第100回
特別鼎談「共有地としての一冊!取引所」(後編)
2022.05.21更新
『ちゃぶ台9』がいよいよ来週金曜日の5月27日(金)に刊行いたします。今回の特集は「書店、再び共有地」です。
『ちゃぶ台9 特集:書店、再び共有地』ミシマ社編(ミシマ社)
本を届けているうちに、人々の居場所になっていたり、「書店」の仕事から派生して、日常生活の助けになる場、町の交流の場となっている「共有地」的な全国の本屋さんを、営業メンバーが取材し、特集でお届けしています。
本特集は、平川克美さんが2月に刊行した『共有地をつくる』がきっかけとなりました。
平川さんは、「共有地」について、こんなことを書かれています。
社会を安定的に持続させてゆくためには、社会の片隅でもいいから、社会的共有資本としての共有地、誰のものでもないが、誰もが立ち入り耕すことのできる共有地があると、わたしたちの生活はずいぶん風通しの良いものになるのではいかーー平川克美『共有地をつくる』
昨日に引き続き、読者・書店・出版社を風通し良くつないでいくための、いわば出版界の「共有地」づくりに取り組む3人による鼎談をお届けします。
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■社外取締役 竹本 吉輝(株式会社トビムシ 代表取締役)
1971年神奈川県生まれ。地域社会の共有地(commmon)そのものである「森林」に着目、その地の森林業を再興しながら、素材やエネルギーや食料を域内循環できる仕組みを整え(ることを通じコロニーの動的平衡を担保す)ることを企図し、2009年株式会社トビムシを設立。以降、全国各地で森林及び地域の有機的関係性の再編集に資する(ような)事業をトータルにデザインしている。また地域の自立(律)性を担保し得る手段としての「地域通貨(community coin)」や「地域人材」の再編集を企図した株式会社eumo設立にも参画。専門は環境法。国内環境政策立案に多数関与。同時に財務会計・金融の知見を加味した環境ビジネスの多面的展開にも実績多数。立法(規制)起業(市場)双方の現場を知る。武蔵野美術大学/大学院 非常勤講師(社会造形論)。
■社外取締役 近藤 淳也(株式会社OND 代表取締役社長)
1975年三重県生まれ。京都大学理学部卒業。2000年に同大学院中退後カメラマンなどを経て、2001年にQ&Aサービス「人力検索サイトはてな(現:人力検索はてな)」を開始し、京都で有限会社はてなを設立。2004年に株式会社はてなに改組。ブログなどのサービスを開発。2016年東証マザーズ上場。2017年株式会社OND設立。不動産エンターテーメント「物件ファン」、トレイルランナーのためのトラッキングサービス「IBUKI」、京都市内の複合施設「UNKNOWN KYOTO」を運営。現在、同社代表取締役社長のほか、株式会社はてな取締役、NPO法人滋賀一周トレイル代表理事、トレイルランナー、ときどきカメラマン。
(構成:野崎敬乃)
森も、トレランも、出版業界も
三島 お二人がされていることを聞いていて、見事に(私のなかでは)「一冊!取引所」に結びつきました。まずは、近藤さんのトレランのお話で、「道なきところを行き、それが道になる」という話はまさに「一冊」がやろうとしていることだなぁと。
たとえば、つくった本を、取次を使わずに本屋さんに流す。このルートはミシマ社を始めた当初はなくて、出版社は取次を介さないとできないし、本屋さんは取次と口座を持たないとできないという定式があったんです。でも「本当にそうかなぁ」と。返品率40%、みたいなことが何十年も放置されたまま、どんどん無駄だけが積み重なっていったのが、この30年くらいの状況です。
それでとにかく走ってみようと思って直取引をやってきて、なんとなく道になったかな、という感じです。だんだんと「ここ通りたいんですけど」と言ってくれる人たちが増えてきて、「あぁそうか、この人たちも通るのか」と思ったら、やっぱりもうちょっとこうしたほうがいいな、という気持ちが生まれて、今「一冊」をしているわけです。
竹本 藪の中を走ったら傷だらけになりますもんね。
三島 トレランをするにはコースづくりが必要なように、ちいさな出版社や書店が生きるためには、それ用の仕組みが必要です。それで一冊取引所がはじまったんです。
竹本さんのお話に、輸送費率が10000円に対して4000円かかる、というのがありましたけど、僕らの世界でも同じことが起こっています。一冊1000円の本があったとして、それが大判の本で宅急便を使ったり、離島で運賃が高くなったりすると、送料に600円、700円かかることがある。だから一冊から注文を受けると、実はミシマ社はぜんぜん儲からず、下手すると本を買ってもらっているのに赤字になるようなことも起きています。
