第92回
『その農地、私が買います』刊行記念 久美子さんとチンさんの「農LIFE、どうLIVE?」(前編)
2022.02.03更新
2021年10月に刊行された高橋久美子さんのエッセイ『その農地、私が買います――高橋さん家の次女の乱』が、各地で話題を呼んでいます。
高橋さんは東京に住みながら、愛媛の実家の農地が太陽光パネル業者に売られるのを阻止しようと立ち上がり、農業や地方社会にまつわるあらゆる壁に立ち向かってきました。本書にはその2年間の記録が綴られ、「日本の農地問題がリアルにわかる」「私も地元でまさに同じ経験をしています!」と共感の声が集まりました。
本書の刊行を記念して、高橋さんと、おなじくミシマ社から2021年3月に『ダンス・イン・ザ・ファーム――周防大島で坊主と農家と他いろいろ』を上梓された中村明珍さんにご対談いただきました! 中村さんは東京出身ですが、バンド活動を経たあと、震災を機に山口県の周防大島に移住し、農家や僧侶として暮らしています。
ミュージシャンとして活躍したあと、地方と東京で農業に関わりはじめたお二人は、今何を感じているのでしょうか。農業は「怒られ」を起こす!? 地方の「事を荒立てない」カルチャーとどうやっていく? 新しい人がもっと農業を始めやすくするには? ・・・地方で農業することのリアルにもとづく、実感たっぷりの対話をお届けします!
(構成 新居未希、角智春)
左:『その農地、私が買います』、右:『ダンス・イン・ザ・ファーム』
農業は「怒られ」を発生させる
中村 僕は東京から周防大島に移って農業をやりはじめて、今年で9年目になります。高橋さんの『その農地、私が買います』を読んで、農地って感情とセットだなぁと思いました。土地に練り込まれているというか。人の感情の揺れ動きがすごくありますよね。「農地は『怒られ』を発生させる」とメモしました。
高橋 昔から農地は、あらゆる事件の発端になりますよね。たとえば、上の田んぼがずっと水をひいていたら、下のほうには届かなくて喧嘩になるとか。だからこそ、土地を離れて都会に行ったり、その土地にいても農業には手を出さなかったりする人もいるのだと思います。「怒られ」が発生する、土着の因縁のようなものがあるのかなって。あとは、力仕事ということもあって、男性社会という感じもありますよね。
中村 高橋さん自身が東京に出たいと思った理由に、そういう地元の風景があるんですか?
高橋 東京に出るきっかけはバンドでのデビューが決まったからでしたが、東京に出てみて気づく解放感みたいなものもありましたね。雄大な自然はないけど、人と人のバランスというか、すごい風通しがいいなぁと思ったかな。思ったことが言えて、「久美ちゃん変わり者」とか誰も言わなかったので。
中村 地元ではそう言われていたのですか?
高橋 実家に帰ると「高橋さん家の2番目の子は変わり者じゃ」って言われていました。
『その農地、私が買います』の最後には、私が地元の集まりで意見しておじさんに怒鳴られるシーンあります。皆さんが心配しながら読んでくれて、「なんで頑張っちゃうの? そんな土地もう捨てちゃえばいいじゃん」っていう友達もたくさんいました。確かにそうだなとも思うんだけど、やっぱり自分が子どものころにやっていた暮らしがとても豊かで、徐々に私がそこに戻りはじめているんだなと思いました。離れてみて分かったというか。
中村 もし仮に、高橋さんが何も言わなかったとしたらどうなるのですか。たとえば、本に出てくる妹さんは農業をされてるから、地元が求めるものをすごくわかっていますよね。
高橋 妹たちは地元の事情を敏感に感じとっているので、ことを荒立てないようにグッと堪えていることも多いですね。「なんで? 言ったらええやん」って私は思うのですが・・・。
左:中村明珍さん、右:高橋久美子さん
田んぼは毎年やらないとだめ?
