ほんのちょっと当事者ほんのちょっと当事者

第16回

わたしのトホホな「働き方改革」。(2)

2019.08.07更新

お知らせ
この連載が本になりました。ぜひ書籍でもご覧ください。
『ほんのちょっと当事者』青山ゆみこ(著)

前回連載分、わたしのトホホな「働き方改革」。(1)は、こちら。

 もちろんどんな仕事でもいいわけではない。実はやってみたい仕事があったのだ。この際、夢も叶えちゃうぜ。うきうき気分でググったのは図書館業務だった。憧れの図書館勤務。
 ちょいと検索するだけで、思いのほか多数の求人募集があるではないか。

 大好きな本に囲まれたアルバイトと、編集やライティングの仕事を両立させられたら...毎日がめっちゃ楽しそう。

 とあるサイトで、わたしがもっともよく利用する図書館らしき求人情報を見つけた。立地からして間違いない。いやっほー。えーっと時給は...900円。まぢか。思っていたより安い...。
 でも京阪神エルマガジン社時代なんて時給750円だったしなあ(20年近く前の話だが)。
 その図書館なら自転車で通勤可能だし、雨の日もバスが利用できる。週に3〜4日の勤務でオッケーというのも希望通りだ。司書の資格等も不要とある。貸出や返却の対応などのカウンター業務をはじめ、書架の整理も仕事の一部なのか。
 はい、はい、そんな裏方仕事だって本の背表紙を見ているだけで勉強になるし問題ナッシング。むしろ最高すぎるっ。

 完全に前のめりで浮ついたわたしは、求人サイトを通すのも面倒なので、直接、図書館に電話をかけた。代表の番号から、担当者に回された。電話口からは、やや困惑気味な男性の声で、「派遣会社を通して求人募集をしているので、そちらからご応募いただけますか」と返ってきた。

 確かに求人サイトには、問い合わせ先らしき会社名が明記されている。その名で検索をかけると、すぐに市内の人材派遣会社のHPに辿りつき、希望する図書館の求人情報も掲載されている。

 どうやら、わたしはまずその人材派遣会社に登録する必要があるらしい。その派遣元から、派遣先である図書館で働くことになるようだ。
 なんだかずいぶん回り道をするんだなあ。大昔にしたアルバイトなら、雇い主に直接電話を掛けて話が進んだのに。 
 実はこの時点で、わたしは「派遣労働者」のシステムをまるで理解していなかったのだった...。

 1993年に新卒で入社したアパレル企業では正社員だった。1999年に転職した出版社ではアルバイトから始まり、契約社員、正社員と段階を経て登用された。アパレル企業にも出版社にも、アルバイトはいても派遣社員はいなかったと記憶している。
 前述のように、1999年に原則自由化された経緯から、当時はまだ「派遣労働」が今ほど社会に浸透していなかったという背景もあるだろう。

 しかしながら2003年の小泉内閣時代に、「構造改革」の名の下で製造業への派遣が解禁されたことで、非正規労働者が増加し、そのことが「働いているのに貧困」という「ワーキングプア」という社会問題を生んだことも見聞きはしていた。
 でもやっぱりどこか他人事だったのだ...ひどい。
 しかしながら、そんなわたしも、図書館で働きたいがために「派遣社員」として登録を迫られることになった。

 「派遣社員」になるための流れはこうだ。
 人材派遣会社のHPに設定されているWEBでプロフィール入力→担当者から連絡を受けて会社を訪問・登録→スキルチェック→面談。
 なるほど。
 
 WEBでのプロフィール入力なんて簡単。
 と打ち込み始めてほどなく、わたしのテンションは急激に下がる。
 学歴や職歴、資格などはそのまま書けば良いのだが、「一般・営業事務」「総務・経理事務」「Wordスキル」「Excelスキル」「PowerPointスキル」と進むに従って、自分が選ばねばならないスキルの選択項目はほぼ最低のものばかりなのだ。
 「〜することが難しい」をクリックする度、自分の無能さを突きつけられる。

 社会人になって25年ほどになるが、わたしはいわゆる事務職の経験がほとんどなく、Excelで表を作ることも、PowerPointでプレゼンの資料を作ることもできない。Wordもテキストを打つことでしか活用できない。
 語学のスキルもゼロ。人材派遣会社が能力の程度を知りたいスキルチェック項目が並ぶプロフィール入力において、自分という人間を評価できるポイントがまるでなかった。

 最後に「活かせるスキル・経験について入力する」という項目があった。
 少し迷って「人の話を聞くのが得意です。聞いた話を文章にまとめることは慣れています」などと小学生の作文のような文面を記入しながら、その「たいしたことのなさ」に失笑すらこぼれた。

 スキル、スキル、スキル...スキル地獄か!

