第75回
『菌の声を聴け』発刊記念 タルマーリー(渡邉格・麻里子)×大橋トリオ×ナガオカケンメイ 「パンとビールと音楽と ~長く、深く、ちょっと広く届けるものづくり~」(前編)
2021.07.27更新
『菌の声を聴け タルマーリーのクレイジーで豊かな実践と提案』の刊行を記念して、著者のタルマーリー渡邉格さん・麻里子さん、シンガーソングライターの大橋トリオさん、デザイン活動家のナガオカケンメイさんの三者によるトークイベントが開催されました。
「パンとビール」「音楽」「デザイン」、フィールドは違えど、実は考え方において共通点も多い三者。
主役ではなく脇役になるようなパンづくり、熟成が命のビールづくりなど、世の中の主流とは一線を画しつつも、たんに小さな手仕事に留まることなく、機械導入、地域を巻き込んだ環境づくりなど、より「広く」「長く」届ける努力も続けるタルマーリー。
一方、音楽家として、映画やテレビへの楽曲提供など、よりマスに、ポピュラーに届く音楽活動を展開する大橋トリオさん。
自分なりの「深いこだわり」と、世の中に「広く届けること」のあいだで、どのように考え、生み出し、届けているのでしょうか?「ロングライフデザイン」を軸に、各地で長く愛されているデザインを追求してきたナガオカケンメイさんにナビゲーターになっていただき、それぞれのものづくりの核心に迫りました。
「大量生産・大量消費」の時代を越えて、これからの創作・生産・流通のヒントを求めるすべての方にお届けしたいお話の数々。
ミシマガジンではトークの一部を抜粋し、二回にわけてお送りします!
(*本トークイベントは、2021年6月21日、本屋B&Bさん主催のオンライン配信イベントとして開催されたものです)
構成:染谷はるひ
「社会が悪いんじゃ!」から「みんなの生活に驚きを」へ
ナガオカ まず『菌の声を聴け』を書くにあたって考えておられたことをうかがいたいです。
格 本の中核をなす問題意識のひとつは、子どものころから社会に感じてきた違和感です。世の中には同じような「いいもの」が氾濫している。そしてそれを「美しい」「かっこいい」と認めない人は変だという空気がある。私自身はあまのじゃくだから、たとえば若いころはパンクしか聴かなかったし、ちょっと人と違うことをやりながら生きてきたんです。
社会の重苦しい違和感をどうやったらぶち壊せるかを、菌をとおして、またパンづくりの源泉をたどることで書こうとした本です。
大橋 前作の『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』とはどう違いますか?
格 『腐る経済』はまだ自分が労働者の立場だったんです。鬱屈した精神のなか「社会が悪いんじゃ!」と言っていた本だったと思います。
『菌の声』は親方として社員を抱える立場から、画一化を打破するおもしろい商品でみんなの生活に驚きを与えるんだと言いたくて書いた本です。あのころより成長したところをお見せできるんじゃないかと思います。
ナガオカ 『腐る経済』を読んだ方は『菌の声』をよりおもしろく読めると思います。タルマーリーは日々格闘しながら社会にむかってパンとビールをつくっているので、そのドタバタ劇がおもしろいですよね。
麻里子 本当にたたかってきましたね。とくにパンづくりは毎日発酵させて焼く。気が抜けないので本当に大変だったんです。
(左上:タルマーリーの渡邉格さん・麻里子さん、右上:ナガオカケンメイさん、下:大橋トリオさん)
タルマーリーはジャズじゃなくてJ‐POPでしょ
麻里子 智頭に移転して、格はパンづくりからビールづくりに移行しました。それもけんかしながら二人でやってきて。
格 ビールは昔からつくりたかったんです。ただ、なんでつくらなきゃいけないのか自分でもよくわからなかった。でもビールづくりでできた酵母をパンに使ってみたら「タルマーリー式長時間低温発酵法」が生まれた。結果として最高のイノベーションができたと思います。
麻里子 結果オーライにするのが大変なんですよね・・・。格は10年前から大橋くんにもビールつくりたいって話してたんですけど、あのときは本当にやるって思ってました?
大橋 また言ってるなと思ってたけど、この人は絶対やりとげるとも思ってました。
麻里子 ほんとに!?(笑)
大橋 格さんは実現型ビッグマウスなんで。後に引けない状況を自分でつくってるのかなと。
ナガオカ 大橋さんから見て、タルマーリーと自分のものづくりで似てるところはありますか?
