第173回
『RITA MAGAZINE』発刊特集 伊藤亜紗×中島岳志×北村匡平×塚本由晴×山本貴光「利他をつくる/つくるの中の利他」(2)
2024.04.05更新
2月に発売となり、好評いただいている、『RITA MAGAZINE テクノロジーに利他はあるのか?』。
3月2日に、本書にも収録されている「利他学会議」の2024年の回が開催され、その分科会のひとつで、本書をめぐり、上記5人の先生方によるトークが行われました。
お話は、まさに『RITA MAGAZINE』の続きのよう。結論ありきではない中で、どんどん話がリンクしドライブし、旋回して、着地しそうになったかと思いきや、また飛ぶ、という縦横無尽の展開。これはもうぜひ、要約したりせずに、このうねりのままにお届けしたい! ということで、ここから4週連続、全19000字でお届けいたします。
『RITA MAGAZINE』をすでに読まれた方にも、これからの方にも、お楽しみいただけたら嬉しいです!
第1週 何かを意図して設計し、意図せざる者と出会う
第2週(本日) どうやったら時間の帝国を崩すことができるか
第3週 「いる」ことと「する」こと問題
第4週 制度に取り込まれていくテクノロジーに利他はない
『RITA MAGAZINE テクノロジーに利他はあるのか?』帯・裏の目次
なお、ウェブでたくさんの文字を読むのがつらい! という方には、「2024年のいま読みたい、利他の本」フェアを開催いただいている書店にて、トークの一部を収録したフリーペーパーを配布しています。よろしければ、そちらもどうぞ。開催店舗の一覧は、記事の最後「編集部からのお知らせ」に掲載しています。
(構成:星野友里)
2 どうやったら時間の帝国を崩すことができるか
伊藤 塚本由晴さん、最近どうですか、非生物と打ち合わせされてますか?
塚本 はい、してますよ。今はちょうど、里山の我々が使っている古民家裏の、あまり使っていなかった斜面で野菜を育てるレイズドベッドを作っています。土中の微生物の活動が活発になるように、竹杭を打ち炭や藁を敷いてから、腐葉土やコンポストをかぶせているところです。朝から始めて午後には、完成すると思います。
『RITA MAGAZINE』より、塚本由晴さんレクチャーのページ
塚本 『RITA MAGAZINE』、時間があまりなくて、まだちゃんと読めていません。セメスターの最後で、私、コース長なんかやってたもんですから。そんなこともあって、利他と関係ないかもしれないけど、最近は時間のことをよく考えてます。
大学教員の働き方は、労働裁量制というやつです。昼間は学生の研究の相談にのったり、授業やったりしていて、それが終わってから、たとえばEメールとかSlackを開いて事務的なことの対応を始める。それに対して、事務の方々は、むしろ残業はやっちゃいけないので、定時に帰るじゃないですか。それが一つの組織になったときの悲劇というのが、ある気がしてならないんですよ(笑)。
つまり、大学外から見たときに、事務の仕事がとてもよく整っているように見せるために、労働裁量制の人たちが、とってもオーバーワークしている、時間を搾取されているのではないか。こういうのって本当に、やめたほうがいいと思うんです。それからたいていのことは、時間がないという前提で動くのが当たり前になっている。時間はいくらでもあるんだ、という言い方に変えたほうがいいと思う。
昨年の夏に、デンマークの、天窓の世界的なメーカーが作った窓美術館のコレクションと、私達がずっと旅の調査で集めた世界各地の窓の写真やドローイングを組み合わせる展示をやることになって、12月第2週に開幕したいと言うんで、10月から猛ピッチでやってたのですが、12月に入って、これはちょっと終わりそうもない、もうちょっとやりたいって言ったら、わかった、ずらしましょうって、すぐ1カ月ずれて。1月になると向こうがもうちょっとやりたいって言い始めて、さらにずれて、2月の半ばに開幕しました。