 このWEBでのプロフィール入力の時点で、既にうきうきした気分は消え、心には暗雲が立ちこめて、その重たさに苦痛すら感じていた。

 なんとか送信して、数日後、その人材派遣会社を訪問することになった。
 タイトなパンツスーツで颯爽と現れたわたしより少し年下っぽい女性スタッフ(名刺には「マネージャー」と肩書きがあった)は、てきぱきと必要な書類を並べ、幾度となく繰り返してきただろう説明を、よどみなくすらすらと終えると、「パソコンのスキルチェックを行いますので、この文章を同じように入力してください」と、600字ほどの文章が書かれた紙を差し出した。

 げげげ、またスキルかよっ。
 しかもWindowsって...あああ。 

 あの...じ、実はMacしか使ったことがなくて、Windowsとはキーボードが少し異なるので、「っ」とか英文字の打ち込み方がわからないんですけど...。
 しどろもどろで情けなく打ち明けるわたしに、ほんの微かにがっかりした表情を浮かべたのを瞬時に笑顔で隠した。その上、女性マネージャーは操作方法を説明してくれて、練習までさせてくれるという。本テストはそれからでもいいですよ。

 天使?
 が、頑張りますっ。

 しかし練習後の本テストの結果が思わしくなかったことは、わたしの打ち込みを刷りだした紙に赤く修正がいくつも入った用紙を手に、別室から戻ってきた女性マネージャーの表情から読み取れた。(ちなみにわたしは、左の人さし指と右の親指、人さし指、中指の4本を使ってしかキーボードを打てない...。そんな姿を見られていたら、「鶴の恩返し」のように恥ずかしさのあまり恨みがましい気持ちになっていたかもしれない)。
 3分間でこの文字数? しかも誤字脱字もこんなに...。
 そんな彼女の叫びが聞こえるようだった。

 パーテーションで区切られた人材派遣会社のその面接室で、わたしはひたすらバッタのように何度もぺこぺこと頭を下げて、すみませんすみませんと能力のなさを詫びた。途中からは、誰に、何のために謝っているのかもわからなくなるほどに。

 スキルチェックと面談を終える頃には、正直、図書館でアルバイトするとかどうとかよりも、わたしという存在がいかに「社会的に使えない」かを叩きつけられたことで頭がいっぱいになっていた。

 数日後、「この度は残念ながら...」というご連絡をいただいたとき、またすみませんと謝った。

 その図書館以外で働きたいとは思えなかったので、人材派遣会社には登録削除を依頼した。そもそもわたしのその「スキル」評価で「使える」と判断するような職場があり、「派遣の依頼」がくるとは、もう思えなかったこともある。さらにいうと依頼がこなかったら、わたしのちっぽけな自尊心は真夏のミミズのように干からびて朽ち果てるだろうとも感じたからだ。

 実のところ、もし当時、「派遣さん」としてその図書館で働き始めたとしても、その後、母や父のことでにわかに人生が慌ただしくなり、週3〜4日もシフトに入れなかっただろう。迷惑をかけることになる前に、落ちて良かったのかもしれない。

 そんな悠長なことがいえるわたしは贅沢で、働きたくても働けない人の気持ちなんて理解できていないのかもしれない。
 ただ、この体験により、社会から「査定」され、「否定」される立場に置かれる時の、言いようのない理不尽さが少しだけ感じられるようになった気がしている。

 母は結局、「フリーランス」の娘を心配しながら旅立ち、わたしはなんとか書いたり編んだりする仕事で、食べて生きている(まだ独り身にならずに)。

 でも思う。
 40歳になるまで「派遣労働者にもなれなかった」と感じている渡辺さんが、記者からしつように問われた「肩書き」を、わたしだって持っていないも同然なのだ。

