第1回
『胎児のはなし』発刊記念 最相葉月さんインタビュー(2)
2019.01.22更新
いよいよ来週、今年のミシマ社の本1冊目、『胎児のはなし』が発刊となります。
名著『胎児の世界』(三木成夫著)が発刊された1983年から36年。その間に、超音波断層法や遺伝子解析など、さまざまな技術が進歩して、新たな科学的発見や医療技術が次々ともたらされています。出生前診断や生殖補助医療といった、現代的なテーマにかかわるものの、なかなか一般の人たちの知るところにはなりづらい、胎児のはなし。
本書は、約40年にわたり、産婦人科医として胎児医療の先端におられた長崎大学病院長の増﨑英明先生に、ノンフィクションライター・最相葉月さんが生徒となって、胎児にまつわる素朴な疑問から最新医療にまつわる質問までを投げかけた対話からなる一冊です。
今回のインタビューでは、なぜ胎児というテーマに興味をもたれたのか、生命科学や生殖医療について思うことなど、本を書き終わった最相さんに、あらためてお話を聞かせていただきました。
(聞き手:三島邦弘・星野友里、構成:星野友里、中谷利明)
最相葉月さん
この先生とだったら、ものすごく出産が楽しいんじゃないか
―― 本書を読むと、増﨑先生の魅力がジンジンと伝わってきます。最相さんから見て、増﨑先生はどんな方ですか?
最相 増﨑先生は、妊婦のお母さんを連れてきて、ずーっと1日中、胎児のおしっこの量を測ったりするような方なんですね(笑)。臨床の人でありながらものすごく知的好奇心旺盛で。そういうことを研究しちゃおうと思える。だから臨床家と研究者両方の感性をお持ちだと思うんですね。
そして、「この先生とだったら、ものすごく出産が楽しいんじゃないか」と思えるんですよ。ここ最近は妊婦の血液を検査する新型出生前診断(NIPT)ができて、それを受ける受けない、あるいは受けたあとの産む産まないの選択について、不安を覚える方も多く、出産自体があんまり楽しいものと思えないような時代になってしまいました。
そんな時代だったとしても、増﨑先生なら、どっちを選んだとしてもポジティブに「産むこと」をとらえてくださる。産むことも断念せざるをえなくなったとしても、「あなたが十分考えた上で決めたんだったらそれでOKです」ということを言ってくださるだろうと。
「みんなでやってるからできる」
最相 長崎で懇親会があって、新人の医師の方々を交えて卓袱料理を飲み食いするという場に、私もなぜかお招きいただいたことがあったんです。そこで、増﨑先生と若い人たちとのコミュニケーションを見ていて「いい医局だな」と思いましたね。人数は知らないんですけど女医さんが多いんですよ。すごくたくさん子どもを産んでいる人とか、あと、血を見ても平気で手術大好きみたいな先生もいるし(笑)。
大学病院の産婦人科というのは厳しい現場のはずなんですよね。普通のクリニックでは産めない人たちが大学病院に送られてきたりするので、悲しい現場にもたくさん立ち会ってこられたと思うんですが、ある女性の先生が「みんなでやってるからできる」と。やっぱりお医者さんも、ひとりで抱えるのは大変ですよね。だから、チームであたることによってお互いが支え合える。「いいチームだな」と思いましたね。
「ぶっちゃけどうなんですか?」と訊ける先生
最相 それからこれも大事なことなのですが、妊娠して出生前診断を受け、お腹の中が見えるということは、本来は見たいと思わなかったものが見えてしまうということでもあるわけで、それに対して医師と夫婦がどういうコミュニケーションを行っているかというのは、あまり表に出てこなかったんですよね。当事者以外には口を出せない部分でもあったので。
「こういうことがある!」「問題だ!」ということばかり言われるけど、「じゃあ私はどうする?」というのは、もし自分がその立場に立ったらなかなかわからないと思うんです。
それで、「ぶっちゃけどうなんですか?」ということを増﨑先生になら訊けるかなと思ったんです。増﨑先生は1977年に医師になられたので、超音波診断のあけぼのから、いまの3D映像とかNIPTとかが出てくる生殖医療の発展期をずーっと第一線でやってこられた。
増﨑先生の半生をたどることによって、技術の進歩がわかるし、そのときにどういう困難があったか、どういうふうに乗り越えてこられたか、ということもわかるだろうと思いました。
