ノ谷一夫先生が、呼吸をコントロールできるのが、人類と鳥類と鯨類だって言うんですね。この3つはだから、歌も歌えると。クジラも歌えますし。この3つの特徴って、歩くときとか動くときに、意味なく手をふると思いません? なぜ人間は歩くときに手を振るのか不思議だと思いません?

いとう 確かにそんなに振らなくても歩けますもんね。

安田 どうもあれって、もともとの歌のリズムの名残なんじゃないかと思っていて。さっきのリズムをとれば言葉が出てくるというのも、そのリズムが体のどこかに残っているからじゃないかと思う。

いとう ・・・これは『論語』の話なんですかね?

安田 ああそうだった!

会場 (笑)

いとう 『論語』の話、全然していないじゃないですか。

 少なくとも、これまでの話で『論語』の何がすごいかはまったくわからないですね。

ドミニク 歌ってすごいなということはわかりました(笑)。

やっぱりすごい!『論語』

 せっかく用意されていたこのプリント(安田さんがイベントのために用意してくださったもの)は、音読しなくてよろしいんですか?

安田 このプリントは、『すごい論語』で取り上げた『論語』のなかでとくに重要なところを書き出してみました。じゃあせっかくだから音読してみましょうか。

(プリントを会場全員で音読) 「子の曰(のたまわ)く、詩に興り、礼に立ち、楽に成る」

安田 この文の意味は、何かを始めるときは、まず詩から学び、次に礼を学んで、最後に楽(音楽)を学ぶことで人格が完成するのだ、ということですね。

 西洋哲学では倫理的段階、次が美的段階、最後が宗教的段階というイメージがあるので、アートとか音楽は信仰よりも下に位置付けられるんですけど、『論語』では、「究極は楽だ」というのがおもしろいですね。

いとう 「礼」といえば、さっき礼儀の話しましたね。あ、じゃあここまでずっと、実は『論語』の話もしていたんですね!

ドミニク 歌から言葉が生まれたというのも、「楽」の話ですしね。ずっと『論語』の話をしてたんだ。むしろ『論語』の話しかしてないですね。

会場 (笑)

いとう 『論語』ってすごいですね! なにを話しても『論語』!(笑)

(終)

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 「『論語』が全然出てこないじゃないか」と不安になったみなさま。実は全部『論語』の話だったのです。

 安田登さんも、『すごい論語』のプロローグで、「『論語』は石油のように、さまざまな分野で応用することができます」(p10)と書かれているように、『論語』は森羅万象に使えるのです。
 なぜ、『論語』がそんなに多彩な引き出しを備えているかといえば、「『論語』の主人公たる孔子が、類まれな多芸多才な人だったからです」(p11)。

 そんないにしえの多才人と、現代の多才人が化学反応を起こした、『すごい論語』、ぜひお読みください!

編集部からのお知らせ

安田登さんの名著『あわいの力』も合わせてどうぞ!

 古代人には「心」がなかった――
 「心の時代」と言われる現代、自殺や精神疾患の増加が象徴的に示すように、人類は自らがつくり出した「心」の副作用に押し潰されようとしています。「心」の文字の起源から、「心」に代わる何かを模索するこの本。
 『すごい論語』と合わせて読んでみてください!

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『あわいの力』安田登(ミシマ社)

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