第1回
小田嶋 隆×仲野 徹 「依存」はすぐとなりに(2)
2018.05.15更新
2018年2月、コラムニストとして活躍する小田嶋隆さんが、自身のアル中時代を初めて語った『上を向いてアルコール 元「アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社)が刊行になりました。現在、テレビやメディアでも話題沸騰中です!
『上を向いてアルコール 元「アル中」コラムニストの告白』小田嶋隆(ミシマ社)
「誰もが依存症になる危険性を孕んでいる、ということを意識するためだけでも、この本は十分に読む価値がある」と本書を絶賛くださる阪大医学部教授・仲野徹先生とおこなった対談の模様を、全2回でお届けします(前編はこちら)。
アルコール依存とはどんなものなのか? 思った以上に身近にある「依存」について、爆笑を交えながらの白熱トークとなりました。
(2018年4月17日スタンダードブックストア心斎橋にて収録/構成・写真:新居未希)
脱アル中は「失恋」に似ている?
小田嶋隆(以下、小田嶋) お酒の問題は、やっぱり「安い」ってことですね。
仲野徹(以下、仲野) あ〜、そうですよね。
小田嶋 お酒を飲んで、お酒にはまって、そこから「抜けました」と言うのはわりと他人に説明しにくい感覚なんですよ。タバコともちがうんです。
タバコって、やめる期間はけっこうキツイし、やめるまでの間もなかなか依存がある。でも、酒の依存とはぜんぜん性質がちがっていて。タバコもやめたからよくわかるんですけどね。
何がちがうかというと、酒の場合は、お酒とともにあった経験があることです。酒を飲みながら聴いていた音楽が、酒なしで聴くとどれだけつまらないか。酒なしで観る野球は「いい大人が何をやってるんだ」となって、とてもつまらないんですよ。それが何に似てるのかというと、最近発見したのは 「失恋」です。
仲野 すみません、先生。いまちょっとわかりにくかったです(笑)。
小田嶋 突然話が飛ぶようなんですけど、たとえば、5年付き合ってた女がいたとします。仲のいい時期もあるし悪い時期もあるけど、とりあえず5年付き合って、ディズニーランドに行って不愉快な思いしたり、いろいろあった。お互いに気にくわないところが積もり積もって、「もうお前とはやってられない」という話になって、別れたりしますよね。
でも、5年付き合ったってことは、いろんなところに行くのにいつも一緒にいたり、何かあったときに電話して愚痴こぼしたり。パートナーだったわけじゃないですか。嫌いだから別れたはずなのに、喪失感はすごく大きいんですよ。
そうすると、別れたのに1週間後に「どうしてる?」なんて電話するみたいな、およそみっともないことをしたりして。そこでよりを戻したり別れたりを繰り返しながらまた1年間過ごしたり。
でも、相手が人間だと、「いい加減にしてくれ」と言って二度と電話に出なくなったりしますよね。そうするといよいよ別れないといけなくなるんだけど。でもお酒って・・・
仲野 安いから。いつもそこにいてくれるわけですね。
小田嶋 「どうしてる?」って電話するとすっ飛んできますからね。
仲野 ははは(笑)。
小田嶋 100円なり、200円なりで、いつでも手に入るんですよ。200円でストロングゼロとか売っちゃいかんですよ。だって、大の大人が1000円で我を忘れられる経験って今ないですよ。
仲野 僕もいろいろ本を読んでみて気づきましたけど、いまビールの広告で「ゴクゴクッ」って音とか、喉仏を映すのは自主規制されてるらしいですね。あまりに「おいしく思わせすぎる」という広告はダメだと。それでも日本はずいぶん甘いと書いてありましたね。
小田嶋 タバコはやめたときにやめた虚しさっていうのは若干あるんですけど、やめたメリットにすごくわかりやすいのがたくさんあるんですよ。歯が良くなるとか、荷物が減るとか、金がかからないとか・・・。
酒は、いろいろトラブルから解放されるとか、きれたときに憂鬱がなくなるとか、わかりやすいメリットもあるんだけど、いろんなことがつまらない。これはけっこう長年続きますよ。
スマホを忘れたときの、あのパンツ履いてない感じ
仲野 アルコール中毒、アルコール依存症とかギャンブル依存症の人の数が多いとは言いますけど、やっぱり「自分に関係ないわ感」がどっかにあるんですね。「そんなもん、ならへんわ」という根拠のない自信があるんですけど、小田嶋さんが本の終盤にも書かれている「ネット依存」は、誰もがかなり危ないのではないかと。
小田嶋 ネット依存が人間の命を奪う依存なのかというと、「依存しながら生きていきゃいいじゃん」といえばその通りなんだけど。「依存」って実は、依存しているときにはあまり浮かばない話で。
たとえばスマホを置き忘れて、外に出て1日過ごさなきゃいけなくなったと。そのときの、あの、心の中に風の吹く感じ?