創業以来15年間、欲しい人がいる限りやろうと思って一冊からの注文を受けてきたんですが、昨年はじめて、「注文のときはできれば二冊、偶数冊数にしてください」というお願いを書店にしました。経営的にやせ我慢で成り立つ構造ではなくて、別の仕組みを考えることが必要だと。
一つの方法は、ちゃんと一冊の単価を上げて、利益がしっかり出る構造になっていくことですよね。
利益でいえば、ミシマ社では書店の利益が3割は出るやり方をとっています。なかでも2019年からスタートした「ちいさいミシマ社」というレーベルは、本屋さんの利幅が4割出るようにしています。最近は(クレジットカード決済で仕入れることができる)「一冊!決済」を使うことで、よりで本屋さんの実入りがよくなる(32%の利幅)ような施策もおこなっています。
いま、出版社に勤めていた人が独立して出版社をつくる方や、本屋さんをはじめる方がどんどん増えていて、でも出版社と書店をつなぐ仕組みだけがいまないという状態です。一冊!取引所は、そこをうまくつないで、みんなに使ってもらえるプラットフォームになっていくとなぁと思っています。もっともっとみんなが参加できるようになってきたら、すごい景色が変わるだろうなぁ。
竹本 そうなったら、まさに風景が、心象風景が変わりますね。
すごい発明をしなくても
三島 お二人が「一冊」に関わってもいいかなと思ったモチベーションをぜひ教えてください。
近藤 そうですね。三島さんから、いままでの本の流通がどういうふうになっていたかということを聞いたとき、ちょっとびっくりしたんですよね。「え? そんな仕組みなんですか!?」みたいなことを思って。
三島 はい(笑)
近藤 そんなにすごい発明をしなくても、誰かがちゃんと「こうじゃないかな」ということをやれば、もっとみんなが便利に楽しく業界で仕事ができるようになる。なのに、そうなっていない。あえて自分がやろうという人がいままでいなかったんかなと思いました。
そこを三島さんが、自分たちが思う本をつくるということ以外に、道をつくるみたいなことをやると言うので、それは人のためになることだし、実際にもっと広い範囲の変化が起こりうると思ったので、まず興味としてはそれがワクワクしたし、おもしろいなぁと思ったという感じです。
とはいえ、僕はいままでそんなに出版や本に仕事で関わってきたわけではなくて、自分が役に立てるのかなあとは思ったんですけど、その道の仕組みは、インターネットを使ったり、ITを使ったりというところが主になると思ったので、そういうところなら自分のいままでの経験も活かせるかなぁということで、参加させていただきました。
三島 うれしいです。まさにインターネットやITのところが関わってくるので、近藤さんのお知恵と視点を存分にいただければと思います。
自分たちの感覚で共有地を取り戻す
竹本 僕は共有地のことをずっと考えています。権利関係じゃなくて、関心といいますか、「これはうちらのものだよね」、「自分もこれに参加しないとダメだよね」、そういう感覚がないかぎり、そうした感覚を取り戻せないかぎり、どんな法体系を整備しようが、究極、国家社会主義にしようが、ぜんぜん共有地としては復活しない。
なので、トビムシはバカ丁寧に、地域ごとに、しかもエリアをすごく絞って、「もう一回共有地化しようよ」ということを意識の面も含めてやってきていて。
今回の話もそうです。
出版業界がどうなっていくのか。すばらしい本をつくる、そんな本を愛おしく感じる書店員さんがいる、その本を手にすることで読者が幸福を感じる、そうした共通の感覚、コモンセンスみたいなものがなくなっていることが問題だと思ってます。
それをどうやって取り戻すのか、というときに、「一冊!取引所」というのはひとつの布石というか、一石を投じることになる。これはけっして魔法の杖じゃない。これでぜんぶが解決することではない。ただ、既存の流通、取次が、マスを動かし、スケールを出し、売れるものを売るという仕組み化をしてきた一方で、いろんな人の価値観とか共通の感覚を失わせる方向にも機能してきたというのはまちがいないと僕は思っています。
そうじゃないルート、まさに共有地を取り戻さないかぎり、僕の大好きな本や本文化が確実になくなるんだろうな、ということはずっと感じていました。それで、ご縁のように飛びついた感じです(笑)。
三島 ありがとうございます。「バカ丁寧に」というのは本当にその通りです。それをあまり力みなくやっていくだけだな、ということをあらためて思いました。
たとえば、暮らしのなかに本があるほうがいい、その地域のなかで本に触れる場所がほしい。こうした当たり前の思いが実現していく環境をもっともっと整えていきたいです。カフェでもゲストハウスでも、お米屋さんであっても、〇〇兼本屋さんみたいなことが「一冊」を介したらすぐにできる、というふうに。
(三島邦弘)
壁一面の本棚に憧れる人は多い?