中村 じつは僕も、ここ1週間で「怒られ」が発生しまして。
今、田んぼを借りて6年目なのですが、今年はお米を作るのをやめることにしたんです。いろいろ事情があるのですが・・・「水のなさ」を筆頭に「梅の収穫」「仕事のペース」など全体のバランスで今年は田植えができないと判断しました。以前、島外に住んでいる田んぼの貸主の方に「水がない場合は植えない年もあります」とお話ししてあったんですが、それで了解あったと僕が思い込んでいて、事後報告でよいかと思っていました。そんなわけで今年の判断をお伝えしていなかったのがよくなくて、米を作るっていう約束だったじゃないかと怒られちゃって。
高橋 べつに休んでもいいではないかと思うんだけど・・・、たしかに、ずっと農業している人はどんなに忙しくても植えるのかな。地元の人たちには、1年だけやめるというのがないのかもしれない。1回やめるなら完全にやめる、みたいな。
中村 先日、山口県内の別の農家さんのところでお話していて、「休むっていう選択肢は、こっちではないなあ」と教えていただきました。「そういうものなんだ!」とそのとき思いました。大島でも本来は同じだと想像するんですが、耕作放棄の度合いだったり人口構成だったり、状況が全然違うのもあって。あと、僕は肥料を使わない栽培に取り組んでいるのですが、いったん休ませると次の年の収穫は「出来がよくなる」という現象もあって、そういうこと全体をなんとなく総合して「休む・休まない」を考えてしまうんですけど。
高橋 毎年田んぼにするというのが当然なんですかね。そういえば、うちの実家は畑と田んぼを交互にやっていました。里芋の年もあれば、お米の年もあって。おじいちゃんは交互に植えたほうがどっちもよくできるって言っていましたよ。
中村 へー、やっぱりそうなんですね。
農業を成立させる「土台」の問題
中村 ここ数年は、農業を成立させるまえに、その「土台」のところがどうなっているのかをよく考えています。
高橋 土台といいますと?
中村 たとえば、おかしいと思ったときにおかしいと言えなかったり、変えたいと思ったときにすごくパワーが必要だったり。農業だけじゃなくて、生活全般のいろいろが成り立つ前提というか。『その農地』が描いているのは、まさにそういうお話ですよね。読んでいると胸がギュッとする。「あ!」ってなります。
高橋 ここまで終わったあとで、私も地元の母や妹の気持ちがわかったというか、やってはいけないことに足を踏み入れてしまったという感じがしました。最初は頑張ろうと思っても、立ち向かうには力がいる。私たちの常識と上の世代の常識の違いもあって、まだやっぱり女が年配の男に意見を言うのがタブーで、つねに「怒られ」の発生源になっています。
中村 男女の違いもあるんですね・・・。それを経て、今どういうお気持ちですか?
高橋 若干、あきらめの境地に入っています。怒られることをよしとするあきらめです。石をひとつポチャンと投げてみたあとで、「投げられたんだ、私」という感覚もありますし。全国のいろんな女性の読者から、農地が同じような目に遭ったとか、父親と意見が食い違っているとか、いろんな報告や励ましの言葉をいただきました。そういう方たちと出会えただけでもこの本を出せて良かったのかなと思っています。これから先も怒られるんだろうけど、やっぱり畑は返しますじゃなくて、新しいシステムで畑が回っていくようにしたいです。
中村さんは『ダンス・イン・ザ・ファーム』に、J Aの試験を受けて落ちたって書かれていましたよね。「業界のことはわからない。でも、わからない人が伝えるフレッシュな視野は、それはそれで有用なんじゃないか。」という言葉には、本当にそうだよ! って思った。農業はどうしても土地がいるし専門職でもあるから、新規参入がしづらいんじゃないかと感じますね。農業をしたことがない人でも参加しやすい気風を作っていく、橋渡し的な存在になれたらいいなって思っています。
*後編では「祖父世代が土地に持っていた愛着」や「仲間どうしで畑を共有する『1人1
編集部からのお知らせ
高橋久美子さんが、タルマーリー渡邉麻里子さんと対談されます!
高橋久美子さんと、鳥取県智頭町でパンとビールとカフェの3本柱で「タルマーリー」の女将をされている渡邉麻里子さんをお迎えし、対談いただきます。
それぞれの地元で農業や街づくりの問題に積極的に関わりながら、その行動力ゆえに、怒られることも多い(!)というお二人。本音と危機感、動いているからこそ見えてきたものをたっぷりお話いただきます。本記事とも深くつながる対話になること、間違いなしです。
本イベント「ちゃぶ台編集室」は、2022年5月刊行予定の雑誌『ちゃぶ台9』の制作過程をみなさまとオンラインで共有する企画です。おもしろい雑誌づくりの場に、ぜひご参加くださいませ!
これからのコミュニティ、商い、書店を考えたい方へ
おなじ「ちゃぶ台編集室」の第2弾として、2月の新刊『共有地をつくる わたしの「実践私有批判」』の著者である平川克美先生と、書店「Title」店主の辻山良雄さんをお迎えし、対談いただきます。
平川先生は、経営する会社を畳んで隣町珈琲店主に。辻山さんは、大手書店チェーンを退職して「Title」店主に。小商いをはじめたら、身の回りに「共有地」が広がっていた? 各地で芽吹いている動きの発信源であり最先端であるお2人の、初めての対談です。
☆ふたつのイベントが視聴できる、「ちゃぶ台編集室」通しチケットもございます!