第114回
伊藤亜紗さんと村瀨孝生さんの往復書簡が一冊の本に! 『ぼけと利他』まもなく書店発売!!
2022.09.13更新
こんにちは! ミシマガ編集部です。
今週木曜日の9月15日、いよいよ『ぼけと利他』が発刊します!
『ぼけと利他』刊行のきっかけとなったのは、2020年7月18日に開催されたMSLive!「ぼけと利他~時空を超えるお年寄りたちに学ぶ」でした。出演は「宅老所よりあい」代表の村瀨孝生さんと、美学者の伊藤亜紗さん。
時間や空間の軸がなくなっていくお年寄りにあわせ、リハビリやレクリエーションのような、時間を決めたプログラムをあえて行わないなど、宅老所よりあいの活動、時空を超えていくお年寄りたちの日々について話を聞きながら、「利他」を考えるヒントを探った対談となりました。
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この対談に大きな反響をいただき、伊藤さんと村瀨さんからも「まだ語り尽くせていない」というお話をいただき、「みんなのミシマガジン」で、36回にも及ぶふたりの往復書簡が連載として掲載されました。
往復書簡はまず、対談のさいに、伊藤さんが話されたこちらの言葉を考えます。
「利他」の問題を考えるときに、お年寄りとかかわることは究極な感じがしています。自分が働きかけてもフィードバックがいまいちわからなかったり、違う形で返ってきたり、 本当にこれで良かったのかと確証が持てないまま時間が過ぎていくことがよくあると思います。その事実に付き合っていくことは、どんな感じですか?
そうやって始まった往復書簡がこの度一冊の本になりました!
カバーを取っても素敵です
伊藤亜紗さんのまえがきを公開!
「卵焼きでよろこばせてあげたい」
「駅まで迎えにいくよ」
「仕事の残り、代わりにやっておきました」
私たちの生活の中には、さまざまな「誰かのため」を思ってする行為があります。その相手は、家族であったり、友だちであったり、職場の同僚であったりするでしょう。
しかし、他者とはきまぐれなもの。ありがとうと口では言いながらどこか迷惑そうだったり、 実は相手にも計画があったり、善意がかえって疑心暗鬼を招いたり・・・。
してあげた側からすれば、「せっかくしてあげたのに」と怒りたい気持ちにもなるでしょう。 でも、自己犠牲が相手の利を保証するとはかぎりません。そもそも「相手のため」というこちらの意図が、一方的な思い込みである場合もしばしばです。
かと思えば、ねらってやったわけではないことが、結果的に相手のためになることもあります。失敗した料理のほうがかえって思い出に残ったり、うまくいかなかったプレゼンが相手の 心をつかんだり、迷惑をかけたときのほうが喜ばれたり・・・。「誰かのため」は、一筋縄ではいきません。 自分のしたことが本当の意味で相手のためになる、というのは、おそらく私たちが思うより もずっと不思議で、想定外に満ちた出来事なのでしょう。ほとんど、奇跡だと言ってもいい。 そして、だからこそ、そこには「自分とは違う考え方や感じ方をする他者」との濃密な出会いがあります。 本書のタイトルにある「利他」とは、この不思議に満ちた「自分のしたことが相手のためになる」という出来事を指し示す言葉です。 利他はどんなときに起こり、その背後にはどんな仕組みがあり、歴史的にはどんな背景が潜 んでいるのか。私は二〇二〇年二月に、大学の数名の仲間とともに、利他について考える研究 プロジェクトを立ち上げました。現代においては、「誰かのため」ということがあまりに単純化して考えられすぎて、そのせいでうまくいっていないことがたくさんあるのではないか、と いう思いがあったからです。
利他について研究するにあたって、私がまっさきに協力を請うたのが、福岡にある「宅老所よりあい」代表の村瀨孝生さんでした。日頃から、お年寄りたちの介護や亡くなってゆく方の看取りに関わっていらっしゃる方です。
まず「ぼけ」は、利他を考えるうえでの重要なヒントを与えてくれるのではないか、と思いました。
なぜなら、ぼけのあるお年寄りとのやりとりには、ズレがつきまとうからです。ぼけのあるお年寄りは、そうでない人とは異なる時間感覚、空間感覚の中に生きています。それゆえ、関わろうとすると、自分の言葉や行為がトリガーとなってお年寄りの中で思わぬ連想が広がったり、そもそも会話をしているという前提が共有されず、一緒に歌を歌うことになったりします。ぼけのない人が相手だとついつい「わかったつもり」になってしまう場面でも、ぼけのあるお年寄りが相手だと「わかったつもり」にすらたどり着けない場面が増えることになる。