仲野 心細い感じがしますよね。
小田嶋 パンツ履いてない感じ。
仲野 おぉ、それは近いですよね(笑)。
小田嶋 最近の若い人たちは「丸腰」って言うらしいんです。「今日、丸腰で出てきちゃった」と。武士が「刀忘れた」に近い心細さが、スマホを忘れるとある。
仲野 つい何年か前まではそうやったんですけどね。10年前くらいまでは誰もがそう。
小田嶋 そうですよ。だってみんな持ってなかったわけですから。なきゃないで済んでたし、ない上でみんな暮らしてたのに、今はもうないと心細くてどうしていいかわからなくなる。電車乗っててもそわそわしてきて、中吊りの広告とか見て「俺何してるんだろう」とかなっちゃうでしょ。
あれは明らかに依存症の症状なんですよ。酒飲みが酒を飲めないときに非常にそわそわして、イライラして、最終的にひどい憂鬱に陥っていくっていうのと、心理的にはほとんど一緒です。
今、ネット環境なりスマホなりを丸3日取り上げられて、伊豆の初島あたりに閉じ込められたら、けっこう半狂乱になる人たちがいると思うんですよ。
仲野 僕なんか大学教授のわりによく休む方なんですけど、初めの2、3日ってものすごく寂しいんです。メールでもチェックせなものすごいさみしいんですけど、4日くらい経ったらだいぶ平気になりますね。まだ依存になってないからですかね。
小田嶋 いやぁ、それはよくわからないですね。アルコール依存の場合は身体を壊すし、人間関係も社会生活も破壊されるからまずい依存なんだけど。
「スマホ依存はそうじゃないだろ」というふうに思えるかもしれないけど、それなしでは生きていけなくなるものを自分の中に作るということは1個弱点ができるということだから、やっぱりたまには抜く生活をしたほうが無難だと私は思いますよ。
必要なのは、アル中警察(的な人)と医療
仲野 もうひとつ、たとえばアルコール依存とか薬物依存は完全に断つことが可能ではありますよね。でも、ネット依存は完全に断ち切ることは、ちょっともう不可能とは言いませんけど、ほぼ不可能というか・・・
小田嶋 そうですね。法律で禁じられてもいないし、刑務所にでも入れば別ですけど。
でもこれって、きっと我々が車に乗るようになったら徒歩旅行をやめちゃったとか、電話っていうものを手に入れてからは直接会いに行ってということから遠ざかったという文明の段階のひとつで。ネットって環境が出来ちゃった以上は我々はあと戻りはもう出来ないわけなんですよね。そこを起点にして生活をするわけですけれど、それが当たり前だと思うことに対して、ときどき「ちがうんだ」と思わないと。
仲野 この本を読んで、依存症については、「こういうことが起こり得る」ということを頭に入れておくことがものすごく大事なことだろうと思いますね。
小田嶋 そうですね。アルコール依存家庭で育った子どもは、すぐにわかるわけですよ。「小田嶋さん、それやばいですよ」と一番先に指摘してくれたのは、自分の父親がアルコール中毒だった編集者ですから。もしかしたらそういう人が、アル中警察みたいな人たちが大切なのかもしれないですね。私もわりと警察の一員ですから。
仲野 これを警察ガイドブックみたいな感じにしてもらったらええかも(笑)。
小田嶋 そうそう。友達のなかでも、こいつはあるところまで片脚入ってるなぁとかはわかりますね。
仲野 そんなとき、救いだせますか?
小田嶋 でも言い方が難しい。まっすぐ指摘して、「じゃあやめるよ」って話じゃないですからね。
これはやっぱり、医療が関わって、ライフガードみたいな人が浮き輪を投げて引き上げないとダメ。「やめたほうがいいんじゃないか?」って、精神論では何にもならないですよね。
(終)
プロフィール
小田嶋 隆(おだじま・たかし)
1956年東京赤羽生まれ。幼稚園中退。早稲田大学卒業。一年足らずの食品メーカー営業マンを経て、テクニカルライターの草分けとなる。国内では稀有となったコラムニストの一人。著書に『小田嶋隆のコラム道』(ミシマ社)、『ポエムに万歳!』(新潮文庫)、『地雷を踏む勇気』(技術評論社)、『超・反知性主義入門』(日経BP社)、『ザ・コラム』(晶文社)など多数。
仲野 徹(なかの・とおる)
1957年大阪市旭区千林生まれ。大阪大学医学部医学科卒業。3年間、内科医として勤務の後、真面目な基礎医学研究者の道に。ドイツ留学などを経て、1995年から大阪大学教授。希少価値を求めて、お笑い系生命科学研究者の道を真摯に歩んでいる。著書に、『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(学研メディカル)、専門分野で、一般には難解と不評の『エピジェネティクス』(岩波新書)、そして現在絶賛発売中の『こわいもの知らずの病理学』(晶文社)など。3月生まれなので、小田嶋さんとは同学年です。