第94回
『教えて!タリバンのこと』発刊特集 教えてください! イスラム圏、ウクライナ、これからの世界の見かた(後編)
2022.03.04更新
3月11日(金)に、内藤正典さんの『教えて!タリバンのこと 世界の見かたが変わる緊急講座』を発刊します。
2021年夏、アフガニスタンから米軍が撤退し、タリバン政権が樹立されました。「怖がる前に、まず、タリバンについてちゃんと知りたい」と思った私たちは、内藤先生にオンライン講座をご依頼。報道とはまったく異なる視点からの講座は大反響をいただき、書籍化の運びとなりました。
『教えて!タリバンのこと』は、「世界を別の角度から見ること」や「土台の異なる他者との対話」の大切さを訴える、今まさに多くの人に手に取っていただきたい一冊です。
本書の刊行を記念して、内藤先生の特別インタビューを掲載します。
復権から半年を経た、現在のタリバン政権の状況は? アフガニスタンの米軍撤退と、ロシアのウクライナ侵攻はつながっている? ロシアにも米国にも侵攻された経験をもつ人びとは、今起きている戦争と国際社会をどう見ている?
いつも「別の見かた」を探り、「つながり」のなかで考えつづけることが、これからの世界を生き抜く力になる。その確信をもって、本記事をお届けします。
(取材・構成:角 智春、取材日:2022年2月28日)
トルコはウクライナの隣国
世界の出来事を考えるときに、地図を見ることはとても大切です。
たとえば、トルコは、黒海を挟んでウクライナの隣国です。ロシアはクリミア半島を2014年に併合しましたが、その北西にあるウクライナのオデッサという港が重要で、ここで紛争が起きています。
ロシアの軍艦はボスポラス=ダーダネルス海峡を抜けなければ外に出られません。この海峡については、1936年のモントルー海峡条約により、戦時にはトルコが主権を持つことになっています。2月27日にトルコは今を戦時と認め、主権を発動しました。ロシアの軍艦は黒海にいますが、海峡から出入りができなくなったのです。
今起きていることには、あらゆる国、過去の条約、すべてが関わっています。こういうことは、日本ではほとんど報道されていません。
また、ウクライナ難民が大きな問題になっていますね。
UNHCRは、国内避難民と合わせて700万人近いウクライナ難民が出ることを警告しています。シリア難民の受け入れをあれほど拒んでいたポーランドとハンガリーは、今回は隣人ですから、受け入れざるをえません。ウクライナは2017年にEUとのビザなし協定を結びました。EU内を自由に移動ができる。つまり、難民と認めようが認めなかろうが、原則として受け入れなければならないのです。
コロナの影響で、サプライチェーンを中心として労働力不足が起きました。輸送会社の運転手不足は日本でも問題になりましたよね。とくにイギリスでは、EU離脱後にルーマニアやポーランド移民の運転手が減りました。こうした分野で、ウクライナの人びとが労働者として受け入れられる可能性があります。
労働力は回復するかもしれませんが、この間なんとか自立しようとしていたシリアやリビアやイエメンの難民はどうなるでしょうか。コロナ禍 、中東での内戦、今回の戦争。こうしたことがすべてつながっています。
内藤正典先生
すべてがブーメランのようにつながっている
『教えて!タリバンのこと』では、トルコがヨーロッパとイスラム世界の架け橋になり得た唯一の存在として言及されます。トルコは、現在も非常に難しい立場にいます。
トルコはウクライナと良好な関係を築いている一方で、ロシアと協力せざるを得ないこともわかっています。ロシアからミサイル防衛システムを導入したし、初の原発も輸入しました。天然ガスの3割以上をロシアからに依存しています。コロナ以前にトルコに来ていた観光客5200万人(年間)のうち、ロシアからの観光客は700万人。ということは、関係を切れないのです。経済制裁するとは、すぐには言えません。
これと同時に、トルコは1950年からNATO加盟国です。加盟当時は朝鮮戦争の最中で、ギリシャとトルコを西側へ入れておきたいという理由がありました。ところが、冷戦が終わってから、トルコはNATO内で軽く見られることになりました。イスラム勢力がいろいろな問題を起こすなかで、トルコはイスラム圏でしっかりした屋台骨をもつ国家として自らの重要性をアピールしたのですが、欧米諸国は聞きませんでした。
ところが、ここへきて、トルコの重要性が顕在化しました。
NATO加盟国であり、ロシアともウクライナとも話ができ、ボスポラス=ダーダネルス海峡の主権も持っているのは、トルコなのです。
