第90回
斎藤幸平×タルマーリー(渡邉格・麻里子)対談 コモン再生は日本のグローバルサウスで芽吹く(前編)
2022.01.04更新
2021年11月25日、『人新世の「資本論」』(集英社新書)がロングセラーになっている斎藤幸平さんと、『菌の声を聴け』(ミシマ社)の著者タルマーリー(渡邉格・麻里子)の対談がMSLive!で実現しました! パンクロック、食、気候変動、マルクス、脱成長コミュニズム・・・。実践と理論を通じて、これからを生き延びるためのコモン再生の方法を探るエキサイティングな対談の一部をお届けします!(本対談の全編は、アーカイブ動画として購入・視聴していただけます)
(構成 岡田森)
モヒカン族の怒り
格 斎藤さん、実は頭をモヒカンにしていた時代があるということで・・・。
斎藤 よく調べましたね。
格 妻が調べました。
麻里子 ははは(笑)
格 私も若い頃、頭をモヒカンにしてたんですよ。パンクバンドでギタリストをやっていたんです。新宿のアンチノックとか・・・。
斎藤 アンチノックね! 僕もよく行きましたよ。じゃあもう、だいたい同じジャンルの、かなりハードな音楽をやっていましたね。僕もギターだったので・・・この話、お客さん全員置いてきぼりですね(笑)
格 それはまずいですね(笑)
とにかく、青春時代のその頃は社会に怒ってモヒカンにしていたんです。
今日は「コモン再生」がテーマなんですが、裏テーマは「モヒカン族の怒り」として、資本主義社会の問題点を提起していきたいと思っています。
斎藤 社会に怒ってるとモヒカンにしちゃうんですよね(笑)
格 そうなんですよね(笑)
今回改めて『人新世の「資本論」』を読んで、斎藤さんの中の怒りに感化されたんです。
モヒカン族にしかわからない、土地を奪われ、生産手段を奪われ、そして隅に追いやられてしまった怒りをぶつけていきたいという気持ちがふつふつと湧き上がってきました!
私たちは食をやっているので、その立場から、日本のグローバルサウス・智頭町でのコモン再生のことをお話させていただければと思います。
左:タルマーリーの渡邉格さん、麻里子さん 右:斎藤幸平さん
分断をもたらす純粋培養菌、関連性をつなぎ直す野生の菌
斎藤 パンクバンドからパン屋になったんですよね。それはやっぱり、社会に対する怒りがパンに向かわせたんですか?
格 うーん、パンクは「怒り」だったんですが、パン屋は「諦め」からでしたね。パンクの牙もすっかり抜けて30歳越えて貯金もなくて・・・。それでパン職人になったんです。飽きっぽかったので、職人みたいな仕事なら飽きないかと思って。
斎藤 パン職人は飽きなかったんですか?
格 それが、最初はすぐ飽きちゃったんですよ(笑)
長時間労働も大変だったんですが、それ以上に、純粋培養のイースト菌で科学的技術を駆使するパン作りって、毎日おんなじ時間におんなじものが焼き上がってくるという単調な生活になるんですね。それが苦しかったですね。
斎藤 マルクスの言う「構想と実行の分離」ですね。
格 そうなんです。さらに、イースト菌は分断も引き起こすんです。
イースト菌は優秀な菌だけを純粋培養しているので失敗がないんです。なので、誰でも作れるし、どこの小麦粉でもパンが作れるようになる。これは、材料と技術と人の分断ですよね。
その結果、パン職人の給料は下がりますし、経済が悪くなるとどんどん小麦粉の質を下げる、といったことが起こるわけです。
斎藤 経済学だと「分業」と言いますけど、別の面から見ると「分断」でもある、というのが面白いですね。
格 一方で、私たちがやっている野生の菌のパンづくりは、関連性をすごく必要とするんですね。菌を採取してそれを自家培養するという製法でパンを作っているので、菌を採取する時に環境が汚れていると汚い菌が入ってきてしまう。空気までもキレイにするようなパン作りをしていかなければならない。
なので、地域の農家にお願いして、環境負荷を与えない農業にしてください、と頼んで材料を作ってもらっています。地域の方との関連性をつなぎ直すパン作りなんです。
斎藤 なるほど。
格 『菌の声を聴け』の中で書いていますが、野生の菌にこだわってきたおかげで、いまタルマーリーでは野生の菌の生命力の強さを生かして「大変な生地づくりは週に一回だけ」という画期的な製法を実現しています。これはイースト菌を使った"科学的な"パン作りではできなかったことです。
野生の菌はコモン
斎藤 私が『人新世の「資本論」』の中で強調したのは、生産から変えていかないといけない、自然に耳を傾けなければならない、ということです。
近代の人間は、「自然の声を聴く」のではなく、「人間に自然を従わせる」という思考ですよね。今回のパンデミックもそうですけど、今後やってくるスーパー台風とか海面上昇は、人間がコントロールできないわけで、そういうものにどう向き合うかを、否が応でも考えなければならないんですよね。
タルマーリーさんがされていることは、すごいラディカルなんですけど(笑)、このラディカルさの中には、今の資本主義で私たちが忘れている自然との付き合い方、マルクスの言う「物質代謝」「物質循環」の発想が色濃く現れているというのを、本を読んで感じました。
格 いやー、嬉しいですね。私たちも『人新世の「資本論」』を読んで、これだけ資本主義が危機的なことになっている今、コミュニズムのほうがみんな幸せなんじゃないか、ということを夫婦で思っています。
麻里子 (深く頷く)
斎藤 野生の菌はコモンですよね。誰のものでもない。だけど、みんなで環境を含めて管理しないと現れてこないところもコモンっぽいですね。
パンを作るだけでなく、周囲の環境を整えていって、一緒にオーガニックな農業をして、地域を巻き込んで活性化していくというタルマーリーさんのモデルは、新しい可能性だと感じています。
脱成長はガマンしてやるものじゃない
斎藤 いま、食べ物を作る過程で出ている二酸化炭素の量がすごいわけです。輸送はもちろん、農薬、化学肥料も化石燃料を使っているので、いまの食の状況は一見すると豊かだけど、実は地球に負荷をかけていて、持続可能ではない。
これをどうやってスローダウンさせていくのかが課題なのですが、タルマーリーさんを見ていると、地産地消で楽しく美味しいパンやビールが作れるわけです。となれば、脱成長はガマンしてやるものじゃない、むしろ今のままを続けたほうが、気候変動がひどくなって水不足や食料危機になってしまう、というふうにマインドシフトできないかな、ということを強く感じています。
麻里子 気候変動への危機感は切実にあります。
たとえば、タルマーリーで人気のパンに「黒いちじくとカシューナッツのパン」があるんですが、このいちじくがアメリカ産なんです。で、急に取引先から電話がかかってきて、「今年のいちじくが干ばつで全滅したので納品できません。来年の収穫もどうなるかわかりません」と言われてしまったんですね。
当たり前に手に入ると思っていたものが、いよいよ気候変動によって手に入らなくなってきたというのが実感を持ってあります。そうなると、地域のものを使わざるをえないんです。
斎藤 食べ物が外から入ってこない状況になっても、自分たちの食料だけは必要なので、長期的に考えると、とにかく食料ぐらいは自給できる状況にしておかないとまずいですよね。
(後編につづく)
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