第1回
特別寄稿 医師・佐藤友亮さん「罰するよりも大切なこと」
2018.05.16更新
「特集」では、コラムニスト・小田嶋隆さんと、阪大医学部教授・仲野徹先生の対談を全2回でお届けしてきました。
小田嶋さんがその体験を初告白したアルコール依存症(アルコール中毒)だけでなく、ネット依存やそのほかの依存など、思った以上に自分のすぐ近くに「依存」はあるのだなと改めて感じる対談でした。
本特集の最後に、リニューアル前のミシマガジンで「
罰するよりも大切なこと
現代社会では、様々な行動に対して依存(症)が起こることが問題になっていますよね。
依存症の代表選手といえばアルコール依存症ですが、それでは、どのあたりまでの大酒飲みはセーフ(正常の人あるいは、依存症予備軍)で、どこまで行ったらアウト(依存症患者)になるのでしょう。
医学の世界では、「社会的あるいは身体的に問題が起こっているのに、特定の行動を止めることができない状態」を、依存症と呼ぶことになっています。一方、カウンセラーの信田さよ子さんは、依存症診断のポイントは、「特定の行動によって、周囲の人が『困る』という状況がうまれていること」だと言っています。社会生活において深刻な問題を生じているかどうかが、依存症診断の大きな要素になるわけですね。
ひとりぼっちで豪邸に住んでいる大金持ちの老人が大量飲酒していても、それが、金銭トラブルや人間関係の問題につながらない限り、老人のアルコール依存症が表面化する可能性は低くなります(それはそれで、本当は問題がありますし、可哀想なわけですが)。
依存症を、周囲の人間が「困る」病気ととらえてみると、以前は全く別の枠組みで考えられていた問題行動が、依存症の枠組みで説明できることがわかってきました。
その例として比較的理解しやすいのは、盗癖と性暴力でしょう。かつて、盗みや性暴力は、一時の気の迷いによって衝動的に行われるものとして考えられがちでした。「できごころ」として行われた問題行動に対しては、相応の罰(学校での処分や、刑事罰)を与えることで、加害者に反省を促すということが、行われてきました。しかし、どうもそれだけでは再犯が後を絶たないのです。
この状況に対して、依存症という観点からのアプローチは、「自分自身の問題に対して、自分は悩まずに人を悩ます(困らせる)という対処法を取ってしまう人」の存在を浮き彫りにしました。心理学者の藤岡淳子さんは著書のなかで、下記のような説明をしています。
性犯罪は、性的欲求や衝動にのみよるものではない。それは、支配や優越、強さの主張といったさまざまな欲求から行われる。性犯罪は、けっして衝動的に行われるものではなく、自己の欲求を充足させるため、合目的的に、いわば計画的に行われる*1
このことからすると、依存症とは、「特定のストレスへの反応として、周囲の人間を『困らせる』誤った行動パターンを持ってしまった人」ということになります。
このようなとき、問題行動を起こした人に、罰を与えたり、反省を促したりすることは問題の解決につながりません。そのやり方では、依存症による問題行動の再発(再犯)の可能性を減らすことができないのです。
必要なのは、誤った行動パターンを理解し、それを修正することです。それが、依存症に対する治療教育というアプローチです。
加害者に対して単なる刑罰を与えるのではなく治療的介入を行うという考え方は、安全な共同体や社会を作る上で、すでに無くてはならないものになっています。
*1『性暴力の理解と治療教育』藤岡淳子(誠信書房)
プロフィール
佐藤友亮 (さとう・ゆうすけ)
1971年盛岡市生まれ。医学博士、日本内科学会認定内科医、血液専門医。1997年岩手医科大学医学部卒業。初期研修後、血液内科(貧血や血液がんを診る内科)の診療に従事するも、白血病の治療成績に大きな困難を感じ、2001年に大阪大学大学院医学系研究科入学。大学院修了後、阪大病院の血液・腫瘍内科で、血液学の臨床と研究を行う。2012年より神戸松蔭女子学院大学准教授。2002年に、東洋的身体運用に興味を持ち、神戸女学院大学合気道会(内田樹師範)に入会。2017年現在、合気道凱風館塾頭(会員代表)として道場運営に携わる。公益財団法人合気会四段。神戸松蔭女子学院大学合気道部顧問。
これまでに佐藤友亮さんがミシマガジンに登場してくださった記事はこちら。
■本屋さんと私 第202回 佐藤友亮さんは、「医者」であり「武道家」です