ないようである、かもしれない

星野概念・いとうせいこうの「まとまりません!!」  『ど忘れ書道』×『ないようである、かもしれない』W刊行記念イベント(後編)

2021.05.12更新

 先日、青山ブックセンターさん主催で、星野概念さん『ないようである、かもしれない』と、いとうせいこうさん『ど忘れ書道』(ともにミシマ社)のW刊行イベントを開催しました!

『ラブという薬』『自由というサプリ』(ともにリトル・モア)という共著も出されているおふたりのトークは息もピッタリ。お二人の本の話を中心に、一見すると不要にも思える「意味がわからない」ものの良さや、小さなコミュニティの可能性について語っていただきました。その様子の一部を、二回に分けてお届けします!

(前編はこちら)

(構成・岡田森、構成補助・染谷はるひ)

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(左:いとうせいこうさん / 右:星野概念さん)

「みんなそれぞれ地道にやってるんだな」

いとう 星野くんの『ないようである、かもしれない』は、なんで「かもしれない」かというと、「ないようである」は二項対立だけど、世界は二項対立で動いてなくてもっと曖昧なものでしょってことだと僕は思うんだよね。

星野 もともとの連載の名前は「『ない』ようで『ある』」なんですよ。

いとう そうなんですか?

星野 書籍のタイトル案のなかで「ないようである、かもしれない」が出てきて。はじめそれを聞いたときに、それってほぼ何も言ってないって僕は思ったんです。でも考え直してみたらそれこそが真実というか。それで「かもしれない」がつきました。

いとう 何も言わないようにすることが大事という。言葉って、それを指し示せばいいわけじゃないぞってこともある。誰かが成長する過程で違うものに変化しようとしているときにそれを名指す言葉ってないもんね。

星野 そうですね。

いとう たとえば昔のシャーマンみたいな人は、そういった変化の過程にあるその人を的確にとらえて「オオカミだ!」とか言うと思うんだよね。

星野 本質が見えるってことですね。

いとう そうそう。本当にオオカミっぽいかは別として、彼が彼でなくなっている存在の雰囲気を感じる。たとえば醸造所に行って菌の存在がわかるわけはないんだけど、名人たちは「ここはすごい酒ができるぞ」と思ったりするんでしょ?

星野 感じるものがあるはずですよね。

いとう 感じることをいまの言葉で言わんとすれば「気」になってしまうかもしれない。でも、そうとさえ言えない繊細な何かに向かって感覚と体を開いていくべきなんじゃないのっていうのが『ないようである、かもしれない』の趣旨だと私は見ました。

星野 たしかに、そう言われたらそうだなと思いますね(笑)。

いとう (笑)。

星野 本にも書いたんですけど深海の生物は人知れず、でも地道な営みを続けてるわけですよね。

いとう 何千万年もね。

星野 それはいとうさんが地道にど忘れ書道を書いてるのも一緒ですし、僕は自分のうかがい知らないところで起こっている現象を感じるのが好きなんですよね。「みんなそれぞれ地道にやってるんだな」と、ただそれだけなんですよ。その感覚を書きしるしたい。

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ゆるくいられる相手が大事

いとう 参加者の方からコメントが来てますね。「毎日情報がすごいからスマホでググってばかりいます。だから記憶が定着しないし、むしろ過去のインプットが失われてしまう気がします。眠りが浅くなり脳がいつも疲れています」と。やっぱり情報が常に軽い刺激ばっかりだとこうなりがちなんですかね?

星野 「過去のインプットが失われてしまうんじゃないか」とか、いろいろ心配があると常にちょっとした不安を抱えているかたちになって、それで眠りも浅くなるのかなと思いました。リラックスできる時間があったらいいかなと。この方はさらに「毎日シャワーみたいに溢れる情報のなかから正解を求めている」ということで、それが疲れますよね。何か正解かよくわからないし。

いとう そうそう。いまは特にどこまでがフェイクかわからないから、確かめようがなくてものすごく不安ですよ。意見を言おうとして「このニュース自体がフェイクかもしれない」と思い始めたらきりがない。間違えたことを言ってしまうんじゃないかって不安があって言わなくしたり、でも言わなくしてることに罪悪感を感じたり。

星野 そういうのもありますね。

いとう 僕は星野くんのところに行ってカウンセリングをしてもらうわけだけど、僕の場合たまたま星野くんが友人だったことが大きくて。友人と話してるときに、その情報がフェイクかどうかはどうでもいいじゃん。
 その友人が「これはすごく効くと思う」って言ったら、そういう彼ベースの情報なわけで、それ以上調べなくても「星野くんが信頼するものなんだな」と思ったうえで僕ものっかる。だから意外に「友達が一人いるだけで簡単なんじゃないか」って思うことがあります。

