第75回
特集『菌の声を聴け』発刊記念 タルマーリー(渡邉格・麻里子)×大橋トリオ×ナガオカケンメイ 「パンとビールと音楽と ~長く、深く、ちょっと広く届けるものづくり~」(後編)
2021.07.28更新
『菌の声を聴け タルマーリーのクレイジーで豊かな実践と提案』の刊行を記念して、著者のタルマーリー渡邉格さん・麻里子さん、シンガーソングライターの大橋トリオさん、デザイン活動家のナガオカケンメイさんの三者によるトークイベントが開催されました。
「パンとビール」「音楽」「デザイン」、フィールドは違えど、実は考え方において共通点も多い三者。
主役ではなく脇役になるようなパンづくり、熟成が命のビールづくりなど、世の中の主流とは一線を画しつつも、たんに小さな手仕事に留まることなく、機械導入、地域を巻き込んだ環境づくりなど、より「広く」「長く」届ける努力も続けるタルマーリー。
一方、音楽家として、映画やテレビへの楽曲提供など、よりマスに、ポピュラーに届く音楽活動を展開する大橋トリオさん。
自分なりの「深いこだわり」と、世の中に「広く届けること」のあいだで、どのように考え、生み出し、届けているのでしょうか?「ロングライフデザイン」を軸に、各地で長く愛されているデザインを追求してきたナガオカケンメイさんにナビゲーターになっていただき、それぞれのものづくりの核心に迫りました。
「大量生産・大量消費」の時代を越えて、これからの創作・生産・流通のヒントを求めるすべての方にお届けしたいお話の数々。
ミシマガジンではトークの一部を抜粋し、二回にわけてお送りします!(前編はこちら)
(*本トークイベントは、2021年6月21日、本屋B&Bさん主催のオンライン配信イベントとして開催されたものです)
構成:染谷はるひ
おいしくないものをつくってもいいじゃないか
ナガオカ 『菌の声を聴け』にはまずいものをつくって何が悪いって話がありますね。これについて聞かせてもらってもいいですか?
格 修業時代に私が勤めた店は4軒中3軒が潰れてるんです。その理由はおいしいものをつくってたからだと思います。おいしいものをつくっていくとみんな同じような味になり、最後は価格競争に巻き込まれていく。「おいしい」を追求するとほぼ同じような味になるのはものづくりの罠だと思います。
では生きのびるためにどうするかというとき、タルマーリーは独自の世界観をつくりだす必要がありました。そして食べ続けられるものをつくろうと考え方を切り替えたんです。
タルマーリーでは不安定なものづくりをどんどん取り入れてるので、なかにはいつもより味が悪いこともあると思うんです。でも、クレームは昔に比べて今はあまりなくなってきてる。もしかしたら世の中の人たちも、すべて安定したものが届くなかで、不安定な感覚を「これは生きてるね」って味わったり楽しんだりしてるんじゃないかと私は思ってるんです。おいしくないものをつくってもいいじゃないか、は今すごく大事にしてるキーワードです。
大橋 おいしいものって音楽でいうと売れ線のものかなと思います。食べ続けられるものは聴いてて飽きないエバーグリーン。
意識してるつもりはないんですけど、僕も結果的に飽きないものをつくれている気はします。いつ聴いても自分の音楽だなって感覚は持てているので。また同じような曲だと思われるかもしれないけど、少しの差でも自分はやってやったって思えるし、満足してますよね。
(左上:タルマーリーの渡邉格さん・麻里子さん、右上:ナガオカケンメイさん、下:大橋トリオさん)
「いいもの」を常に問う
ナガオカ 僕のなかで大橋さんとタルマーリーの共通点は「なりゆき」というのがあります。
以前に大橋さんとお仕事したときも、まぁなりゆきなんですよ。ライブなんです。こっちが提案したもののなかから選ばないで、それに対してデザイナーがどう反応するかを楽しんでる。
大橋 楽しんでるわけじゃないですよ(笑)。現状に満足したくなくて、「いいもの」ってどういうものかを立場関係なく投げかけたかったんでしょうね。
ナガオカ 大変でした。これはどこまでいくんだろうって(笑)。
大橋 普段スタッフのみなさんにも相当迷惑かけてるなと自覚してますね。よく付き合ってくれてるなと思います。
麻里子 けっこう格と似てるんですね。私本当に大変だもん(笑)。
ナガオカ またこんなこと言い出したって話はありますか?