目先の利益のために、ある国を重視したり軽視したりすることが繰り返された結果がこれです。覇権主義のもとに世界を動かそうという発想は間違っている。相互に依存し関係しあった世界を切れるわけがない、という認識に立つ必要があります。
たとえば、金融制裁をやるのはいいですが、そうすれば当然、日本が得る予定だったお金も得られなくなります。決済を停止すれば、ロシア側はお金を受け取れなくなりますが、日本側もロシアからお金を引き出せなくなるのです。
BP(British Petroleum)は、ロシアに持っていた石油会社を売りました。マクドナルド、ダノン、オレオを作っているモンデリーズ・インターナショナルなども、制裁の大きな影響を受けます。日本では、三井物産がサハリンで天然ガスの採掘をやっていて、株価が急落しました。小麦、サラダ油、原油などの価格も上がるでしょう。すべてがブーメランのようにつながっています。
『教えて!タリバンのこと』をサバイバルの知恵に
現在の大学教育はディシプリンによって分断されているし、語学教育もどんどん乏しくなっているので、こうしたものの見かたを学ぶ機会がありません。大学の語学教育において、ロシア語の規模はどんどん縮小していますが、そんなことでは立ち行かないということを、今回私たちは痛感させられたのではないでしょうか。
ある程度の情報収集は英語でできるかもしれませんが、やはり、ロシアはあれだけの大国です。その基層を成している宗教や文化を知らないで、上っ面の軍事戦略だけで理解できるわけはありません。
『教えて!タリバンのこと』では、主権、民主主義、民族の差異、ジェンダーの規範などをめぐり、イスラム世界と西欧世界の価値の土台がどれほど異なっているかについて取り上げました。ロシアの場合も同じです。そもそもどういう国なのかということを説明するための知識の層が、あまりにも薄すぎると思います。
とくに若い方たちには、世界を知ってほしいです。『教えて!タリバンのこと』も、生き抜く知恵、サバイバルのヒントとして読んでいただきたいと思っています。カブールの話がもう終わってしまったのではなく、ウクライナの話が突然出てきたのでもなく、どういうふうにつながっているのかを考えるきっかけになればと願います。
そして、できれば言葉を勉強してほしい。英語に加えて、もうひとつ別の言語を。言葉を軽んじて、世界のことがわかるはずはありません。
カブール陥落のとき、トルコの記者はいち早く現地に入っていました。女性の記者も行き、現地の女性にインタビューしていました。インタビューされた女性は、「治安は圧倒的に良くなったけど、お金を下ろせないのが困る」と言っていました。
日本の報道は、「助けてくれ、タリバンの復活は悲劇だ」というような内容ばかりでしたね。英語を話すことができ、外国のメディアにアクセスできる、首都在住の人びとがそのように発信していたからです。彼らが言ってることが間違いなのではありません。でも、それを拾うのだったら、文字が書けない人びと、田舎のおばあちゃんのところにも行って、現地の言葉で話を聞いてきてほしいです。
そして、もうひとつ。ロシアの残忍な暴力を、中東の人びともずっと経験してきました。ロシアはシリアのアサド政権を支援し、凄惨な内戦をもたらしました。でも、戦争がシリアで起こっているときには、アメリカもEUも放置しましたよね。その間に数十万の人が亡くなって、600万以上の難民が出たんです。それでもロシアを止めなかった。
ウクライナへの侵攻なら止める。これはイスラム圏からは、「やっぱり西洋人で、キリスト教徒だったら助けるんだな」というふうに見えています。そこにまた分断が生まれるのです。
『教えて!タリバンのこと』で扱ったのは、イスラム世界と西欧世界をめぐる20年間の出来事ですが、それをきちんと知るだけでも世界の愚かさはわかります。過去の愚かさから学んで、これからの世界について考えてもらえたらと願っています。
(おわり)
編集部からのお知らせ
内藤先生とウスビ・サコ先生が対談されます!
『教えて!タリバンのこと』の刊行を記念して、3/23(水)19:00から、内藤正典先生と京都精華大学学長のウスビ・サコ先生にご対談いただきます!
アフガニスタンでのタリバン政権樹立、相次ぐテロ事件、移民や難民の急増・・・こうした出来事が次々と起こる今の世界。私たちは、偏った報道や知識から距離をとり、「わからない」「なんかこわい」という感覚から一歩外に踏み出して、「これからの世界の見方」を持たないといけないのではないでしょうか。
「国際社会」の構図も、日常の景色も、どんどん変わって見えてくる。そんな世界との向き合い方を、両先生とともに考えます!