胎児のはなし

第1回

『胎児のはなし』発刊記念 最相葉月さんインタビュー(1)

2019.01.21更新

いよいよ来週、今年のミシマ社の本1冊目、『胎児のはなし』が発刊となります。

syoei taiji.jpg最相葉月、増﨑英明『胎児のはなし』(ミシマ社)

名著『胎児の世界』(三木成夫著)が発刊された1983年から36年。その間に、超音波断層法や遺伝子解析など、さまざまな技術が進歩して、新たな科学的発見や医療技術が次々ともたらされています。出生前診断や生殖補助医療といった、現代的なテーマにかかわるものの、なかなか一般の人たちの知るところにはなりづらい、胎児のはなし。

本書は、約40年にわたり、産婦人科医として胎児医療の先端におられた長崎大学病院長の増﨑英明先生に、ノンフィクションライター・最相葉月さんが生徒となって、胎児にまつわる素朴な疑問から最新医療にまつわる質問までを投げかけた対話からなる一冊です。

今回のインタビューでは、なぜ胎児というテーマに興味をもたれたのか、生命科学や生殖医療について思うことなど、本を書き終わった最相さんに、あらためてお話を聞かせていただきました。

(聞き手:三島邦弘・星野友里、構成:星野友里、中谷利明)

0121_1.png最相葉月さん

科学の問題点は科学によって克服される

―― 最相さんが胎児に興味を持たれたのは、どういうきっかけだったのでしょうか?

最相 それは、お話しするととても歴史が長いのですが、「クローン羊ドリー」が世に発表された1997年、そのことをきっかけに生命科学に関する取材を始めました。そのころは、再生医療のために受精卵を壊し、組織や臓器を再生させるということに対して大きな議論が起こった時期だったんですね。
 「幼若」という言葉が本書の中にも出てきますが、受精卵や胎児は何にでも変わり得る非常に初期的な細胞でできているので、それを使って組織や臓器を再生させるということを実際にやる研究者が、当時は世界的にいたんです。
 パーキンソン病患者の脳に、中絶した胎児の脳の神経細胞を移植するという手術も実際にありました。本当に背筋がゾッとしたのですが、「捨てるから使っていい」という考え方が非常に恐ろしいなと、取材しながら感じていたんですね。
 いまでは山中伸弥先生がノーベル賞を受賞された"iPS細胞"という技術で、体細胞からの再生医療が可能になってきているので、受精卵や中絶した胎児の細胞による治療というのは当時ほど耳にしなくなりました。iPS細胞が発見されて、多くの研究者がそちらに移行したためもあるでしょうが、やっぱり科学の問題点は科学によって克服されるんだなと思いました。

生殖医療を取材して思ったこと

最相 生殖医療も、10年くらい前はよく取材をしていました。戦後まもなく国内でAID(非配偶者間人工授精)が始まったときに、どういうことが行われていたかということを調べているなかで、子どもができないということへの非常な劣等感や、「半分(母親)だけでも血のつながりがある子どもが欲しい」というところからその技術が使われたことを知ったり。
 ここ数年、AIDによって生まれた人たちが自分の遺伝的な父親を知ることを求めて慶應義塾大学の名簿を調べたりするということが起こっていますが、やっぱり、本当の当事者というのは子ども本人であると思うんです。そういうところを置き去りにしてきたのが生殖医療で。とても物議をかもすはずなのに、みんながあまり語ってこなかったことが、この10年くらいですごく議論になってきていると思います。
 その後も、精子の運動能力が低くて体外受精ができない場合に、医師やエンブリオロジストという技術者が顕微鏡をのぞきながら元気そうな精子を採取して卵子に注入する"顕微授精"というものすごい技術が生まれてるんですよね。元気そうな精子を選ぶそうですが、何をもって元気とみなすのか。それは、ほとんど人体実験のようなもので。それで生まれた子どもたちが身体的にどうなったかという追跡研究もなく、「やってみたらできた」という既成事実がどんどん作られていったという状況があったんです。

胎児の動画を見て「なっ、なんだこれ!!」

最相 そういう現実があるなかで私も、だからといってどうすることもできず、そのことはちょっと棚上げして忘れかけていたんですよ。そしてたまたま去年、下北沢のダーウィンルームのイベントに、ダーウィンの『種の起源』の新訳をされた渡辺政隆さんに呼んでいただき、それがきっかけで増﨑先生とのご縁が生まれて、先生から『密室』というご著書を送っていただいたんです。拝読して、「これまで会った産婦人科医の先生と全然違うなぁ」と感じまして。『胎児のはなし』の前半で紹介しているんですが、人類の誕生から今に至る歴史のなかで、子どもはどういうふうに生まれてくると考えられてきたかを国内外の史料をもとに幅広く考察されていて、「おもしろい先生だなあ」と思ったわけなんですね。
 その後、長崎大学にうかがって増﨑先生の話をうかがうことがあったときに、生殖医療や超音波診断の画像が出てきまして。私はせいぜい海底レーダーみたいものでぼんやり胎児が映るものしか知らなかったんですけど、いまは3Dで、しかも動画で、むちゃくちゃ顔がはっきり映るんですね。それを見たときに、「なっ、なんだこれ!!」となったんです(笑)。
 手とか足、体も動くんですけど、表情が、なんていうのかなぁ、あくびみたいな感じになったり、しかめっ面したり、泣いてるようにクシャ〜と老人みたいになったりとか(笑)。「こんなにはっきり見られるようになってきたのか。これは知らなかったな」と。