麻里子 今カフェとホテルを立ち上げようとしてるんですけど、終わらないんですよ。計画もないのでどこまでやるかもわからないし、諦めるかけんかするかどっちかですね。
格 常にもっといいかたちがあるんじゃないかって考えて現場に入るんで、試行錯誤してるうちに一年以上たっちゃいました。いいものをつくりたい気持ちが上回っちゃうんです。
そのときそのときを情熱で動く
大橋 タルマーリーは岡山からものすごいスピードで鳥取に移転したじゃないですか。この人たち何やってんだろうって僕は思って。千葉から岡山に移転したときもそう思った人は多いと思うんですけど、そういう人たちへの謝罪の言葉とかって・・・。
一同 (笑)。
(左上:大橋トリオさん、右上:ナガオカケンメイさん、下:タルマーリーの渡邉格さん・麻里子さん)
格 ここであらためまして、謝罪を。千葉県のみなさん、そして岡山県のみなさん、本当にすみませんでした。もう鳥取は離れません。
大橋 あとは今のところ最終的にどうなりたいんだろうっていうのも聞きたいですね。
格 それは私とマリでちょっと違うかもしれないんですけど。マリは長期展望で、町をつくってそのなかでタルマーリーも生きていけるようにしたいと「まちやど構想」をしてる。
一方で私は長期展望がなくて、変化の時代をサバイブするため動的に生きたい。だから言ってることが昨日と今日じゃ違うかもしれない。本当にこれからどうなるかわからないです。
大橋 ってことは智頭町を離れる可能性もある?(笑)
格 自分からはないと思うんですけど、追い出されちゃったらね(笑)。
「今の時代にはこれをやるべきだ!」ってことがおりてきて、それをやるという繰り返しになると思います。だんだん体も動かなくなるでしょうし、一つの目的にむかうことがしんどい歳になってきたのはありますね。
大橋 僕もそうですけど、長期プランを立てると年齢の限界が見えてくるので萎えちゃう。そのときそのときを情熱で動いたほうが若くいられるのかなとは思いますね。
格 激しく共感します。この社会があまりに目的を大事にしすぎていて、そこにむかって突っ走らなきゃいけないことも息苦しさの原因になってると思うんです。
自分自身は昔のやり方を新しくして、無目的に動いてるけどなぜかちゃんとできあがってるって姿も見せたいな、なんて思って今を生きてますね。
大橋 俺の生き様を見ろ、と。
格 俺の生き様(笑)。ビッグマウスですけどねえ。
大橋 らしくていいなあ。
(終)
プロフィール
○渡邉格・麻里子(わたなべいたる・まりこ)
格、1971年東京都生まれ。麻里子、1978年東京都生まれ。
2008年、夫婦共同経営で、千葉県いすみ市にタルマーリーを開業。自家製酵母と国産小麦だけで発酵させるパンづくりを始める。2011年の東日本大震災の後、より良い水を求め岡山県に移転し、天然麹菌の自家採取に成功。さらに、パンで積み上げた発酵技術を活かし、野生の菌だけで発酵させるクラフトビール製造を実現するため、2015年鳥取県智頭町へ移転。元保育園を改装し、パン、ビール、カフェの3本柱で事業を展開している。著書に『田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』』(講談社)。
○大橋トリオ
大橋トリオとして2007年にデビュー。もう一つの顔として、テレビドラマやCM・映画音楽の作家としても活動。代表作に、映画『余命1ヶ月の花嫁』(2009)、『雷桜』(2010)、『PとJK』(2017)など。最近では、NHK Eテレ子供向け番組『にゃんぼー!』の音楽や、TBS 番組『世界遺産』のテーマ曲も担当。2021年3月に通算15枚目となる最新アルバム「NEW WORLD」をリリース。
○ナガオカケンメイ
「ロングライフデザイン」をテーマにストアスタイルの活動体D&DEPARTMENT PROJECTを創設。47都道府県に1か所ずつ拠点をつくりながら、デザイン目線の旅行文化誌『d design tarvel』や日本初のデザイン物産ミュージアム「d47 MUSEUM」などを展開。物販・飲食・出版・観光などを通して、47の「個性」と「息の長い、その土地らしいデザイン」を見直し、全国に向けて紹介する活動を行う。現在は、'22年春の開業を目指し、故郷・愛知県阿久比町に「d news」を準備中。
www.nagaokakenmei.com