自前の館なので融通がきいたわけですが、この余裕が大事。時間がなくてやっつけでやって、不満が残ったな、ということを繰り返すうちに、人間は駄目になっていくと思うんです。やりたいだけやって、これいいのができたな、というのがいい。時間のプライオリティはそんなに高くしなくていいんじゃないか。どうやったら時間の帝国を崩すことができるかって、ミヒャエル・エンデみたいですが。
伊藤 私の知り合いで、レビー小体型認知症の樋口直美さんという方がいて、彼女がやっぱり、認知症になると時間感覚とか空間が変わるという話をしていて。そうなってみて気づいたのが、元気な人って、何日までが納期だから、今日は逆算してこの作業やっとこう、みたいな感じで、基本的に引き算の時間を生きていると。でも、認知症になると毎日体調が変わるので、今日はできたけど、明日はわからない、その次の日このぐらいできた、みたいな感じで、常に足していった先に納期をつくる、という感じの働き方しかできなくなった。でもそれは、時間との別の関わり方の可能性ですよね。
塚本 何日までに何をしなきゃいけないって決めていくと、できなかったときはバツがつくんですよね。だから、未来に現在をぶら下げる考え方はやめたほうがいいと思うのですが、今、世の中はすべてそれですよね。建築の現場も、それがすごいプレッシャーで、みんな病んでしまう。
里山にいると、何年先の目標というより、自然が今やるべきことを教えてくれて、それにとにかく向き合って一生懸命やって、うまくいったなとか、うまくいかなかったから来年またしようかなっていう、そういう時間の感覚なんですよね。都会の生活は、そうなっていないのが、多くの人が悩みを抱えている原因じゃないかと思っております。なので、利他学と時間というのを、いろいろ教えていただけると面白いなと思います。
『RITA MAGAZINE』より、塚本由晴さんレクチャー「建築と都市から利他を考える」
中島 時間の問題でいうと、マックス・ウェーバーが、目的合理性と価値合理性は違うと言うんですよね。目的合理性というのは、目的のために、合理的に物事を進めていくというもの。一方で価値合理性というのは、価値の追求自体に意味があること。プロセスそのものを価値あるものとして味わっている状態ですね。
最近では、文化人類学のティム・インゴルドという人がよく読まれているんですけども、彼は、目的合理性というのは、単なる輸送に過ぎないと言います。目的に対して一直線で進んでいくと、世界を何も味わっていない。それよりも、寄り道や散歩が重要なんだと。歩いている道の横にある花に自分の心が動かされたりすることが、世界と本当に応答しているということだと。
塚本 なるほど。その価値合理性の話はすごくいいですね。というのは、たとえば建築デザインでも、ポリティカルコレクトの議論があったりして、正しさが、言いにくくなっているわけです。だけど、正しさの世界というのは、やっぱりあると思っていて、それは、物事がそのものとして、なりたいように、そして、いいところにある、ということ。そのもの自体も喜んでるんじゃないかと思えるような状態というのがあると思うんですよね。
その正しさ(right)は、政治的な正しさ(correct)というのとは違う。正しさが、みなが避ける言葉になっているのは良くないです。それは今中島さんがおっしゃっていた、価値合理性ということで説明すると、もしかしたらいいのかもしれないなと思いました。
中島 僕は20代のころに3年間ぐらいインドにいたんですね。拠点を首都のデリーに置いていて、あるとき、地方の調査からデリーに戻るときに、1日に1本の電車が昼の2時ぐらいに出るというので、待っていたんですけど、3時になっても5時になっても来ない。駅員さんにきいても、「いつか来る」と言う。いよいよ暗くなって、もう駅でゴロゴロしながら待っていたら、近所の子どもがやってきて話しをし始めたんですね。子どもたちにとってヒンディー語ができる日本人は珍しいのか、話が楽しくなってきて、うちに来てよ、と言うんですよね。いや、電車を待っていて、それでデリーまで帰らないといけないんだって言ったら、その子どもがキョトンとした顔して、「電車は毎日来るよ」って言うんです。それもそうだなと思いつつも、誘いは断って、12時間遅れぐらいで来た電車に乗って帰ったんですけど。