 渡辺さんが40歳を過ぎてようやく手にすることができた「派遣労働者」という立場の人は、彼女がそうであったように8割超が正社員登用を希望するという。

 しかし「派遣労働者からの正社員登用は約1.7%で、非正規労働者は多くの裁判で賃金や昇格差別を闘ってきたが、ほぼ負け続けている」と、弁護士の棗一郎さんが厳しい現状を述べている(2015年8月時点)。

 実は母が異様なまでにわたしの行く末を心配したのには、大きな理由がある。彼女は子育てもひと段落した50代を過ぎた頃、性格の合わない夫との離婚を真剣に考えるようになっていた。相談を受けた娘(当時は正社員だった)は、同じ女として、母の決断を支持した。嫌なことはもう我慢しない方がいいよ。自分の人生なんだから。

 けれども母は躊躇し続けた。一度も社会に出て働いたことのない自分が、今になって職を得られるのか。女一人で生きていけるのか。無理に決まっている。
 そうやって諦めて迷って踏み出そうとしてまた諦めているうちに、夫が脳梗塞で倒れて要介護者となったとき、母にはもう離婚という選択肢はなくなっていた。思えば、彼女の最後の自由な選択の一つだったのに。
 じゃあ、わたしと暮らせばいいじゃない。そんなことも言えないかった自分の不甲斐なさが、今でも時折胸を刺してくる。

 数年も経てば、わたしは「女一人で生きていく」ことに悩んだ当時の母と同じ年齢になる。
 今はフリーランスだとか適当なことを「自称」しているが、わたしはいつまでこうやって文章を書いたり、編集作業をしたりすることで、収入を得て暮らすことができるのだろうか。この不安は、勤め人であることを止めた、「自由な働き方」をわたしが選んだ結果なのだ。
 
 国民年金、健康保険料、病気の時のために自分でかけた生命保険、各種税金(上がり続ける消費税)を払うと、驚くほど手元に残る金額はちっぽけで、フリーランスのままで生きていけるか草葉の陰で母は今も心配しているだろう。

 かといって、派遣労働者にもなれなかったわたしは、どうやったら生きていけるのだろう。アルバイトかパートか。それだって「スキルの低い」わたしにどれだけの選択肢があるのだろう。職種によっては、年齢制限だってないと謳いつつ、そんなものはきれい事で、現実には確かに「壁」がある。

 母が心配していたように、私も自分が心配だ。

 女手一つで2人の子どもを育てあげ、今はお母さまと暮らしているという渡辺照子さんとは比べものにならないし、お前は好きに生きてきただけだろうと言われたら言い返す言葉もないが、それでも彼女の叫びがわたしには他人事には思えないのはなぜなんだろう。

 2015年の派遣法改正では、派遣スタッフの雇用安定化やキャリア・アップのための制度が許可基準のなかに盛り込まれ強化されたと謳われているが、はたしてどうだろう。派遣スタッフに対する差別の禁止や均等待遇保障にもまだまだ大きな課題がある。

 また、同じ職場での派遣労働を原則最長3年とする一方、派遣元には3年に達した人の直接雇用を派遣先に依頼するなどの「雇用安定措置」を義務づけた。

 それって、一見「働く人のことを考えた」提案に思えるかもしれないが、実際のところは、派遣元・派遣先の両者である雇用側の都合を優先した、ただの蹴り込みあいに感じるのはわたしだけだろうか。

 労働者の人権が守られた雇用や、キャリア権の保障につなげる課題も残っている。渡辺照子さんの「雇い止め」もそうした問題の一つの表れであるだろう。

 また、ちょうどこの文章を書いているタイミングで、派遣社員に勤務年数や能力に応じた賃金を支払うように人材派遣会社に義務づけることを、厚生労働省が発表した。

 総務省によると、2018年の日本の非正規労働者は2120万人(にせんひゃくにじゅうまんにん!!!)。平均の賃金水準は正規の労働者の6割程度と、欧米に比べて格差が大きいと指摘されてきた。
 そうした背景から、同じ業務で3年の経験を積んで業務内容が変われば、初年度より賃金を3割上げるなどの具体的な指針もまとめられた。

 これは2020年4月に「同一労働同一賃金」の制度が始まるのに合わせ、正社員との賃金差を縮小するのが目的だ。
 「同一労働同一賃金」の制度とは、働き方改革関連法の大きな柱の一つで、「同じ企業で同じ業務に就いている人は、正規や非正規といった雇用形態に関係なく、同じ水準の賃金を支払う」という原則だ。

 これだってなんだか聞こえは良いが、そもそも3年で辞めなきゃいけないっておかしくないか? それが「自由な働き方」なの?