大橋 自分でしかつくれない世界観を表現して、唯一無二をめざすところが似てると思います。僕と違ってすごいなと思うのは、社会規模で話しているところ。ゆくゆくは僕もタルマーリーみたいに音楽で別次元の話を述べていきたい願望があります。よりよい音楽社会の土壌をつくっていきたいとはずっと思ってます。
ナガオカ 大橋さんがそういうことを考えてるのはあまり知られていないんじゃないですかね。麻里子さんはどうですか?
麻里子 そういう思いをもってらっしゃるのは知ってました。私たちが大橋くんに一番影響を受けたのは「広く届けなきゃダメじゃん」ってことですね。
創業当初から「タルマーリーはジャズじゃなくてJ‐POPでしょ」と言ってくれてて、ライブに行くたび「もっと広げなさい」と言われてる気がしてました。それが本を書くことにもつながったと思うんです。私たちにとって大きな力をもらった存在ですね。
幸せの集積でつくったものを届けたい
ナガオカ 僕は大橋さんのライブのマイク一本コーナーが好きで。あれを聞いてるとタルマーリーを思い出すんです。
大橋 ステージに立てた一本のマイクだけでやるあのコーナーは、ライブで一番オーガニックだと思いますね。やってる側としても音楽してるなと思います。お客さんも急に音が小さくなって景色が変わるだろうし、こちらの楽しさも伝わってるようでひときわ拍手が大きい気がします。
ナガオカ オーガニックで言うと『菌の声』にはタルマーリーらしいビールをつくるにはよい材料からって話がありますよね。これに言葉を足すとしたらどうなりますか?
格 私が考えるよい材料は一生懸命つくられたものです。そういうものを使うと自然と材料に対するリスペクトが生まれて、失敗にドキドキできるんです。
野生の菌など、うちのものづくりには失敗する不安定な要因がたくさんある。失敗するとすごくまずいものがうまれるけど、それも次の挑戦に繋がります。そして全部が一致したときはすごく感動的なものが生まれる。
オーガニックはそこにあるのかなと。すべてをリスペクトしながらドキドキして、生の体でぶつかっていく。そういうものづくりが自分にとって大事ですね。
麻里子 販売の立場からはみんながいい感じで生産してるものを使いたいと思います。いいものって周りの環境もつくる人も幸せじゃないとできない。だから空気も水もきれいな環境を守って、つくってる人間も健康である。幸せを積み重ねた結果のパンやビールを私は売りたいと思いますし、そういう集積がいい社会をつくっていくんじゃないかとイメージしながらやってます。
プロフィール
○渡邉格・麻里子(わたなべいたる・まりこ)
格、1971年東京都生まれ。麻里子、1978年東京都生まれ。
2008年、夫婦共同経営で、千葉県いすみ市にタルマーリーを開業。自家製酵母と国産小麦だけで発酵させるパンづくりを始める。2011年の東日本大震災の後、より良い水を求め岡山県に移転し、天然麹菌の自家採取に成功。さらに、パンで積み上げた発酵技術を活かし、野生の菌だけで発酵させるクラフトビール製造を実現するため、2015年鳥取県智頭町へ移転。元保育園を改装し、パン、ビール、カフェの3本柱で事業を展開している。著書に『田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』』(講談社)。
○大橋トリオ
大橋トリオとして2007年にデビュー。もう一つの顔として、テレビドラマやCM・映画音楽の作家としても活動。代表作に、映画『余命1ヶ月の花嫁』(2009)、『雷桜』(2010)、『PとJK』(2017)など。最近では、NHK Eテレ子供向け番組『にゃんぼー!』の音楽や、TBS 番組『世界遺産』のテーマ曲も担当。2021年3月に通算15枚目となる最新アルバム「NEW WORLD」をリリース。
○ナガオカケンメイ
「ロングライフデザイン」をテーマにストアスタイルの活動体D&DEPARTMENT PROJECTを創設。47都道府県に1か所ずつ拠点をつくりながら、デザイン目線の旅行文化誌『d design tarvel』や日本初のデザイン物産ミュージアム「d47 MUSEUM」などを展開。物販・飲食・出版・観光などを通して、47の「個性」と「息の長い、その土地らしいデザイン」を見直し、全国に向けて紹介する活動を行う。現在は、'22年春の開業を目指し、故郷・愛知県阿久比町に「d news」を準備中。
www.nagaokakenmei.com