地域編集のこと

第41回

サウナ施設を編集する その3

2022.03.12更新

サウナ施設を編集する その1 / サウナ施設を編集する その2

 今回設計をお願いしたのは秋田市で設計事務所を営むとある女性建築士さん。秋田県内でクールなのに温度を感じる木質ベースのよい建築をたくさん手がけておられて、以前からお願いしたいと思っていたのだけど、なかなか機会がなく、今回念願叶って引き受けていただいた。

 しかし結果的に今回の事業はその建築士さんを相当悩ませることになってしまう。

 というのも、今回サウナ小屋を作ろうとしている元小学校「にかほのほかに」は、遊びや余白を残した編集を心がけたいと進めてきた施設だ。

 以下の過去記事のように

「にかほのほかに」のこと01 〜ロゴの編集〜 | みんなのミシマガジン
施設のロゴをひとつに決めてしまわず、市民の皆さんに刷ってもらったロゴ版画すべてをオフィシャルなロゴとしてポスターやWebに起用させてもらったり、

「にかほのほかに」のこと02 〜DITとTEAMクラプトン〜 | みんなのミシマガジン
地元工務店さんだけで施工を完結させず、DIYならぬ、DIT(Do It Together)を掲げる施工チーム、TEAMクラプトンに施工の仕上げをお願いしたり、

「にかほのほかに」のこと 03 〜ラジオからはじめる地域編集〜 | みんなのミシマガジン
地域の人たちの仕事や考えを知ることと、オープンまで時間がかかる施設になんとか足を運んでもらう理由をつくるべく、元放送室でリレー形式のラジオ番組「あなたのおばんです」を収録発信したりするなど、

「いつのまにかなんか完成したね」という施設ではなく、この場所に興味を持ってアンテナを広げてくれたり、アクションを起こしてくれた人には、きちんと門戸が開かれて、その関わりしろが残っているリノベーションを進めてきた。

 しかしながら、建築設計、特に公共事業の設計というのは、どうにもこのやり方が向いていないことが、どんどんわかってきた。過去の経験値があるプロフェッショナルな人であればあるほど、この前例のないやり方は、建築士さんを戸惑わせることになって、本当に申し訳ないなあと思う。

 そもそも僕が、こんな風にゴールを決めない編集をするのは、未知の出会いや気づきを柔軟に取り込んでいきたいと思っているからだ。書籍であろうと、商品であろうと、施設であろうと、明確なゴール設定をしてしまったら、それが拠り所になることを超えて、まるで法律のように逸脱してはいけないルールになってしまい、関わるみんながただひたすら一直線にそこに向かうしかなくなることがある。つまりは、そこで余所見をしてしまうことが許されなくなってしまうのだ。それは僕が理想とする編集ではない。常に視野を広くとって、世の中の状況や環境、新たに見えてきた課題に向き合って、その時々の最善を考え決断を重ねることが、未来のためになると僕は信じている。

 だからこそ前回の記事で公開したコンセプトテキストのように、それぞれが前向きに違うイメージをもったり、異なった完成形を想像することを当たり前に受け入れ、そこを起点に、それぞれの違いを対話によって明らかにしていきつつ、同じ方向へと歩幅をあわせていくことが、遠回りなようで最も近道だと思っていた。

 しかし、それはまさに対話あってこそだ。

 積極的なコミュニケーションがあってこそ実現するものなのに、そのコミュニケーションがコロナ禍でことごとく断絶されてしまった。こういうとき、余所者の立場はとても弱く脆い。もちろんZoomでの打合せは重ねるものの、現場の温度感がいまいち掴めない僕の主張は、ある種のわがままのように捉えられてしまったりもした。

 なかでも大きな問題となったのは、地下水を掘り出すためのボーリング工事。今回のプロジェクトにおいて僕が水風呂を大切にしていることは、前2回の記事に書いた通り。にかほの稀有な水循環を訪れた人に体感してもらえるよう、僕はこのサウナ施設の「水」が、鳥海山の伏流水(地下水)であることにこだわりたいと思った。そこが何より大切だと思い、そのことについて様々な言い方で何度も現場のみなさんに伝えてきた。

 しかし現場は現場の責任として、何よりこの事業自体をきちんと遂行していかねばならないと、そこに強固なプロ意識を持たれている。それゆえ、思いのほか費用がかさむボーリング工事を諦めれば丸くおさまると何度も言われた。でも僕は絶対に諦めたくなかった。他の部分を削ってでも、ピュアな水を要にしたかった。このプロジェクトで大切なのはそこだと言い続けた。結果、現場の工務店さんとの間で、必死になって調整をしてくれている建築士さんをめちゃくちゃ悩ませてしまった。

 一部国の補助金を使わせてもらっていると言っても、大きな小学校全体をリノベーションしようとすれば、意図していなかったところに莫大なお金がかかることが見えて、十分に予算がないことが徐々にわかってきた。施設の使用用途変更に伴う、消防や保健所などのルールを遵守しようとするたびに、そのための新たな備品の購入や想定外の工事が露呈してくる。限られた予算のなか、それでもこのプロジェクトにおいて大切にすべきものは何かといったら、間違いなくそれは「水」だった。

 役所、工務店、大工さん、建築士、デザイナー、地域住民、それぞれに思いや都合があるなかで、それらをできる限り尊重しながら舵をきることの難しさと辛さで、圧し潰されるような思いになりながらも、なんとか入札がはじまり、無事ボーリング工事も進めてくれることになった。しかし、だからと言って予算内の掘削で地下水が出る保証はなかった。

 ある時、予算と睨めっこしながら設計書をつくってくれた建築士さんがボーリング工事をマストと理解してくれて、腹を括ったように「この水の見せ方が大事ですよね」と言ってくれた。僕は最も大切にしているポイントを理解してくれたことが泣きそうなくらい嬉しかった。確かにやりたいことを100%できる費用はない。掘ってみたものの水が出ないという結果が待っている可能性だってある。けれど、いま僕たちが目指すところは、水が出るのを信じること。だってここは、にかほなのだから。そしてその「水」の豊かさと「循環」をどう可視化させて表現するのか、そこにみんなのクリエイティビティを結集させたいと思った。

 念の為の保険も含めて上水道の配管もしっかり整えつつ、建築士さんが出してくれたサウナの設計図面は僕の思いを叶えてくれつつ、妥協ポイントも明確に提示してくれてとてもありがたいものだった。

 今回サウナ小屋にする建物は、プールサイドに設置された子供たちの更衣室だった小屋だ。いまは半分倉庫となっていて、そこには懐かしいビート板が並べられていたりした。それを見て僕はすぐにそのビート板をサウナマットにすることを思いついた。きっとこんな風に、アイデアでカバーしていければ、ここだからこそというサウナができるはずだ。

 いよいよボーリング工事がスタートした。

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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