星野 人に話すことでもない話題って、自分で「話すことじゃない」って評価してるんですけど、人に話すようなことなんですよね。どんなに小さくてもその人は気にしてることで、抱えている不安だから。そういう話題が言える人がいることは、孤立しないってことだと思います。人は孤立しないことが大切だと思うから、友人というか、ゆるくいられる人が一人でもいるって大事なことですよね。

小さいコミュニティが人を救う

いとう 「これは人に言えることじゃないんだけどさ」って言える人がいればずいぶん違うと思うよ。でもそういう相手とどこで出会うんでしょうね。いまはコロナで大変だよ。

星野 人との出会いも減りますもんね。

いとう SNS上で知り合おうとするとすぐ脇にフェイク情報が入るわけで、そこから自分たちだけの聖なる場所がつくられにくい。いままでは「DJバーに行ってみたらアフリカ音楽が好きなおもしろい人がいました」ってこともあったけれど、それがない。

星野 以前、青山ブックセンターでトークイベントをやらせてもらったときにいとうさんが「mixi がいいんじゃないか」って言ってましたね。

いとう 言った言った(笑)。

星野 趣味趣向が近い感じで。

いとう mixiはいま人を救ってる可能性があるね。

星野 ありますね。

いとう 「back to mixi」を呼びかけたほうがいいのかもしれないな。江戸時代って「~連」とか「~会」とかの小さいコミュニティがいっぱいあったらしいんです。当時の身分って、本来はすごくきつかったんだけど、江戸の人たちはそれを利用するかのように、身分を超えたいろんな集まりをつくった。

星野 小さいコミュニティは本当に大事です。僕は救命救急で働いていて、いまは自ら死に向かおうとせざるをえない人が、確実に増えているんです。小さいコミュニティがあって、所属感があるとだいぶ違うと思います。

いとう 普通は上下関係で言葉がかかるのが日本の社会で、でもそれは人を救えないんだと思うよ。小さいコミュニティはそれと全然違う角度から励ましの言葉がかかる。

星野 僕は寄り合いみたいなものがあるといいなと思います。それはネット上でも、たとえばラジオ番組でもいい。なんとなくつどって聞いたり、意見を投げたりして、出たり入ったりできるような場所ですね。いま「地域の老人会みたいな」ってコメントがありましたけど、そういうものだと思います。

いとう そうそう。

星野 何が得られるわけでもないけど、なんとなく行くっていう。

いとう そこでは社会の上下関係とはまったく別の、不思議な平行関係ならびに上下関係があって・・・。そういうことが人間を楽にするんだな。うん。今日は良い結論が出ました。『ど忘れ書道』とも『ないようである、かもしれない』ともぜんぜん関係ないけど(笑)。

(終)

星野概念 (ほしの・がいねん)

1978年生まれ。精神科医 など。病院に勤務する傍ら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。著書に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』『自由というサプリ』(以上、リトル・モア)、2021年2月に初の単著『ないようである、かもしれない~発酵ラブな精神科医の妄言』が刊行。

いとうせいこう

1961年生まれ。編集者を経て、作家、クリエイターとして、活字・映像・音楽・テレビ・舞台など、様々な分野で活躍。1988年、小説『ノーライフキング』(河出文庫)で作家デビュー。『ボタニカル・ライフ―植物生活―』(新潮文庫)で第15回講談社エッセイ賞受賞。『想像ラジオ』(河出文庫)で第35回野間文芸新人賞を受賞。2020年、初の備忘録、ならぬ忘却録『ど忘れ書道』(ミシマ社)で自らの非記憶力を露呈。近著に『福島モノローグ』(河出書房新社)などがある。

ミシマガ編集部
(みしまがへんしゅうぶ)

編集部からのお知らせ

星野概念さんによるほかの対談もお楽しみください!

 『ないようである』刊行を記念して、装画を担当された榎本俊二さんや、人類学者の磯野真穂さんとの対談イベントがおこなわれました。その一部が文章としてミシマガに掲載されています! ぜひご覧ください。

【榎本俊二×星野概念 『ムーたち』ラブな精神科医と榎本俊二の妄言対談】

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動画の詳細はこちら

ミシマガ記事はこちら

【磯野真穂×星野概念 「病む」と「治る」ってなんだろう。~精神臨床と医療人類学の話から~】

ミシマガ記事はこちら

いとうせいこうさんの新連載「鬼気迫るど忘れ書道」ミシマガ連載中です!

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