技術の進歩によって、大きな悲しみもありますが、おもしろいポジティブなこともたくさん見えるようになって、見ることによって、もっともっと尊さがわかる。それを語ることができる先生でもあったわけなんです。
「人類としてこのままでいいんだろうか」という大きな問い
―― 生殖などのことについては、知りたさと知りたくなさが半々くらいというか、微妙なエリアだなと感じます。『胎児のはなし』では、最相さんが必ずしも「科学的」「倫理的」というところだけではなく、ひとりの女性として質問をされているところもあるように感じて、いろんな位相が対話の中にあるのが、とてもよかったです。
最相 増﨑先生が「なんでも聞いてください」と言ってくださって、タブーなく受け入れてくださったことが、よかったかもしれないですね。
私は子どもが欲しいと思ったことがないんですよ。でも年賀状をいただいて「子どもができました」という写真が載っていたりすると、やっぱり妙齢の時代はすごく複雑だったんですよね。自分はそういう「普通の家族」をつくることができなかったんだという。
世の中の一般的なことを見すぎて、ちょっと悲しくなった時期は確かにあったんですけど、それをある程度乗り越えて生命科学の取材をしていくと、なんか「私が」ということではないレベルの、「人類としてこのままでいいんだろうか」という大きな問いに直面したんです。
先生も何度もおっしゃってますけど、選んでるわけなんですね。私たちは。深刻な病だけでなく、生まれてもちゃんと生きていける病までがどんどん妊娠の段階で除外されて、減ってきているわけなんです。本書にも「優生思想」という言葉が出てきますけれども。
選択を迫られてしまう時代に
最相 今までだって私たちはずーっと選んできたけれども、今あらためて本当に手軽に選べる時代になってしまった。私が生まれた時代に出生前診断は一般的ではなく、「選ばれる」「選ばれない」で生まれてきた人間ではないので、そんな究極の選択を迫られる今の人たちがとてもかわいそうだし、それによって選ばれたり選ばれなかったりする命があるということも、とにかくすごく悲しいなと思ったんです。本当はすごく悲しいことに直面しているということを、当事者さえあまり意識していない。
つい先日も、出生前診断についてネットにニュースが出て、それに対して「出生前診断に反対する人たちがいるけれども、自分たちがそういう立場になったらどうなのか、他人が口出しできる問題ではない」みたいなことを、けっこう多くの人たちがコメントしてたんです。それってすごく古くからある議論で。
自分のことは自分で決めるという「自己決定」は、長い時間をかけて当事者が手にした大事な権利ではあるわけですけれども、そのことばかりが前面に出てくることによって、「いや、自分はそうは思わない」という個々の思いが踏みにじられてしまうということがあるんです。
あなたがここにひとつ、そういうコメントをすることによって、たとえば出生前診断を選ばずにダウン症の子どもを育てている人たちがやっぱり穏やかではいられないだろうし。生殖の世界って、すごく想像力のいる世界なんですよ。生命科学のときもそうでしたが、こう書くことによって、傷つく人はいないかどうか、ということを常に常に想像しながら文章を書いていかないといけない世界だと思っています。
『胎児のはなし』に戻りますと、本をつくるにあたっての増﨑先生と私の合言葉は、「おもしろくて、役に立たない本にしましょう」でした。先ほどのような大事な問題についてしっかり真面目に語り合いつつも、胎児の世界のおもしろさには何度も二人で笑い転げています。だれもがかつては胎児でした。妊娠出産の経験者だけでなく、すべての人に関係のある話ばかりです。ぜひ多くの人に手にとっていただければうれしいです。
(終)
編集部からのお知らせ
最相葉月さんと増﨑英明さん、イベント登壇!
『胎児のはなし』が生まれるきっかけになった、
毎年ダーウィンの誕生日前後に開催されるこのイベントに、
<「胎児のはなし」最相 葉月さん+増﨑 英明さん+渡辺 政隆さん>と題して、
■日時:2月9日(土) 18:00~20:00
■場所:下北沢・ダーウィンルーム2Fラボ
■料金:一般¥2,500、大学生¥1,500、高校生以下 ¥1,000 /ドリンク付き
■主催:好奇心の森「ダーウィンルーム」
※DARWIN DAY:『種の起源』
ダーウィンルームさんの今年のDARWIN DAYは、「胎児のはなし」を第1夜として、