近藤 僕は物件ファンもやってるので、けっこう物件をいっぱい見てるんですけど、いろんな家の内装にも流行、流れがあります。最近ちょっと流行ってるなと思うのが、本棚のある家です。
三島 そうなんですか。
近藤 壁一面本棚の部屋とかってTwitterとかですごくバズったりするんです。
憧れなのかもしれないです。都会の人って部屋が狭すぎて本を買ったら置く場所がすぐなくなう。我慢してKindle読んでる人もけっこういるんじゃないかな。本当は好きなだけ本を買って、本に囲まれて生活したいという憧れみたいなものを含めたバズりなのかな、と思って見ているんです。
そこの豊かさの再認識みたいなものはけっこう感じるところがあります。おもしろい本屋が全国に増えるとか、本棚空間が流行るなど、新しい本のよさ、楽しみ方は増えていくんじゃないかなと思っています。そういうところにもつながるとおもしろいですよね。
三島 さすが近藤さん、物件ファンをやってるからこそですね。そういう流れは知らなかったです。
トレランと本は似ている説
近藤 ぜんぜん一冊の話から離れていきますけどいいですか? 人工林は自然林には戻せないんですか?
竹本 林野政策としては、戦後の拡大造林で針葉樹に偏ってしまった森を、天然林と人工林を混ぜる、いわゆる混交林に戻していこうよ、という方針があります。森の割合でいえば、マクロ的には4割が人工林で天然林が6割です。そうなんですけど、植えやすいところを中心に植えてるので、実は人目につくところの多くが人工林になっています。
つまり、目の前に見えるところがぜんぶ杉・檜だったりする。ので、今後、それらを伐ったあとは、さすがに天然林に戻していこう、あるいは天然林と人工林をグラデーションにして混交林にしていこう、というのは、まあ方針としてはあります。
近藤 あるんですね。
やっぱり、人工林と自然林では、そこにいても豊かさがぜんぜんちがうので。
竹本 まったくちがいますよね。
たとえば渓谷には天然林、広葉樹が多くて、秋には紅葉してる風景があるじゃないですか。ああした場所に杉や檜って普通は生えない。けど、かつての戦後の拡大造林でそうした場所を含めてぜんぶ植えた。植えつくした。その結果、渓谷の美しい風景ってものがなくなっていったわけです。
沢があって、大きな石があって、というところに、美しい広葉樹林がある、そういう空間がどんどんなくなった。ただ「男は黙って高倉健」的に杉、みたいな(笑)。地域をよくしよう、経済を活性化しよう、と言う前に、この風景をどうにかしようよ。と。
そこを天然林に戻すだけで、たぶん山並みの風景は変わるんですよね。実際、われわれが関わる地域でも、その森林空間の9割が杉・檜だったりします。それは風景としてはなかなかしんどいですよ。雪が積もってないと、写真だけだとまったく季節感が出ないですから。実際、風景としてはまったく変わらない。色づくことも落葉もしませんからね。四季折々、がない。読んで字のごとく不自然な空間なんですよね。
でも広葉樹林の方がトレラン的には走りにくい感じもしますけど、どうなんでしょうか。
近藤 いや、そんなことないですよ。
竹本 木同士がぶつかり合うことで樹間を整えてるんですかね。
近藤 それなりの年数経った自然林って、ブナとか高めの木がメインであって、隙間があったら小さいのが入る感じです。下の空間がすごく広いので、けっこう自由に行き来できるし、中途半端な雑木林とちがって走りやすいですね。
竹本 この話を聞いてるだけでその空間が目に浮かびますね。ブナが高くて、空間光量が豊かで、下層植生も豊かで、みたいな。それで自然と向き合う人が増えるというのは、まさに自然ですね。
三島 トレランで知る、木や森ですね。
近藤 はい、ただ、「おじいちゃんおばあちゃんが山歩いてます」というのとちがうと思ってるんです。僕らの世代が何百キロも山を走るようになっているというのは、おもしろい時代になってるんじゃないか、と思うんですよね。
竹本 なるほど。
近藤 本も似てるんじゃないですか? 木ですからね、けっきょく。わざわざ手に取るものとして似てると思うんですよね。
三島 ああ、言われてみれば。
竹本 さっきの、本棚というのも、本とほぼ一体ですもんね。「俺が山だ」というのと同じで、「この空間、ぜんぶ木だ」という話ですもんね。壁があって床があって本棚があって、本が入ってる空間。トレランしていると山がおいしそうに見えるように、本棚の本をおいしくいただけたら極めて自然ですよね。それはいいですね。
自然林の新たな生かし方、育て方
竹本 それで思い出しましたけど、国産の木材チップだけで本をつくると「3000円」になるという話があるじゃないですか。
三島 はい。
竹本 そういうところに乗っかればいいんですよ。
三島 本って材質表示がほぼないですものね。
竹本 本ではないですね。
三島 今後、将来的にはそういう流れもあると思うんですよ。「これは国産材チップ 北海道トド松の木材でつくった書籍です」みたいなこと。それだったら4000円ついててもぜんぜんいい。
竹本 たとえば物語的にいったら、「北海道の大雪山系の森と同じ」という話じゃないですか。ここにあるものが。
三島 自分の書斎の本棚にそれがあるってむちゃくちゃいい!