そこに生まれる葛藤や手探りに、むしろ利他を考えるヒントがあるのではないか、と思いました。そして、ぼけについて教えてもらうのであれば、先生は村瀨孝生さん以外にはいない、 と思いました。 村瀨さんとは、一度だけお会いしたことがあります。東京で開催されたトークイベントに一緒に登壇したのですが、一般には問題行動として扱われてしまうような出来事にむしろ関わりのきっかけを見つけ、思い通りにならない数々の想定外を「老人性アメイジング」と呼んで楽 しそうに語る、村瀨さんの姿が忘れられませんでした。
コロナ禍まっただなかの二〇二〇年七月、私はミシマ社の星野友里さんにお願いして、村瀨さんとオンライン対談イベントを開いていただくことにしました。イベントは大変充実した楽しい会だったのですが、まだまだ話し足りないような気がして、終了後もなんだか名残惜しさがありました。
そこで、ミシマ社のウェブマガジンの場を借り、往復書簡という形で、対談の続きをさせていただくことになりました。半月に一度のペースで、一方から他方へと送られる、日記とも相談とも告白ともつかない文章。本書は、その後約一年半にわたって交わされた手紙に加筆修正をほどこして、一冊の本にまとめたものです。次第に密度を増し、最後には純粋な私信のようになっていくやりとりを、お楽しみいただければ幸いです。
最後に、「ぼけ」という言葉について。一般には「認知症」と呼ばれることが多い現象ですが、加齢とともに現れる自然な変化であるかぎり、病気ではない、と村瀨さんは言います。それを 「認知症」と呼んで病気扱いするのは、生まれてきた赤ちゃんに「歩けないならリハビリしましょう」と言うくらい変なことだ、と。そこで本書では、「病気ではない、正常なこと」というニュアンスを込めて、「認知症」ではなく「ぼけ」という言葉を使っています。 利他を生む行為も、自分の利益が最大化するように賢く計画的に振る舞う態度とは真逆だ、 という意味では、本質的にどこかとぼけたものなのかもしれません。ぼけを通じて利他を、利他を通じてぼけを、考える。村瀨さん、星野さん、このような機会をつくってくださり、本当にありがとうございます。すでに冥土の土産のような気分です。
伊藤亜紗
【MSLive! 9/19(月祝)開催】伊藤亜紗×村瀨孝生『ぼけと利他』刊行記念対談「ぼけの側から世界を見る」
『ぼけと利他』の発刊を記念して、ふたりの対談を開催します!
開催日時:9月19日(月祝)18:00〜19:30
※お申し込みの皆さまには、後日アーカイブ動画をお送りします
出演:伊藤亜紗、村瀨孝生
参加費:2,000円(+税)
2022年9月15日、『ぼけと利他』が発刊となります。
"「利他」の問題を考えるときに、お年寄りとかかわることは究極な感じがしています"
そんな伊藤さんの直観をきっかけに、2020年9月~2022年4月に交わされた36通の往復書簡。
書簡は次第に密度と深みを増し、「ぼけ」の側から見ることで、「老い」「利他」「私」「死」といった概念が次々に揺らいでいくような、スリリングで滋味深い一冊となりました。
お手紙を交わす中で、「お会いしたいですね」「この言葉は実際にはどういうイントネーションで発音されるのでしょう?」といったやりとりが、しばしばありました。このたび、満を持して伊藤さんが福岡を訪れ、村瀨さんと久々に対面。そして初めての「よりあいの森」訪問を経て、ご対談いただきます。 ぜひ、「ぼけ」と「利他」をめぐるお二人の思考の最新の地平を、一緒に体感いただけたらと思います。
ミシマガジン連載中から、多くの反響をいただいていた往復書簡が、ついに本になりました!
往復書簡をやりとりしながら、「ぼけ」を手がかりに利他を考える中で、ふたりのお話はどんどん世界を広げていきます。
介助への抗いや「荒ぶるぼけ」、看取りや家族の介護といったケアの話、おばあちゃんのつぶやく声や髪の毛など身体の話、そしてふたりのペットのモルモットとネコや分身ロボットの話など、話は次々に移り変わります。
読みながら、さまざまな角度から利他を考えるふたりのやりとりを追体験していると、凄まじい展開に目がまわるような気持ちになりつつ、当たり前の日常が不思議に感じたり、「誰かと一緒にいる」ということが楽しく思えたり。みなさまにもぜひ味わっていただきたいです!