 わたしは、この先も自分が派遣労働者になれるとは思えない。年齢を重ねれば派遣登録でますますつまずくだろう。
 わたしにも可能な「働き方改革」があるのだろうか。考えれば考えるほど不安しかない。
 母の声がどこかから聞こえてくるようだ。
「ゆみこちゃん、だから言ったでしょ。ヤバいわよ」
 ひー。

 今さらのように「知っておかなければならない」と勉強を始めた社会保障制度のなかでも、わたしはとりわけ「生活保護制度」について関心が高い。それはけしてそれが他人事ではないと、常に感じているからだ。

 2019年10月に消費税の税率が引き上げられ、軽減税率制度が開始される予定だ。
 さらには、2023年10月には「インボイス制度」が導入され、中小事業者の経営に大きな影響が及ぶと懸念されているそうだ。断片的に見聞きする限り、わたしのようないわば極小の自営業者であるフリーランスには大打撃となりそうだ。それなのに、国税庁の「インボイス制度」の説明はややこしすぎて、100万回読んでも理解できそうにない。煙に巻かれたような気分だけが残る。

 バカはアリのように働き、言われるがままに納め、死んでいくしかないのか。そんなのやっぱり悔しい。

 生活保護制度だって、わたしに与えられている権利だ。もしそのときが来たら堂々と申請して受給したい。それには情報と最低限の知識が必要だ。わたしは間違っていた。必要なのは、「働き方改革」ではなくて、なにより「知る」ことなのだ。

 わたしはこの国から、「健康で文化的な最低限度の生活」を送ることを保障されている。改革すべきは、アリの働き方ではなく、アリに保障されているはずの権利が正しく行使されていない現状ではないのだろうか。

 そんなことを悶々と考えながら、4本指打法で必死にキーボードを叩いているスキルの低いわたしなのであった。トホホ...。


引用・参考文献

●『パート・派遣・契約社員の法律知識』藤永伸一(日本実業出版社)

●『新しい労働者派遣法の解説』中野麻美・NPO法人派遣労働ネットワーク(旬報社)

●『働く女性の労働法』第1東京弁護士会・人権擁護委員会・両性の平等部会編(ぎょうせい)

レイバーネットTV第130号「非正規が声をあげるとき」(改訂版)    

『れいわ新選組』【動画&文字起こし全文】れいわ新選組街頭演説会19.7.6 新宿駅東南口 

『ハフポスト』【参院選】元派遣労働者のシングルマザーが立候補へ。「ボロ雑巾のように捨てられた。世の中変えたい」

『47NEWS』当事者が闘うしかない 渡辺照子さん連載企画「憲法 マイストーリー」第2回

『日本経済新聞』派遣社員、3年勤務なら時給3割上げ 厚労省が指針

『国税庁』消費税の仕入税額控除の方式として適格請求書等保存方式が導入されます(平成30年4月)

青山 ゆみこ

青山 ゆみこ
(あおやま・ゆみこ)

フリーランスのエディター/ライター
1971年神戸市生まれ。大学卒業後、アパレルで4年間デザイナー職に従事。27歳で出版業界に転職し、『ミーツ・リージョナル』誌副編集長などを経て独立。2006年よりフリーランスのライター・編集者として、単行本の編集・構成、雑誌の対談やインタビューなどを中心に活動し、市井の人から、芸人や研究者、作家など幅広い層で1000人超の言葉に耳を傾けてきた。著書に、ホスピスの食の取り組みを取材した『人生最後のご馳走 淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院のリクエスト食』(幻冬舎)。親の看取りや認知症の介護をとおして社会福祉に関心を深めるようになり、地域の寄合場「くるくる」を立ち上げて、実践的に「社会福祉とは何か」を考え中。

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