第130回
ロシアのウクライナ侵攻から1年、口ごもりつつ考える
2023.02.24更新
ロシアのウクライナ侵攻から今日で1年が経ちました。
2022年2月24日にはじまった侵攻をうけ、MSLive!(ミシマ社のオンラインライブ)は翌月3月16日に、歴史学者の小山哲さんと藤原辰史さんによる緊急対談を開催しました。この対談が元となって、同年6月には書籍『中学生から知りたいウクライナのこと』を刊行しました。
侵攻から1年が経った今、私たちはこの戦争とどう向き合うのか。
小山哲さんからの特別寄稿を掲載いたします。
ロシアのウクライナ侵攻から1年、口ごもりつつ考える
小山 哲
ちょうど1年前の2月19日、ポーランドの日刊紙『ガゼタ・ヴィボルチャ』にジャーナリスト、芸術家、学者たちによる「ウクライナとの連帯とロシアの侵攻阻止を求めるアピール」が発表されました。「われわれはウクライナと共にある! われわれは戦争には同意しない!」という言葉から始まるこのアピールを私は大急ぎで翻訳して解説を付け、4日後の23日に「自由と平和のための京大有志の会」のホームページで公開しましたが、翌24日には本格的な軍事侵攻が始まってしまいました。私たち自身の声明文は、その2日後、「ロシアによるウクライナ侵略を非難し、ウクライナの人びとに連帯する声明」として発表しました。
それから1年、多くの人びとの命を奪い、身体と心を傷つけ、日常の暮らしを破壊しながら、戦争はなお続いており、終わりがみえません。この間、ウクライナからのニュースが流れない日はありませんでした。戦争はなぜ起こるのか、いったん起こるとどうなるのか、どうすれば終わるのか、TVやPCの画面の前で考えこんでしまう時間を過ごした方もたくさんおられるのではないかと思います。
『中学生から知りたいウクライナのこと』のなかで、私は、「ウクライナの人びとの痛みを自分たち自身の痛みとして受けとめる」ことについて語りました。1年たって、自分の言葉に足りない点があったと感じています。日本の歴史に照らして戦争の悲惨さを言うときに、私たちは、本土空襲や沖縄戦や原爆投下を思い浮かべ、占領の意味について考えるときには、敗戦後のGHQによる統治と平和の回復を想起しがちではないでしょうか。しかし、そのような連想は、いまウクライナで起こっていることにはうまく当てはまりません。今回の戦争の意味を考えるためには、私たちはむしろ、日本軍が侵略した中国大陸や東南アジアで行なった殺戮や占領と、それに対する現地の人びとの抵抗を想起するべきなのです。
そのような前提にたってウクライナでの戦争とその行方について考えようとするとき、私は、自分の思考力と想像力が壁に突きあたるのを感じます。一方的な暴力によって故郷を奪われた人びとの痛みを、自分の痛みとして受けとめることができるのか。そのような能力も経験も資格も自分には欠けているのではないか。頭のなかがそんな疑念でいっぱいになります。
それでもなお、口ごもりつつ私は考えます。これはいま自分が生きているこの世界のなかで起こっていることなのだから、自身で学び、考えるしかないのだ、と自分に言い聞かせながら。
(2023年2月19日記)
著者による緊急対談・歴史講義のアーカイブ動画
書籍『中学生から知りたいウクライナのこと』の元になったオンラインイベント「歴史学者と学ぶ ウクライナのこと」のアーカイブ動画を、期間限定で復活販売しています。
そもそも、ウクライナという土地はどんなところで、どんな歴史的経験や文化がある? 戦争という事態を前に、私たちが現状を非難し、こうではない世界へと向かっていくために必要な言葉とは? 約2時間半にわたり、小山さん、藤原さんとともに考えました。
中高生と考える 戦争・歴史・ウクライナのこと
2022年8月1日、小山哲さんと藤原辰史さんによるイベントを行いました。
タイトルは「中高生と考える 戦争・歴史・ウクライナのこと」。歴史の学び方や戦争との向き合いかたを、できるだけ幅広い世代のみなさんと考えたいという願いを込めました。当日の会場には、実際に、小学生から大人までが集まってくださいました。
なぜ、日本の歴史教科書にはウクライナのことが載ってないの? 暗記ばかりの歴史の授業は、どうしたら面白くなる? 今回の戦争をふまえ、日本国憲法をどう考える? ・・・私たち自身の暮らしからじっくり考える、特別な時間となりました。
ミシマガではその内容を記事として公開しています。ぜひ、あわせてご覧いただけましたら幸いです。