第32回
はつ
2021.12.07更新
夜の営業が再開されたことで、わたしはしばしば喫茶店に出かけていく。遅くまで開いているお店は限られている。その日の気分と定休日を照らしあわせ、止まり木を変える。繁華街に近づかなければ京都の夜は暗い。住宅街にぽっと現れる店の灯。家のあたたかさとはまた違う。喫茶店にいる間、わたしの呼吸と思考が変わる。湯船につかっているようでもあるし、森林の中を歩いているようでもある。そしてただひとりだ。家があるのに贅沢な過ごし方だとは重々わかっているが、求めてしまう。
今年も最後の一月となった。8月の終わりに、ヨーロッパ企画の西村直子さん主催のイベント「西村ブックセンター」で、オリジナルステッカーとその台紙に手書きのことばを記したものを販売させていただいた。買ってくださるなら、この世に一つしかないものにしたかった。台紙に数字を書き、一枚一枚、違うことばを書いた。過去の「トーキョーでキョートみつけた」からも好きなフレーズを引用した。連載を読みなおしてみると、その時その時、正直に書いていたことばが今のわたしをどきりとさせる。1〜100まで書き、台紙とサイズがぴったりのビニールにひとつずつ封入していった。作るということの初心にかえったような気持ちだった。はたまた作ることの起点に立てた経験だったのかもしれない。
自分の手で自分のことばを渡した。わたしが(西村ブックセンターを催した)ギャラリー内にいるので買ってくださった方もいたし、わたしが作ったものだとは知らず、並べてあるものを目に留め手にしてくださった方もいて、純粋に驚いた。その方が選ばれたのは【12. 現実と握手】だった。これは、自分の想像が実現されそうであることを表現したかったことば(第22回「やく」より)だが、「現実と握手」だけを見ると、現実と和解するような印象も感じられる。何を思い浮かべてくださったんだろうか。
ステッカーの売れ行きを案じた父は、西村ブックセンターの初日にやってきて、自身の誕生日の数字を買ってくれた。【66. 近くのよろこび】。京都を出ることなく、身近なひとを大切にし、料理の研究と開発を深めつづける父にぴったりな気がしている。
【57. つづく願い】と書いたように、すべての数字のことばがお守りになるように願いを込めた。何年先も。忘れたころに、あることばはまた意味を持つだろう。ステッカーの絵のもともとは、2020年の4月、仕事がなくなった外出自粛期間中に何の気なしに裏紙に描いたものだった。【51. 満ちる歩み】は、絵を見ていたら浮かんできたことばだ。
編集部からのお知らせ
ヨーロッパ企画第40回公演「九十九龍城」
早織さんがヨーロッパ企画の舞台「九十九龍城」にご出演されます!
2年ぶりの本公演は魔窟劇です。
今のご時世、なんでもネットで見れると思ったら大間違いで、アジアの知られざる魔境、九十九龍城のことを描きます。あの体験は強烈でした。僕が今まで見てきたものなんて世界のほんの表層なのだな、と思わされたものです。映画より映画みたいな世界があると知ったし、愛や倫理はおしなべて綺麗ごとだと知りました。我々が日常的に口にしているあのジャンクフードの出どころも、七色の水も、点心の中に龍がいることも。夢だったにしては鮮烈で、コルクボードには今も九十九龍城の人たちと撮った写真が貼ってあります。またとない景色を、親愛なる人々を、お見せします。劇場へ覗きに来てください。劇もきみを覗いています。――上田誠
作・演出=上田誠
出演=石田剛太 酒井善史 角田貴志 諏訪雅 土佐和成 中川晴樹 永野宗典 西村直子 藤谷理子 本多力 /
金丸慎太郎 早織
【ツアースケジュール】
■栗東プレビュー公演 栗東芸術文化会館さきら 中ホール
2021/12/18(土) 15:00 開演
■京都公演 京都府立文化芸術会館
12/23(木)~12/26(日)
■東京公演 本多劇場
2022/1/7(金)~1/23(日)
■広島公演 [アステールプラザ芸術劇場シリーズ]JMSアステールプラザ 中ホール
1/26(水) 19:00
■福岡公演 西鉄ホール
1/28(金) 19:00
1/29(土) 13:00 / 18:00
1/30(日) 13:00
■名古屋公演 名古屋市芸術創造センター
2/3(木) 19:00
■魚津公演 新川文化ホール 小ホール
2/6(日) 14:00
■高知公演 高知県立県民文化ホール グリーンホール
2/11(金祝) 14:00
■愛媛公演 砥部町文化会館 ふれあいホール
2/13(日) 14:00
■大阪公演 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
2/19(土) 13:00 / 18:00
2/20(日) 13:00
■横浜公演 関内ホール
2/26(土) 13:00/18:00