第92回
『その農地、私が買います』刊行記念 久美子さんとチンさんの「農LIFE、どうLIVE?」(後編)
2022.02.04更新
2021年10月に刊行された高橋久美子さんのエッセイ『その農地、私が買います――高橋さん家の次女の乱』が、各地で話題を呼んでいます。
高橋さんは東京に住みながら、愛媛の実家の農地が太陽光パネル業者に売られるのを阻止しようと立ち上がり、農業や地方社会にまつわるあらゆる壁に立ち向かってきました。本書にはその2年間の記録が綴られ、「日本の農地問題がリアルにわかる」「私も地元でまさに同じ経験をしています!」と共感の声が集まりました。
本書の刊行を記念して、高橋さんと、おなじくミシマ社から2021年3月に『ダンス・イン・ザ・ファーム――周防大島で坊主と農家と他いろいろ』を上梓された中村明珍さんにご対談いただきました! 中村さんは東京出身ですが、バンド活動を経たあと、震災を機に山口県の周防大島に移住し、農家や僧侶として暮らしています。
ミュージシャンとして活躍したあと、地方と東京で農業に関わりはじめたお二人は、今何を感じているのでしょうか。農業は「怒られ」を起こす!? 地方の「事を荒立てない」カルチャーとどうやっていく? 新しい人がもっと農業を始めやすくするには? ・・・地方で農業することのリアルにもとづく、実感たっぷりの対話をお届けします!
(構成 新居未希、角智春)
左:『その農地、私が買います』、右:『ダンス・イン・ザ・ファーム』
おじいちゃんが土地とどう関わっていたか
中村 最近、中1の娘の社会科の勉強を見ていて思い出したのですが、奈良時代に「
高橋 「永久にあなたの土地ですよ」ですね。奈良時代から、揉めごとの発端はやっぱり土地にありそうですね。
私のおじいちゃんは、小さいころはリアカーにお米を積んで、年貢を納めに行っていたみたいです。小作人として、庄屋さんから借りた土地を耕していたんですよ。でも、戦争が終わって農地解放令が出て、小作人だった私のおじいちゃんたちは「やったー!」って。兄弟が多かったからか農地(小作地)がたくさんあって、「それを全部もらえたのさ」という話でした。100年は経っていないから、最近のことですよね。びっくりでした。
中村 土地が自分のものになったらめちゃくちゃ嬉しいだろうし、大事にしたいと思いますよね。
高橋 そうそう。おじいちゃんの代は農地をすごく大事にしたのですが、父の世代になるとその意識は薄くなっている感じがあります。おじいちゃんの背景に年貢の時代があったとわかって、なるほどと思いました。十五夜の日には、仲間と集まって、田んぼに日本酒を撒いて、お団子を
中村 へー! そういえば僕も最近、僧侶の師匠に、地鎮祭の意味をもう一度教えてくれませんか、と質問しました。ざっくりいうと神様に挨拶するという意味合いと、よくないことを清めるという意味合いがあると師匠は教えてくれました。建築現場でも必ずといっていいほどやるじゃないですか。土地への向き合い方って、そういうところがずっとあるんでしょうね。
田んぼの水を分け合うために、仲良くしないといけない
高橋 秋祭りのように、富を与えてくれているものへの感謝でもありますよね。祖父たちの時代は特に、食うに困らないことへの感謝があったでしょうからね。だから畑や田んぼは一番大切なものだったんだなと思います。
左:中村明珍さん、右:高橋久美子さん
中村 田んぼはとくにそんな気がします。水がないと植えられないからため池も作るし、周防大島では昭和30年~40年代に田んぼをみかん畑に次々と変えていきました。その背景の一つには、島ならではの水の少なさがあっただろうと想像しています。水のことでいえば、みかんなどの畑には田んぼほどのシビアさはない気がしていて。僕が今住んでいるところには一切田んぼが残っていないので、水の取り合いもないですし。一方で、家から30分離れた田んぼでは、水が来なくて諦めました。そしてさっきのようにいろいろあって、怒られたりしてしまう。水を分けてもらえるかというのは生命線だということがわかりました。周囲と仲良くしておかないとできないんですよね。
高橋 そっか。だから、農地を持っている人ほど、ことを荒立てない性格が強くなるのかもしれないですね。生命に直結していますからね。
中村 それに加えて、「田植えをしないという選択肢はない」という目線で見ると、ただ「休みます」では通らない面もあるんだなと気づきました。こういったことは、田んぼをやって初めてわかったことです。
「チーム怒られ」、これからどうしましょう?
高橋 中村さんは奥様の実家である周防大島に一緒に戻るということをされたじゃないですか。『ダンス・イン・ザ・ファーム』を読みながら、島では若い方たちが支え合っているのかなと思いました。仲間とともにイベントを企画したりとか。中村さんが島に行って以降、若い人が移住してくる動きはありますか?
中村 今ちょっとウェーブが来ているという話はなんとなく聞きますが、2020年以降は自分の肌感覚が変わってしまっていて、あまり活発に人と会わなくなり・・・。
高橋 コロナでそれが難しかったということもありますよね。
中村 それでもいいかなと思いはじめちゃったところもあります。盛り上げて行こうという決意のようなものは、もともとない上にもっとなくなっているというか、「どうしたらいいかわからない」というふうになって。
高橋 やっぱり、どうしたらいいかわからないってなりますよね。今、地元でしている農地のことはなっちゃんとゾエという2人の友人が手伝ってくれていて、私も来月からしばらく愛媛に帰るので、そこからまたやろうと思っていますが、どんどん新しい子も参加してやれたら良いと思う反面、自分たちだけで粛々とやる方がいいんじゃないかという思いもある。中村さんも本に書かれていましたが、コロナになった2020年以降はみんながもらったお休みだ、ということはすごく感じましたね。イエー! と突っ走っていたけど、少し心身ともに休ませて、よく考える期間に入ったのかも。
中村 その後どうしようという感じですよね。どうします?