近藤 トビムシで紙つくったらいいんじゃないですか。
竹本 いま聞いてるとそう思います。少なくとも良質なチップ材の元は押さえてますからね(笑)。自分たちでというのはなかったとしても製紙会社などと連携して、そういうブランドの紙をつくりたいですよね。
三島 しかもチップ用に材を加工するわけじゃなくできますよね?
竹本 たとえば西粟倉村から出てくる材の多くはFSC認証材だったりするんです。そのチップはすごく人気なんですよ。これは床材とかをつくるときに出てくる端材で、かつFSC認証を持ってる、持続可能な森づくりとして出てきた木の、ひろく建設資材向けの端材です。ということなので、チップのためにチップをつくるわけじゃないですね。
三島 「一冊」のこれからの先には、そういうことも見据えられそうですね!
(左から近藤淳也さん、三島邦弘、竹本吉輝さん)
本棚、本、木、森! 最後にすべてがつながった鼎談、いかがでしたでしょうか?
(終)
編集部からのお知らせ
『ちゃぶ台9』イベント続々!
【5/27(土)】「〈共有地〉としての本屋から見える未来」(ポルベニールブックストアさん配信イベント)
*Seesaw Books・汽水空港・ポルベニールブックストア
3人の店主によるクロストークイベント*
・日時 2022年5月28日(土) 19:30~21:00(オンライン配信、終了後2週間程度、アーカイブ視聴も可能です。 )
・出演
神 輝哉さん-Seesaw Books/シーソーブックス(札幌市)
モリテツヤさん -汽水空港(鳥取県湯梨浜町)
金野 典彦-ポルベニールブックストア(鎌倉市大船)
・参加費 1300円(税込)
この特集(『ちゃぶ台9』の「書店、再び共有地」)で当店も取材して頂き、記事が掲載されます。当店は、特にコロナ禍になってからこの店を、家でも職場でもない街のサードプレイス的な場所として機能するよう、「読書懇親会」「雑談懇親会」などのイベントを何度も実施してきています。
では他のお店はどのような〈共有地〉的な活動をしているのか?記事では語り切れなかったことやその背景などを、直接店主の方に聞いてみよう――10店全部は無理ですが、当店と背景が近いと感じた2店を加えた3店の店主によるトークイベントを実施します。
〈共有地〉的な活動をやることになった背景から活動の具体的内容、見えてきたもの、そしてその先まで――〈共有地〉たる本屋のありようについて、縦横無尽に語り合いたく思います。(ポルベニールブックストアさんイベント紹介ページより)
【6/16(木) 書店イベント&MSLive!配信】平川克美さん出演「今日から共有地」@誠光社(京都)
開催日時 6月16日(木) 19:00〜20:30
場所 誠光社
京都市上京区中町通丸太町上ル俵屋町437
出演者 平川克美さん&三島邦弘(ミシマ社・「ちゃぶ台」編集長)
※受付開始次第SNSなどで告知いたします
5月27日(金)に書店先行発売日をむかえる『ちゃぶ台9』。特集「書店、再び共有地」は、平川克美さんの『共有地をつくる』の刊行がきっかけでした。
「国家のものでもないし、「私」のものでもない」、「自分一人で生きてゆくのではなく、かといって誰かにもたれかかって生きているわけでもない」場所。たとえば、喫茶店、銭湯、居酒屋、そして書店・・・もちろん、これ以外にも、「共有地」はまだまだあるし、求められています。今回「ちゃぶ台」で共有地の今を追った三島と、日々、「隣町珈琲」という共有地で過ごす平川さんが、「これからの共有地」を語り合います。
共有地をつくりたい人も、共有地がほしい人も、すでに共有地をつくっている人も、なんとなく共有地に興味がある人もーー。
福岡・うなぎBOOKSさん(『ちゃぶ台9』で取材させていただきました!)と、埼玉のpelekas bookさんでも、現在『ちゃぶ台9』連動イベントを企画中です! 決定次第ご案内いたします。