けどあとから、あそこで断った僕というのは、つまらない奴だなと思ったんです。なぜその切符でデリーに帰らなきゃいけないと思ったのか。余裕はあるのに、どうしても時間に縛られているんだなと思ったことを、お話をうかがっていて思い出しました。
北村 僕は公園の遊具や遊び場の定期的な調査をやっていて、その一つに羽根木プレーパークというところがあります。ここは公募で、どういう遊具を作りたいかを聞いて、そこで遊ぶ人たちが、作る作業にも携わっていくんです。ある遊具が老朽化して、素人が集まってそれを建て替えるプロセスを追っていたのですが、今年の2月24日が、本当は完成お披露目会だったんです。でも完成せず、途中の状態を公開するという形で、関わった人たちが集まった。そのときに世話人代表の方が、「完成しなかったことが、すごく羽根木らしい」と言っていて。
現場で設計を先導した方も「遊具の内側がむき出しになって、今見えているのがすごくいいと思う」と。遊具がどういう構造になっているのかも見て、自分たちが関わって愛着があると、遊び方も変わるし、その遊具に触れるときにも、その思い出とか記憶が混ざるんだろうなと思うんです。先ほど納期の話が出ましたが、世話人代表の方が、こういう遊具作りもプロなら、絶対に納期に収まるように作ってくれるけど、作りたい人たちが集まって、できなかったら「誰か助けて」と声をあげる。そうやって次々に色んな人が関わりはじめて、自然と居場所ができてくる。そんな話をされていました。
塚本 いいですね。これは建築にかぎらないと思うんですけど、とにかく自分たちで考えて決めてやるのが、自己実現の満足度を高める方法です。それに、予測しないものをどんどん取り込む仕組みを作ると、お金は全然貯まらないけど、自己変容はよく起こる。それはお金に換算できないですよね。脱資本主義の議論をするときに、やっぱりそこは大事かなと思うんです。
同じことを繰り返してお金が儲かる仕事と、あまり儲からないかもしれないけどひたすら自己変容を楽しめる仕事があるなら、私は後者を選びます。私は、その瞬間瞬間に立ち上がってくる建築にかけたいんですよね。でも世の中はそうなっていなくて、その領域が狭まってきているので、できるだけ広げたい。
(「3」につづく)
*続編「3 『いる』ことと『する』こと問題」は、4/12(金)に公開予定です。どうぞお楽しみに!
編集部からのお知らせ
「2024年のいま読みたい、利他の本」フェア&フリーペーパー展開店
全国の書店で、「2024年のいま読みたい、利他の本」フェアを開催しております。
本記事のトークの一部を収録したフリーペーパーも、4/2頃から配布予定ですので、ぜひお近くのお店に足を運んでみてください。
いつ誰が困りごとを抱えることになるかわからない、いま。そんなときに、「社会的な役割」をはずして、人間としてどう振る舞うのか、を考えるための道具が「利他」という概念だと、伊藤亜紗さんは書かれています(『RITA MAGAZINE テクノロジーに利他はあるのか?』まえがき)。
ミシマ社では、数年前から、何冊かの利他にまつわる書籍を発刊してきました。今回のフェアでは、「利他」に興味はあるけれど、どこから入っていいわからないという方々に向けて、最新刊を含めた5冊をまとめて、それぞれの紹介ポップと合わせて展開いただきます。
【展開店】
三省堂書店 札幌店
あゆみBOOKS 仙台一番町店
紀伊國屋書店 新宿本店
くまざわ書店 武蔵小金井北口店
丸善 多摩センター店
オリオン書房 ノルテ店
パルコブックセンター調布店
東京大学生協 駒場書籍部
ANGERS ravissant 神田スクエア店
くまざわ書店 桜ヶ丘店
くまざわ書店 松戸店
文苑堂書店 福田本店
ジュンク堂書店 名古屋栄店
ジュンク堂書店 名古屋店
ジュンク堂書店 大阪本店
丸善 京都本店
大垣書店 京都本店
紀伊國屋書店 川西店
ジュンク堂書店 明石店
ジュンク堂書店 三宮駅前店
ジュンク堂書店三宮店
大垣書店 神戸ハーバーランドumie店
紀伊國屋書店福岡本店
丸善 博多店
蔦屋書店 熊本三年坂店