こんなに不思議で尊いものが育まれてきた

最相 一番びっくりしたのが、本書にも出てくる、お父さんのDNAが胎児を通じてお母さんに入ってるっていう話なんですね。しかも、それによって病気が現れる人もいるけれど、大半の女性は拒絶反応を起こさずに普通に生活している。夫婦は他人だと思っていたのに、「他人じゃないんだ!」「つながってた!」「子どもができるとつながるんだ!」ということに驚いたんです。知らなかったことを知る喜びはもちろんですが、それを知ったら家族関係とか子どもに対しての見方がかなり変わるだろうなと思いました。
 そのときに、私がずーっと悩んできた倫理的な問題、当事者を無視したかたちでの技術の進歩などがフワァ〜ッとつながって。胎児のことをより知っていくことによって、倫理的な議論を飛び越えられるんじゃないかと。こんなに不思議で尊いものが原始生命の誕生から40億年にわたる歴史のなかで育まれてきて、いまに至ってるということが見えてくるんです。
 倫理とか道徳とかいっても、みんな「それは人それぞれじゃないの」とか、「時代で価値観は変わる」なんて言うわけですよね。だけどそんなことを言う前に、現場で起こってわかってきたいろいろな事実をまず知りましょうと。産婦人科医であってもとくに意識しなかったり、疑問にもたなかったりした生命の事実、それに目を止めていたのが増﨑先生だったんです。「それってすごいじゃないですか!」「これはもっと知りたい!」と、興味を持ち始めました。

⬛︎後編の記事はこちら

ミシマガ編集部
(みしまがへんしゅうぶ)

編集部からのお知らせ

最相葉月さんと増﨑英明さん、イベント登壇!

『胎児のはなし』が生まれるきっかけになった、ダーウィンルームさんの「DARWIN DAY」。
毎年ダーウィンの誕生日前後に開催されるこのイベントに、今年は最相葉月さんと増﨑英明さんが登壇します!
<「胎児のはなし」最相 葉月さん+増﨑 英明さん+渡辺 政隆さん>と題して、ダーウィン研究の第一人者である渡辺政隆さんをホスト役に、命の不思議、尊さについて語り合います。

■日時:2月9日(土) 18:00~20:00
■場所:下北沢・ダーウィンルーム2Fラボ
■料金:一般¥2,500、大学生¥1,500、高校生以下 ¥1,000 /ドリンク付き
■主催:好奇心の森「ダーウィンルーム」

※DARWIN DAY:『種の起源』を記したダーウィンの誕生日に世界中で行われているイベントです
 ダーウィンルームさんの今年のDARWIN DAYは、「胎児のはなし」を第1夜として、4夜にわたってイベントが開催されます。

詳細・お申込みはこちら

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 斎藤真理子さんインタビュー「韓国文学の中心と周辺にある

    斎藤真理子さんインタビュー「韓国文学の中心と周辺にある"声"のはなし」前編

    ミシマガ編集部

    ハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞により、ますます世界的注目を集める韓国文学。その味わい方について、第一線の翻訳者である斎藤真理子さんに教えていただくインタビューをお届けします! キーワードは「声=ソリ」。韓国語と声のおもしろいつながりとは? 私たちが誰かの声を「聞こえない」「うるさい」と思うとき何が起きている? 韓国文学をこれから読みはじめる方も、愛読している方も、ぜひどうぞ。

  • 絵本編集者、担当作品本気レビュー⑤「夢を推奨しない絵本編集者が夢の絵本を作るまで」

    絵本編集者、担当作品本気レビュー⑤「夢を推奨しない絵本編集者が夢の絵本を作るまで」

    筒井大介・ミシマガ編集部

    2024年11月18日、イラストレーターの三好愛さんによる初の絵本『ゆめがきました』をミシマ社より刊行しました。編集は、筒井大介さん、装丁は大島依提亜さんに担当いただきました。恒例となりつつある、絵本編集者の筒井さんによる、「本気レビュー」をお届けいたします。

  • 36年の会社員経験から、今、思うこと

    36年の会社員経験から、今、思うこと

    川島蓉子

    本日より、川島蓉子さんによる新連載がスタートします。大きな会社に、会社員として、36年勤めた川島さん。軽やかに面白い仕事を続けて来られたように見えますが、人間関係、女性であること、ノルマ、家庭との両立、などなど、私たちの多くがぶつかる「会社の壁」を、たくさんくぐり抜けて来られたのでした。少しおっちょこちょいな川島先輩から、悩める会社員のみなさんへ、ヒントを綴っていただきます。

  • 「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    後藤正文

    本日から、後藤正文さんの「凍った脳みそ リターンズ」がスタートします!「コールド・ブレイン・スタジオ」という自身の音楽スタジオづくりを描いたエッセイ『凍った脳みそ』から、6年。後藤さんは今、「共有地」としての新しいスタジオづくりに取り組みはじめました。その模様を、ゴッチのあの文体で綴る、新作連載がここにはじまります。

ページトップへ