第94回
『教えて!タリバンのこと』刊行特集 教えてください! イスラム圏、ウクライナ、これからの世界の見かた(前編)
2022.03.03更新
3月11日(金)に、内藤正典さんの『教えて!タリバンのこと 世界の見かたが変わる緊急講座』を発刊します。
2021年夏、アフガニスタンから米軍が撤退し、タリバン政権が樹立されました。「怖がる前に、まず、タリバンについてちゃんと知りたい」と思った私たちは、内藤先生にオンライン講座をご依頼。報道とはまったく異なる視点からの講座は大反響をいただき、書籍化の運びとなりました。
『教えて!タリバンのこと』は、「世界を別の角度から見ること」や「土台の異なる他者との対話」の大切さを訴える、今まさに多くの人に手に取っていただきたい一冊です。
本書の刊行を記念して、内藤先生の特別インタビューを掲載します。
復権から半年を経た、現在のタリバン政権の状況は? アフガニスタンの米軍撤退と、ロシアのウクライナ侵攻はつながっている? ロシアにも米国にも侵攻された経験をもつ人びとは、今起きている戦争と国際社会をどう見ている?
いつも「別の見かた」を探り、「つながり」のなかで考えつづけることが、これからの世界を生き抜く力になる。その確信をもって、本記事をお届けします。
(取材・構成:角 智春、取材日:2022年2月28日)
タリバン復権から半年。今のアフガニスタンは?
――『教えて!タリバンのこと』のもとになったオンラインイベントは、2021年夏にアフガニスタンで首都カブールが陥落し、タリバンが復権した直後に行われました。政権発足から約半年が経ちましたが、今はどのような状況でしょうか?
タリバンの国づくりは、まだあまり進展していません。ただし、教育を再開する動きもありますし、わりと安定して政権の基盤をつくりはじめているように見えます。国際社会は、アフガニスタン・イスラム首長国(=タリバン政権)を正式な政権としてまだ承認していません。
諸外国からの経済援助が途絶えたため、現地の人道的状況は非常に厳しいです。国連の諸機関や人道支援団体は、冬の寒さが厳しいこと、燃料や食料が不足していることから、アフガニスタンへの緊急支援の必要をずっと訴えていました。アメリカは、国内にあるアフガニスタンの凍結された資産を人道支援のために使うことを決めました。
ただし、バイデン政権は、この資産のうち半分を、9・11の犠牲者のために使うと言っています。これは筋が通らないですよね。『教えて!タリバンのこと』でも書きましたが、9・11を起こしたのはタリバンではありません。アメリカはまだ間違った認識のもとに行動しています。
国際社会は、もう決して、タリバン政権を認めないという空気ではなくなってきているんです。認めざるを得ないということをわかっている。国際社会の要求を広く受け入れた仕組みの国が作られるか、見守っている状況です。
アメリカは、2021年8月のアフガニスタンからの撤退について国内外から厳しい批判を受けました。タリバン政権を承認することは、自らの「負け」を認めることになりますし、バイデン政権の支持率低下にもつながるでしょう。そのため、すぐには認めることはできないという姿勢を保っています。EU諸国の態度も同様です。
(内藤正典先生)
アフガニスタンから見た、今の愚かな世界
最新の国際情勢をアフガニスタンの側から見てみましょう。
1979年から10年間、ソ連がアフガニスタンに侵攻しました。アフガンの人びとは抵抗し、10年かけて撤退させました。ソ連に抵抗したムジャーヒディーン(=ジハードの戦士)のなかには、タリバンも含まれていました。アフガニスタン側がソ連に勝ったわけですね。
その数年後の1991年に、ソ連は崩壊しました。世界はこれを冷戦の終わりと捉え、アメリカは自分たちが冷戦に勝ったと思い込みました。
そうしたらこんどは、2001年の9・11後に、アメリカとNATO(北大西洋条約機構)がアフガニスタンに踏み込んだ。20年にわたって紛争をつづけ、最終的に撤退へと追い込まれます。
そして、アフガニスタンの米軍撤退から半年後、ロシアがウクライナに戦争を仕掛けました。冷戦で社会主義圏が自滅したあと、世界秩序のトップを自認したアメリカは、アフガニスタンに侵攻し、イラク戦争も起こし、結局失敗した。アメリカとNATOが弱体化したことを、ロシアは見透かしていたのです。
世界の覇権をだれが握ろうとしたにせよ、あまりに愚かと言うほかありません。
これが、アフガニスタンから見た世界です。私たちはこういう世界の見かたをまったくと言っていいほど知りません。
プーチンは欧米の再結束を予測してなかった
トランプ政権期のアメリカも、プーチンのロシアも、中国も、「帝国」として登場しています。夜郎自大で、自分中心に動き、多国間協調を捨ててしまったということです。バイデン米大統領は協調を復活させると言いましたが、もはや欧米は昔のようではなく、分裂に次ぐ分裂を繰り返したあとでした。
今回のウクライナ侵攻についても、アメリカとEUにははじめから温度差がありました。アメリカは遠くからロシアを批判しているだけで、ヨーロッパはその主張になかなか同意しなかった。EUはロシアへの資源依存度が高く、たとえば天然ガスは4割程度をロシアに頼っています。だから、アメリカに遠くから吠えられても困るという姿勢でした。
さらに、EU内部も分裂していました。東欧のポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーは「ヴィシェグラード4カ国」といって、2004年に新しくEUに参加した国です。これらの国は、もともとEUにいたドイツ、オランダ、フランスなどとのあいだに相当な溝がありました。ハンガリーのオルバーン首相は、事あるごとにドイツやフランスに引きずり回されるのは嫌だと表明していました。