高橋 「チーム怒られ」、どうしましょう?
農業をはじめやすくするには、1人1畝制がいい!
高橋 私の町の農地法では、既に3反以上農地を持っていないと新たな農地を買えないという決まりがあるんです。3反は900畳くらい。そうなると、農業をやる気でも買えないというのが現状です(荒れ地の場合は買えることもあるそうです)。
中村 全国的に農地が空いていくということがあって、土地を法人が手にしやすい仕組みができていますよね。農業をやってきた人からすると、耕作しつづけないで放置すれば、草も生えるし木も生えるし、水路も詰まるし。いざ田畑としてまた使い始めたくても、年月を経るほど大変になっていくから、売れるならベストな形で売ったほうがいいと考えるのももっともだと思います。でも、ソーラーの話のように「それでいいのか」ということにもぶち当たる。別の面では、農業を「微妙にやってみたい」人が入りづらい現象もあります。「借りる」という選択肢は僕が採っている方法ですが、時に摩擦が発生する。逆に責任を持って「買う」としたら最初から3反持っていないといけない、ということはいきなりトップスピードというか、飛行機でいったら「もう離陸してる人だけが対象ですよ」みたいな。大切な「農地」が勝手気ままに使われないように、という理由からだと思うのですが、特にこれからは「ゆっくり離陸できて、着陸場所の変更も許される」方向になってほしいと思うんです。
高橋 そうそう。きっと半数以上の人が、農業を微妙にやりたいけどやったことがない人だと思うんです。だから「1人1
中村 1人1畝!
高橋 墾田永年私財法的なものかもしれない(笑)。車で30分くらいで通えるような地域の畑を1畝ずつ借りれるとか。地方自治体が貸す市民農園のようなものがもっと増えればいいなと思います。
中村 時代を変えそうですね(笑)。
高橋 「令和4年 1人1畝政策」(笑)。
高橋 広大な範囲ではなく1畝くらいならできるんじゃないかなって思います。私も東京でちょっとした庭くらいの畑をやっていますが、土を触っていると体の循環がすごくいい気がしています。そういうところから人間のバランスも良くなると思うので、街の方も田舎の方も、1週間に1回は農地に行ってみるというのはいいんじゃないかな。
中村 そうですね。
農業をやっていると、たとえば、雑草が生えていることが「きれい」なのか「きたない」のか、本当に毎年耕作しなきゃいけないのか、といった疑問がいくつも浮かんできます。やり手がいないという現実は続いているから、僕らの世代以下は、これまでの先人たちの気持ちをちゃんと受けとったうえで、もう少し違う考え方を伝えていくのがいいなと思っています。言葉が使える人は言葉でやってほしいし、あるいは音楽とかで表現できるならばそうやって伝えてほしいです。だから、農業云々というより、もっとベースの考え方の部分が大切だと思います。
高橋 もうちょっと違う方向から見てみようよっていうことよね。畑って、考えすぎないほうがいいんじゃないかとも思います。
中村 ほう、どういうことですか?
高橋 畑として残さないといけない、という考え方に縛られるのではなくて、たとえば芝生の遊び場にしたらいけないのかしら? とか。野原みたいにしてピクニックのために置いておきたいって言ったら、役所の農業推進課で怒られるんですよ。だけど、考え方をすこし変えて、ただのクローバー畑にして、草刈りだけはちゃんとして、子どもたちが遊べる場所にしてもいいのかなって思ったりします。
中村 いいですね。1畝だけ借りるのもいいと思います。土を触ると全然違いますもんね。
高橋 東京でも全くできないわけではないです。ぜひ、お庭とかプランターで始めてもいいのではないのでしょうか。
(おわり)
編集部からのお知らせ
高橋久美子さんが、タルマーリー渡邉麻里子さんと対談されます!
高橋久美子さんと、鳥取県智頭町でパンとビールとカフェの3本柱で「タルマーリー」の女将をされている渡邉麻里子さんをお迎えし、対談いただきます。
それぞれの地元で農業や街づくりの問題に積極的に関わりながら、その行動力ゆえに、怒られることも多い(!)というお二人。本音と危機感、動いているからこそ見えてきたものをたっぷりお話いただきます。本記事とも深くつながる対話になること、間違いなしです。
本イベント「ちゃぶ台編集室」は、2022年5月刊行予定の雑誌『ちゃぶ台9』の制作過程をみなさまとオンラインで共有する企画です。おもしろい雑誌づくりの場に、ぜひご参加くださいませ!
これからのコミュニティ、商い、書店を考えたい方へ
おなじ「ちゃぶ台編集室」の第2弾として、2月の新刊『共有地をつくる わたしの「実践私有批判」』の著者である平川克美先生と、書店「Title」店主の辻山良雄さんをお迎えし、対談いただきます。
平川先生は、経営する会社を畳んで隣町珈琲店主に。辻山さんは、大手書店チェーンを退職して「Title」店主に。小商いをはじめたら、身の回りに「共有地」が広がっていた? 各地で芽吹いている動きの発信源であり最先端であるお2人の、初めての対談です。
☆ふたつのイベントが視聴できる、「ちゃぶ台編集室」通しチケットもございます!