プーチンはこの状況を見越してウクライナを攻めたといえます。
さきほどの「アフガニスタンからの世界の見え方」の続きをお話ししましょう。
プーチンは失敗します。なぜならば、アメリカ、NATO、EUの関係を、今回の戦争によって再びくっつけてしまったからです。
これまで平和路線をとり、軍備を拡大しないと言っていたドイツは、先日(2022年2月27日)1000億ユーロを国防費に充てることを決めました。ドイツがこれほどの軍備増強に乗り出したのは、第二次世界大戦以降はじめてのことです。プーチンは、不用意にウクライナに踏み込んだことによって、アメリカやヨーロッパをひとつにまとめ、軍備を増強させるという失敗を犯しました。これは期せずして起きた変化です。
ロシア国内でも反戦運動が起きています。プーチンがやっていることに対して、「ここがロシアの見せ場だ」などと思っている人は多数派ではありません。とてもじゃないけれど、ロシア国内をまとめてプーチン支持へと動かすことはできない。
愚かですよね。1979年にソ連はおなじことをアフガニスタンに対してやって、抵抗されて、滅びたのです。アフガニスタンの人びとは、まだ懲りずにこんなことをやっているのかという感覚を持っているでしょう。
「政治に口を出すのはやめよう」
今、世界中がロシアに制裁を下しています。空路が絶たれ、ロシアの人びとは外に出られなくなりました。彼らが持つクレジットカードの大半は、国外では使えなくなるでしょう。人もお金も動けなくなれば、人びとのあいだで不満が高まります。スポーツ、芸術、あらゆる面での交流も止められています。プーチンは自分の力を誇示したかったのでしょうが、国民がそれについてきていないということさえ見えていませんでした。
ロシアは独裁国家であり、反対意見を暴力によって封殺しています。私たちはこれを、ロシアが民主主義や自由を否定していると批判します。
それはそうなのですが、一度、ロシアの若者たちの視点に立ってみてください。こんな状況では、だんだんと「政治に口を出すのをやめよう」と思うようになっていくでしょう。
私たちは独裁に抗って戦ってくれる人の姿を見たがるけれど、実際にそこに生きている若い人たちからしたら、「そんなことよりも、とにかく生活だけちゃんとさせよう」という感覚になります。つまり、アポリティカルな(政治に関わらない)状態です。プーチン本人が、政治から若者を離してしまったのです。ロシアの若者がついてこなくなることで、プーチンの権力が弱まることを私は期待します。
「別の視点からは世界がどう見えるか」を探るために
どの立場から見るとどう見えるのか、ということを冷静に考える必要があります。今起きていることは、ロシアやウクライナや欧米諸国だけに関わることではなく、世界を巻き込んで起こっていることです。
世界を巻き込んでいるのだから、「どこを支持するか」という思考に陥るのではなく、「別の視点からは世界がどう見えるか」ということがわからなければなりません。
ロシアは日本の隣国です。では、日本はどうするのかということを考えたときに、なんらかのかたちが見えてくるでしょうか。とくに今の若い人たちは、ある地域で問題が起こっているときに、世界から見る視点、そして、主流の言説とは違う視点がないのかを探さなければ、生きていけなくなってしまうだろうと思います。
私はこの間ずっとトルコの報道を見ていましたが、すべてのニュースメディアが、22日あたりから24時間ウクライナのことを報じていました。アフガニスタンのカブール陥落のときもそうでした。情報量も分析力も、トルコの報道のほうが日本をはるかに上回っています。中東だろうと、東アジアだろうと、ラテンアメリカだろうと、何かが起きたときには、現地で、リアルタイムで情報を取ってこなければなりません。それができなければ孤立してしまいます。
『教えて!タリバンのこと』は、タリバンという、ある意味で世の中から嫌われまくった存在が何を考えているのか、ということを知るきっかけにしてほしいと思って書きました。アフガニスタンのことに詳しくなってほしいのではありません。本の後半ではヨーロッパとイスラムの関係に言及しましたが、これは、イスラム世界との対立の問題が、世界を舞台にしてずっと続いてきたことを知ってもらうためです。そのうえで、結果的に欧米側が中東から撤退していることをどう捉えるのか、考えてもらえたらと思っています。
半年以上経てば、タリバン復権のニュースがあったことは忘れられていくでしょう。すると、「タリバンは悪いやつだったな」といったような、曖昧な印象がわずかに残るだけになります。
さきほど申し上げたように、「アフガニスタンからは大国がどう見えるのか」といった視点が必要なのです。愚かな人たちは軍備増強が最優先だなどと言い出すでしょうが、軍備だけでやっていけるわけがありません。その前に、もっと世界を知らなければならない。
そのための一冊として、『教えて!タリバンのこと』を世に問いたいと思います。
編集部からのお知らせ
内藤先生とウスビ・サコ先生が対談されます!
『教えて!タリバンのこと』の刊行を記念して、3/23(水)19:00から、内藤正典先生と京都精華大学学長のウスビ・サコ先生にご対談いただきます!
アフガニスタンでのタリバン政権樹立、相次ぐテロ事件、移民や難民の急増・・・こうした出来事が次々と起こる今の世界。私たちは、偏った報道や知識から距離をとり、「わからない」「なんかこわい」という感覚から一歩外に踏み出して、「これからの世界の見方」を持たないといけないのではないでしょうか。
「国際社会」の構図も、日常の景色も、どんどん変わって見えてくる。そんな世界との向き合い方を、両先生とともに考えます!